第57話 いつかあの地へ
旅立つなら今だと背中を突き飛ばされてしばらく、周囲も含めて大騒ぎだ。
発端であるシアとルナはすっかりその気になっていて、期待を胸に必要な事を学んでいる。
他の皆もなんだかんだ前向き。
突然仕事を辞めて準備を始めろと言われても困ってしまうが、旅に出る事にワクワクしないとは言い切れないからだ。
ところで、準備と一言で言ってもその内容は様々である。
毎日の様に街の外に出るハンターでさえ、外で生活する術は殆ど学ばない。
稀に大規模な仕事で野宿はするが、大勢での野宿と少人数での旅では全く違うのだ。
比較的安全そうな場所を探し、無事に一晩を明かす。
食料だって大量に持ち運べる筈も無く、ある程度は近場で調達しなければならない。
それには知識と技術が必要であり、勿論移動手段と道具だって必要だ。
ちなみに野宿には、数時間の維持が出来る結界を使う。
ただし予め魔石に魔力を溜めなければならないので、いつでも使えるとは限らない。数個を使い回して、街で溜めて置くのが基本だ。
食料、着替え、武器、医療品、お金、野宿用の物、その他諸々。
持ち運ぶべき荷物は多いが、移動手段としては各々が馬に乗るのが一番良い。
馬車等はいくらでもあるが、当然身軽では無いので険しい道が通れない。
しかも常に護らなくてはならないので下手に離れる事も出来ない。
大勢でなければ使えないのだ。
つまり乗馬の技術も学ぶ必要があった。
馬と言っても当然、異世界なのだから地球の馬とは色々と違う。
ギルドで使われるのでシア以外は乗れるのだが、これが問題だった。
まぁ何が言いたいかと言うと……
「シアちゃん……馬は諦めよ?」
「これも諦めるのぉー!?」
「飛べるあたしからしたらどうでもいいけど、少なくともシアが乗れてない事だけは分かるよ」
そういう事である。
貧弱な事を諦めたばかりなのに、乗馬すらも諦めろと言われて不満タラタラだ。
今はギルドにて馬の乗り方、扱い方を教わっていたのだが……小さな彼女が経験も無しに屈強な馬を乗り熟すなんて急には無理だった。
なら逆に彼女が小さい故に、他人の馬に一緒に乗った方が安全だろう。
極端な話、馬そのものさえ大きな荷物になりかねないので数を減らすのはある意味メリットでもある。
「なんかこう、小さい魔動車とか無いの……?」
街道を走る立派な車があるのなら、他にあってもおかしくない。
前世の車を知っている身からすればそう考えるのは当然だが……
「無いわよ。というか魔力が無きゃ動かない物なんて旅に使えないでしょ」
しょんぼり項垂れたシアを眺めながら、リリーナが教えてくれた。やっぱり無いらしい。
魔石の魔力は都度補充すれば良いのだが、そんな事に大量の魔力を消費していられない。
結局、何処をどれだけ動き回るか分からない旅では馬の方がよっぽど優れているのだ。
まぁ馬は馬で世話をして健康を維持しなければならないが、人も同じ様なものだしそこまで問題視するのも野暮だろう。
「じゃあ……後は何をすればいいかな?」
なんだかんだ大人しく諦めたシアは、他に何をするべきかを考える。
勉強は順調に進んでいるし、野宿に関してはこの場の誰よりも慣れている。
馬がダメなら残る技術として学ぶ事は、ちゃんとした狩りや解体の実践くらいだ。
「とりあえず勉強しながら数日は小休止としましょ。あんまりにも慌ただしくて大変だしさ」
リリーナは休息が欲しいらしい。
呑気に準備しているシアと違い、彼女達はとにかく大変なのだ。
やはりハンターとしての立場や付き合い等、結構な騒ぎなのだろう。
「んー……分かった。何を持っていくか考えるくらいにしとく」
何を持っていくか。簡単に言うが難しい話だ。
皆で相談して取捨選択をしなければならない。
「食料とかよく考えなきゃだもんねぇ……」
「それもそうだけど、調味料! そっちの方が大事!」
「すっごい実感ありそう……」
後ろからシアの肩を揉んだり頬をぷにぷにしながらセシリアが会話に混ざってきた。
