第56話 可愛い子には旅を?
年の瀬、1年の節目。大多数の者が過去を振り返り、同時に未来を語る時期。
学校には通わず、遊んで鍛えての生活を続けて2年半……流石にそろそろ、この先どうしたいのかを話し合ってもいいだろう。
いつも通り紛れ込んだセシリアを含め、家族で少し真面目なお話だ。
皆は絶対反対する、と確信があったがそれでも……シアは1歩踏み出し心の内を曝け出した。
生まれ変わってから思い描いていた事を。
旅人として様々な経験を、出逢いを、まだ見ぬ景色を求め……危険を承知で世界を楽しみたいという事を。
「「――――」」
今すぐ旅立ちたいという話では無いが、思ったよりも真面目に考えて答えてくれた事が意外だった。
危険だからと、ただ否定するだけなら簡単だ。
けれどそんな言葉は、それこそ簡単には伝えられない。
「どう……かな?」
そんな家族の様子を窺い、何を言われるかと若干不安になりながらシアが訊ねる。
「――シアちゃん、流石にルナと2人で旅なんて許可出来ないよ」
セシリアが厳しい表情でキッパリと伝え、続いて皆も頷いて同意している。
しかし彼女はすぐに笑顔に変わって宣言した。
「だから、その時は私も一緒に行く!」
「「えぇっ!?」」
その言葉には流石に皆も驚き声を上げた。
「ちょっ……何言ってんの!?」
シアを想うならそれも良いかもしれないが、彼女は街を護るハンターだ。
鍛練を経て実力を認められたからこそ、尚更リリーナは慌てた。
「私もね、ずっと悩んでた。自分がしたい事ってなんだろう……って」
しかしそんな彼女を抑え、セシリアは静かに語り始めた。
「ハンターになった事を後悔はしてないし、誇りに思ってる。だけどそれって、自分に出来る事だからって、なんとなく流されてきたんだ」
親友にさえ、家族にさえ隠してきた想いを。
「シアちゃんが話してくれて、私も同じだって分かった。今更になって、自分の心を理解出来たんだ」
リリーナは口を開けて驚いたままだ。
まさか彼女がそんな悩みを持っていたとは夢にも思わなかったから。
「心配だからとか、大好きだからとか、そんな感情だけで考えてないよ。勿論それもあるけど、私がしたい事だから!」
思い切って語ったセシリアは、どこかスッキリした顔をしている。
ハンターとしてどんどん認められていく中で、より深く悩んでいたのかもしれない。
「――はぁ~……分かった。ちょっと複雑だけど……それなら私も一緒に行きたい。放っておける筈が無いもの」
それを聞いて考え込んでいたリリーナもまた、大きく息を吐いて宣言した。
「ちょっ、待ってくれ! いくらなんでもそんな簡単に決めていい事じゃないだろう!」
この場の勢いで決めている様にしか見えなくて、流石にリアーネは慌てて止めた。
家族が危険な旅に出たいなんて、彼女にとって事が大き過ぎる話である。
「私は家族も街も護りたい。だけどっ……その家族が旅に出るっていうのに、いってらっしゃいなんて言えないの!」
「だから待てっ! 旅に出る事をさも決まった事の様に言うな!」
「ちょっ……なんで喧嘩に……そんなつもりじゃ……」
宣言した勢いのまま声を張るリリーナに対し、リアーネも更に必死になっていく。
自分の話をきっかけに喧嘩が始まってしまったとシアはオロオロ。
「姉さんの心配は分かる! でも今すぐって話じゃないんだし、頭ごなしに否定はしないで!」
「ぐっ……でもっ……そんな……」
妹の気持ちを汲んで、まずは考えてやるべき。
そんな事は分かっているが、それでも心配と不安でリアーネは声を詰まらせた。
「もー! お姉ちゃん達ちょっと落ち着いてよ! そんな事ここで話したってしょうがないし、他の人にも相談しなきゃ!」
姉達が喧嘩を始めてはリーリアも黙って見てはいられなかった。
というかハンターである2人がそんな意思であるなら、団長達にも相談しなければならないのは当然だ。
「――そうね、ちょっと真剣に皆で話さなきゃ……」
「うん……私もなんか勢いで言っちゃったけど、家族にちゃんと伝えなきゃ……」
怒られて多少は冷静になれたのか、今は一旦保留と落ち着いた。
「なんでこんな大事に……? なんでぇ……?」
すっかり置いてきぼりな、そもそもの発端なシア。
なにはともあれ、改めて話し合わなければどうしようも無さそうだ。
そうして翌日になり話し合いが始まった。
セシリアの母シャーリィも含め、2つの家族と団長とダリルとで勢揃いである。
「「――――う~む……」」
緊張感に満ちた静かな部屋に、団長らの絞り出した様な低い声が響く。
彼女達が真剣に打ち明けた以上、相応に向き合う為に深く考え込む。
「――それが、お前達の望みなら……見送ってやりたいとは思う」
それから何秒か、何分か。
張り詰めた空気を打ち破る様に、ゆっくりと団長の低い声が通る。
「そうだな……本気でそうしたいのなら止めはしない。父親としてもそう思っている。しかし……」
「難しい問題だ。俺も応援したいが……いつの話になるのか。そこが明確でなければな」
意外にも肯定的らしく、フェリクスとダリルも続いた。
まさか彼らが揃って肯定的になるとは思わなかったのか、リアーネとシャーリィは慌てて止めようとする。
しかし視線と手で抑えられ、渋々と黙って次の言葉を待った。
「実は昔、俺達はシーカーの道を考えた事もあったんだよ」
「結局ハンターになったがな。まぁとにかく、俺達みたいな大人は今更無理な話だ。旅立つにはもう、背負うモノが多過ぎる」
