第55話 季節は巡って
春の訪れを感じ始めた年の瀬、12月も終わりに近づいた頃。
最早ギルドでは当たり前の日常風景と化した、少女達と逞しいおっさん達の戦いが繰り広げられています。
いつの間にか大人達も本気で相手をする程になったセシリアとリリーナ。
一切の油断もならない危険な鍛錬を続けてきた彼女達はもう、未熟な少女ではありません。
そこらのハンターよりもずっと実力があると認められても尚、弛まぬ努力を重ねます。
彼女達を見た周囲もまた励み、ギルド全体が近年稀に見る意識の高さとなったのも懐かしい話。
ちなみにセシルは既に鍛錬から抜け、立派なハンターとして活躍中だとか。
これらも全ては1人の少女の為に始まったのです。
可愛らしく遊び甘え、必死に頑張る、誰からも愛される少女。
重く複雑な事情を抱え、それでも強く在ろうとする彼女の為に。
そんな彼女は今……鍛錬場の隅っこに転がっています。
「はぁ……相変わらずだねー。なんかこっちが情けなくなるかも」
そして彼女を眺め呆れる、精霊であり親友のルナ。
「うぅ……お゛ぇっ」
びっしょりと汗をかいて転がり嘔吐いているのが、全ての中心人物である少女エリンシア。
色々と成長した彼女ですが、どうやら貧弱な体の改善は上手くいかなかった様子。年単位で鍛えてもダメとは筋金入り。
そう、彼女が保護されこの街に来てから、早くも2年半が経とうとしているのです。
それは山で生活していた頃と同じ年月。
小さく幼かった彼女も、この2年半で見違える程に成長……は、していないようです。
身長は140センチまで伸びたのですが、同い年のリーリアの2年前にようやく追い着いた程度。
そのリーリアも成長しているので、彼女のコンプレックスはそのままでしょう。
それでも全体的にしっかり女の子らしくなりました。
精神が男な彼女からすれば微妙な事かもしれませんが……
ほんの少しだけれど胸は膨らみ、鍛練のお陰で多少引き締まり、それでも落ちないお肉がついた健康的な体。
未だに歳不相応ではあるものの、明るく元気で頑張り屋な美少女です。
どこぞの息子を始め、可愛らしく直向きな彼女にやられた者は男女問わず多いらしいけれど……本人は全く知る由もありません。
そのどこぞの息子――ユーリスは父と同じギルドへと入り2年が経ちますが、鍛錬には参加していません。
これには団長も困惑したものの、理由を聞いて納得。
今はエリンシア達に注力してやってほしい、自分はその後でいい。
それまでは自分なりに頑張ってみるからと、身を引いたのです。
彼も彼で随分と成長しているようで、そこは父としても嬉しい事だったかもしれませんね。
話が逸れましたが……
体力が無く体調を崩しやすいだけで、体そのものは健康というのも面白い話ですが困った物です。
「なんで……こんだけ頑張ってもダメなの……」
「なんかもう、そういう物だって諦めた方が良さそうだね」
汚れるのも気にせず疲れて突っ伏したまま、涙目でグズるエリンシア。
彼女のしたい事――世界を旅したいというには致命的な問題なのだから、泣きたくなるのも仕方ないかもしれません。
慰めようにも良い言葉なんて出てこないので、ルナは投げやりな様子。
「強化にはちょっと耐えられる様になったけど……なんでこんな……」
「ここまでダメとなると、やっぱ何か理由があると思うんだよね。魂が異世界のだから、身体に合ってないとか……」
そして態度は投げやりでも、彼女がどれだけ頑張っているかを知っているルナはしっかり考えてくれていました。
改善を意識して鍛えたお陰でマシにはなっているけれど……どう考えてもおかしいのです。
体は至って健康、問題無し。なのに何故か貧弱。
そうとなれば普通じゃない理由がある筈。
思い浮かぶのはエリンシアが異世界からそのまま生まれ変わってきた事。
「なにそれ……そんな事言われたらどうしようも無いんだけど……」
怪訝な表情も当然。けれど、それこそ体の事なんて本人が一番分かっている筈。
他に思い当たる理由が無いのは事実なので納得してしまいそう。
「うん、諦めよ?」
「うぅ……そんなぁ……」
そんな彼女に笑いかけて肩を叩き、無慈悲な言葉を突き付けるルナ。
否定も出来ないからこそ、エリンシアはガックリともう一度突っ伏します。
そのまま意気消沈、動かなくなりました。
ルナもそれ以上は何も言わず、エリンシアの上で横になります。やる事が無くて面白くないのでしょう。
ようやくモゾモゾと動き出したのは、激しかった戦闘が終わり休憩になった頃。
セシリアとリリーナは相変わらず倒れ込んでいますが、大人達も酷く疲れています。
有数の実力者たる大人達が、3対2での戦闘でもこの有様。
やはり彼女達の成長は相当なようです。
「はーっ、キッツイな……」
「鍛錬用の武器じゃないからな……もう全く油断出来なくなった」
「俺は……お前ら程動ける訳じゃないってのに……」
団長、フェリクス、ダリルが口々に彼女達の成長に対し感想を洩らします。
これは1歩間違えば大怪我どころでは済まない、真剣で本気の戦闘。
そこに魔法まで組み込むのだから、最早鍛錬と言うには限界を超えているのです。
きっとこの特別な鍛錬もそろそろ卒業になるでしょう。
「シアちゃん、大丈夫?」
「やっぱり変わらないわね……なんでなのかな……」
のろのろと皆に近づいて来るエリンシア達を見て、セシリアとリリーナが反応。
やはり傍から見ても疑問に思う程には彼女の貧弱さはおかしいのです。
そこでさっき話していた事を伝える為にルナが口を開きます。
勿論、異世界から生まれ変わったなんて言えません。
エリンシアの特別な力の代償、とでも言う様にそれらしい事を語ります。
聞いた皆はなるほど納得。
なにせ本当にそれ以外に理由が思い浮かばないのです。
しかし彼女の努力を見てきたのだから、諦めて他を伸ばすしかないなんて簡単に言える筈も無かった……のだけれど。
やっぱりどうしようもないので団長が思い切って伝えます。
「そうだな……諦めよう」
「うぅ……そんなぁ……」
先程のルナと同じやり取り。
優しく肩を叩き、若干の同情混じりに彼にまで言われてしまえば、エリンシアも受け入れざるを得ません。
またもや涙目で悔しがる彼女を、なんとも言えない表情で見守る保護者達。
そんな年の瀬らしくなにやら成長と物悲しさを感じさせる、とある日の出来事でしたとさ。




