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第52話 とある本のお話

 いつの間にかすっかり冬となった、とある日の事。


 最近は鍛錬も変わり映えが無くて面白くないのか、ルナは途中で何処かへ遊びに行ったまま。

 そしてセシリアとリリーナは帰る前に少し仕事の話があるという事で、シアはギルドの外で1人待っていた。

 中は人が多くて邪魔になると思ったからだ。


 寒さは魔法でどうにでもなる。繊細な制御が必要だが、その程度はシアにとって問題は無い。

 むしろ何もせずにただ待つ事の方が難しかった。


 なので辺りをウロウロと歩いていた所、ギルドの横……細い路地に表紙が真っ黒で薄い本を見つけた。


 そんな謎の本を、好奇心が服を着て歩いている様な彼女が素通りする筈が無い。

 勿論中身を見ない選択肢も存在しなかった。


「――っ!? ふぉぉおお!?」


 目を見開いて奇声を上げ、慌てて口を閉じて周囲を見回す。

 そして誰も居ない事を確認してもう一度本を開いた。


「ひゃ~……うわぁ……すご……」


 真っ赤な顔から小声が漏れ聞こえる。


 中身は――エロ本だった。


「嘘でしょ……修正しないの……? せめて黒塗りとか……」


 この本が特別なのかは分からないが、少なくともモザイク処理なんて技術は存在しないだろう。


 シアは衝撃のあまり、何処かに行ってしまった心の中の【男】がムクムクと目覚めるのを感じた。


「うわぁ……でっっか……えぇっ、こんな……」


 とにかくとんでもないモノであり、彼女を夢中にさせるには充分過ぎた。

 それはもう、近づいて来る人の気配に全く気付けないくらいには。


「あ、居た居た。ダメじゃない勝手に何処か行っちゃ。心配しちゃうでしょ」


「ぅひゃぁあああい!!??」


 完全に忘れていたリリーナに声を掛けられて、シアは心臓が飛び出るかと思う程に驚き叫んで跳び上がった。


「わっ!? どうしたのよ、そんな大声で……何それ?」


「本? シアちゃん、落ちてる物に引き寄せられるのはダメだっていつも――」


 逆に驚かされたリリーナの視線が落ちた物へと向く。

 隣に居たセシリアが小言を言いつつ……それを拾ってしまった。


「~~っ!? な、な何をっなんてモノ見てるのっ!?」


「? 一体何を……きゃぁああ!? ちょっ変なモノ見せないでよ!!」


 一瞬でシア以上に顔を赤くしたセシリアはまたもや本を落とした。

 釣られて覗き込んだリリーナも真っ赤な顔で怒りだす。


 自分から見にいっているのだが、それを突っ込む人は居ない。

 誰もそんな余裕は無かった。


「ぁ……ぅ……あぁ……ぇう……」


 とんでもない場面を見られた羞恥心でシアは思考まで固まっている。


 わたわたと真っ赤な顔をした少女3人が、とある本を取り囲む謎の絵面は続く。


「こ、こん……こんなモノ見ちゃダメ! 早過ぎるよ!」


「私達だってこんなの……なんでまた拾うのよ!」


 シアには見せまいとセシリアが慌てて拾い直した。

 しかし彼女達の視線はチラチラと行ったり来たり。お年頃なのだろう。


「……って、2人だって見てるじゃん! なんで私だけ――」


「っ!? 処分! 処分よこんなモノ!」


 それをシアに指摘されて、リリーナは更に混乱したらしい。セシリアの手からはたき落した。


「あっちょっと! 誰かの落とし物なら一旦預かって――」


 モノがモノだけにその親切心は微妙だ。なんなら自分が見たいからだと思われるだけである。


「良い訳無いでしょ!」


 混乱したままリリーナは雷を放つ。

 哀れ、お騒がせな本はその姿を灰へと変えた。


「あーっ!? なんてことをーっ!?」


 せっかく見つけたお宝を処分されたショックで再度絶叫する。

 灰の前に膝を着き、しょんぼりと涙目だ。