「つまり何が言いたいかっていうと……仮にお前達が旅に出るとして、それは時間が経つ程に難しくなる。これだけは断言出来るんだ」
団長とフェリクスが言い聞かせる様にゆっくり語る。
時間が経つという事は即ち、その年月の分だけ手放せないモノを背負い続けていくという事だ。
そうなれば街を離れる事は難しくなってしまう。
「だから逆に旅立つなら今だ。実力も認められて立場が出来てきたが、それでも今ならなんとかなる」
「これが1年後2年後になれば、お前達はもう欠かせない戦力として引き留めなきゃならない」
そして彼女達は周囲に認められる程に成長している。
街と人を護る重要な戦力を手放す事は、彼らの立場としては簡単には出来ない。
「しかしそうなるとシアがな……流石に早過ぎる」
けれどそれではシアが問題、とダリルが困り顔で呟いた。
彼女はまだ12歳……しかも未だ歳不相応で貧弱な体という欠点を抱えてしまっている。
「いやいや、シアはあの山でずっと生きていられたくらいなんだよ? むしろシアの力なら逆に安心でしょ、あたしだって居るし!」
ただルナはそれを大した問題とは思っていないようだ。
なにせもっと幼く未熟だった頃に危険な山で生きていたのだから。
「確かにそうだが……むぅ……しかし、12歳は……」
言い返せずダリルは黙り、団長もモニョモニョと呟く。
大丈夫だとしても大人として複雑なのだろう。
「――セシル。お前は旅をしてみたいか?」
そんな彼らを眺めていたフェリクスは、酷く真剣な表情で息子に問い掛けた。
「え……? まぁそりゃあ、経験として考えればしてみたいけど……」
セシルは聞かれた理由を察した上で、本気で言っているのかと困惑しながら答えた。
「んじゃ、その経験を経て帰ったお前は……俺を越えられるな?」
しかしフェリクスはニヤリと笑ってみせ、もう1度問い掛けた。
セシルは既に重要な戦力だ。それでも旅をして強く大きく成長してもらう事を選んだ。
なにより、彼が共に行ってくれる事で彼女達はより安全になる。
無事に帰ってもう1度ハンターとして戻ってきて貰えばいい。
その時はきっと父を超えた男になっているだろう。
「――っ、越えて見せるさ」
そんな意思を悟ったセシルは、期待と責任を受け止め頷いた。
「なら行け! 妹を、この子達を護って全てを糧にしてこい!」
「おうっ!」
父からの激励に、拳を握って珍しく熱の入った返事を返した。
随分と熱い親子のやり取りに団長らはほっこりしている。
いい感じに話が纏まった、なんて呑気なものだ。
しかしそんな簡単に話が終わる筈も無い。
「勝手に盛り上がるなっ! さっきから何言ってるんだ!? 子供達がっ、こんな小さなシアが危険な外を旅しようなんてそんな事っ――」
スパーンッと勢い良く、カッコつけた風なセシルの頭を引っ叩きリアーネが激怒した。
勝手に話を進めて決めているのだから当たり前である。
そもそも当人達でさえ、今からなんて言われて驚きっぱなしだ。
「そうよ! どうして揃いも揃ってあなた達は! そんな簡単に決めていい筈が無いでしょうっ!?」
同じくシャーリィも声を荒げる。彼らの呑気な態度が信じられないのだろう。
「まぁ待てって! まず子供達の意思を尊重してやれ」
「尊重してこの場を設けて黙って聞いてた結果がコレだろうっ!」
目の前で息子が張り倒されたフェリクスが慌てて言い訳を述べる。
しかし畳み掛けられたリアーネの言葉はまさにその通り過ぎて、結局何も言えなくなってしまった。
やはり彼らも彼らで、唐突な話に冷静ではなかったのかもしれない。
荒れる2人を収めて、落ち着いて話を再開するまで数分。
改めて彼らが何故背中を押すのか、理由を語り始めた。
「お前達の心配と不安だって当然分かってる。旅は何があるか分からない……最悪の結末だって有り得るのは確かだ」
「けど今やコイツらは大人顔負けの実力だ。シアの力はとんでもない物だし、精霊まで付いてる。そこにセシルが加われば心配なんざ要らないさ」
団長が言う通り、見送ったそれが今生の別れになるかもしれない。
絶対に大丈夫だなんて言えないのだ。
しかし戦わない彼女達には分からない事だが、鍛えた彼らは実力等をよく理解している。
そうフェリクスも援護し、どうにか説得にならないかと言葉を重ねる。
というか、旅に出たいと言った本人達を置き去りに彼らが説得をしているのは謎である。
結果として大人達の説得が通り、どうにかこうにかシャーリィとリアーネは怒りつつも受け入れた。
言い聞かせる事は数えきれない程にあるが……
どの街でも到着、出発する時に必ず手紙を送る事。
最低でも1年に1回は帰って来る事。
という約束をした。
まさかこんな展開になるとは……と当人達はようやく驚きから戻ってきた頃だ。
心の準備どころの話ではない状況だが、しかし尻込みはせずあくまで前向き。
今は丁度年末、片を付けるにはキリが良いとも言える。
ギルドを辞めるとなると大騒ぎになるけれど、後押しした男達がどうにかするだろう。多分。
そしてまずは旅に必要な知識と技術を身に付ける事となる。
どれくらいの時間が掛かるかはともかく、これから旅立ちまで人生最大の慌ただしさになるのは間違い無い。
日常が終わり、新たな旅立ちへ。
1歩踏み出す……いや、踏み出させられた。
背中を押すどころか、全力で突き飛ばされた。
不安はある。恐れもある。けれど期待がある。
予想外にも程があるが、なにはともあれ……彼女達は新しい道を歩き出した。