手慰みにされているシアは気にせず調味料の大事さをアピール。
野生生活をしていたのだから、何を食べるかより味を気にするのも納得だ。
「塩以外無かったもん……」
「逆に塩はあったんだ……いやまぁそりゃそうか」
というか塩が無ければ鍛錬なんて考えずに街へ向かっていただろう。
やはり生きるには塩分が必要であり、たまたまあの山に岩塩が豊富だったからこそだった。
ちなみにアドラー山脈の岩塩は高級品だ。
そもそもが危険な山に塩を採りに行く者なんてそうは居ないので貴重らしい。
「味は大事だよねー。街に来て一番驚いたのが料理の美味しさだもん」
美味しい料理に慣れ切ったルナはもう、自然には戻れないかもしれない。
戻る気も無いだろうけれど。
調味料で何がどれだけ欲しいだの、保存出来る食料ならこれだと話しつつの帰り道。
「そういえば最初の目的地とか、大まかにでも道筋を決めないとね」
思い出した様にセシリアが呟いた。
碌に計画もせずに出発は出来ないので、何処をどう行くかを簡単にでも決めなければならない。
「他国も良いけど、まずはこの国よね。とりあえずは中央目指してウロウロ?」
国は、世界は広い。そう簡単に見て回る事なんて出来ないが、まずは中央と呼ばれる街を目指すのは悪くない。
ここランブレットから北へ向かい、街を1つ経由すれば着く。
道中の平原もうろついて行けば何かしら発見はあるだろうし、旅に慣れるには丁度良いだろう。
「そうだねー……いつかは他の国も行きたいけど、まずは中央!」
ワクワクしながらシアも同意。
なんにせよ何処に向かったとしても楽しみなのは変わらない。
「色んな意味でフィーニスには早めに行きたいけどね」
そして真剣な表情で呟くリリーナ。
フィーニスにはシアの故郷、アルピナの廃墟がある。
家族として迎えた以上、慰霊碑に――彼女の両親に挨拶くらいはしたいのだろう。
「あー……うん、確かに。無関係ではいられないと思うし――」
「中央から東に向かってコルネリアに行くのも良いかも! フィーニスなんてあの山越えなきゃいけないし、大変だし!」
セシリアは彼女の言わんとする事を察して口を開くが、シアがすぐさま話を切り替えた。
同じく彼女達が何を考えたのかを察してしまったからだ。
壊滅した故郷。それは未だシアにとって向き合うには難しい事なのかもしれない。
悲しみは乗り越えたが、そこに改めて向かい自分の目で見る事はまた別だろう。
「とにかく中央ってとこ行けばいいんでしょ? そこでまた考えればいいじゃん」
「そうね、一旦中央で数日間遊ぶのも良いかもね」
そんなシアの反応からルナが素早く纏め、リリーナも合わせて話を打ち切った。
それに安堵したのか、シアは気にしてないフリをして皆の1歩前をてくてく歩く。
表情を見せないよう隠しているつもりなのだろうが、少なくとも皆には分かってしまっている。
当然、追及なんて誰もしない。
その後も、もうすぐ始まる旅を思ってのんびりと語り合いながら家に向かった。
わざとらしく明るく振舞うシアに合わせて、皆も賑やかに歩いていく。
旅の中で故郷を訪れる。
それはシアも考えていた事だった。
しかし考えはしても、1歩近付く勇気が出せない。
山に居た頃、無惨に崩壊した故郷を遠目に見下ろした事がある。
その時でさえ全く平静では居られなかった。
泣きそうになりながら逃げる様に走ったものだ。
そんな最大のトラウマ。それを心の中でずっとそのままにしておく事が正解だとは、彼女自身思っていない。
無理に克服する必要があるかと言えば、正直無いのだけれど……明確な区切りを付けるべきだとは考えている。
そしてなによりも。
墓は無くとも慰霊碑に、家だった場所に……両親に。『私は今幸せなんだ』と伝えたい。
家族に囲まれ幸せに満ちた生活をする中で、そんな想いが芽生えているのだ。
その勇気を、この旅で振り絞る事が出来れば。踏み出すきっかけが見つかれば。
その時彼女はまた1つ、大きく成長する事だろう。