 なにはともあれ、ひとまず狂騒の原因が消えた事で3人は次第に落ち着いていった。


「やっちゃった……誰かの物だろうけど、仕方ないわね……誰にも言えないし」


「なにしてんのもう……」


 もうどうしようもない事だが、こんな事は誰にも言えないし謝る相手も分からない。


 セシリアはそんなリリーナに呆れつつ、意外と純情なんだなと新たな一面を見て楽しそうだ。

 潔癖とまでは言わないが、こういう物には少し過敏らしい。


「あぁ……せっかくのお宝が……酷いよぉ……」


「いや確かにやり過ぎたけど、そもそも見ちゃダメだからね!?」


「そうだよ! ああいうのに興味が出るのは分かるけど、流石にダメっ!」


 落ち込むシアへ2人の小言が飛ぶ。

 正直彼女達よりもシアの方が、男としてよっぽど知っているのだが。


「うぅ……もう帰るぅ……」


 未だしょんぼりしたシアを連れて、とりあえず現場から揃って逃げる様に家路を急いだ。




 その後、セシリアとリリーナ、リアーネの3人で会議が開かれた。


 アレを話題にするのは嫌だったのだが……改めて真面目に考えた末の判断からだ。

 つまり性教育。シアがそういう年頃なら大事な事であり、ならば同い年のリーリアにもついでに教えるべきだろう。


「そ、そういうのは私はちょっと……えーっと……誰か他に頼った方が良いような……」


 話を聞いたリアーネは珍しく顔を赤くして言い淀んでいる。

 どうやら大人振っていても耐性が無い様子。


「そういえば姉さんはそうだったわ。こういう話はしないから忘れてた……」


「そうなんだ……意外」


「仕方ないだろう、早くからやたら育った体の所為でちょっと嫌だったんだ。距離を置いていたらこうなってしまった……」


 リリーナがそういう事を学ぶ少し前に、両親は街を出ている。

 ならば性教育は姉がする筈だった……のだが、当のリアーネがこれだ。

 学校では最低限の事しか触れられないので、リリーナは自力で学んだのだ。


「なるほどねー。だから思わず消し炭にしちゃうくらい純情なんだ」


「ぅぐっ……いや、アンタも同じ様な……とにかくっ! 私はいいからシアとリーリアよ」


「ちょっと早いかもだけど……アレを見ちゃったんだし、今教えた方が良いよ」


「じ、じゃあその……シャーリィさんを頼ろう」


「お母さんに? 私も教わったし良いとは思うけど、なんか微妙な気分……」


 尚も情けなく狼狽えるリアーネの提案でひとまず決まり。

 完全にお任せするのは流石に申し訳無いからか、3人も同じく教える側になるつもりだ。


 とりあえず早々に場を設ける事にして会議は終了した。




 そして翌日の昼、シアは悶々と街を歩いていた。1人になりたかったのか今日もルナは居ない。


 思いがけず男の自分がひょっこり顔を出し、どうしてももう一度見たいと思ってしまう。

 しかし時間が経てばいつも通りになるだろう、と気を紛らわす為の散歩だ。


「ん? お前1人で何してんだ?」


 そんな時、ユーリスに声を掛けられた。今日は学校が休みらしい。


「お、やっほー。――そうだ、コイツなら持ってるかも……」


 とりあえず挨拶をしたが、小声でなにやら呟いている。

 年頃の男子ならもしかしたら、なんて考えてしまったのだ。


「何が? 相変わらず変な奴だな……」


「よし、ちょっとアンタの家に行かせて!」


「はぁ? なんでいきなり……ちょっ、おい!」


 疑問を浮かべるユーリスを無視して、服を掴んでスタスタと歩いていく。

 問答無用なシアに文句を言うがそれさえも無視。


 力づくで抵抗するくらい簡単な筈だが、そうはしない所が彼らしい。


「待てって! なんなんだよ……ていうか家はこっちじゃねぇ!」


 騒がしい道案内をしてもらって家へ到着。

 なにがなんだか分からないが、そのまま中へ入り部屋は何処だと押し切った。


 女の子を部屋に入れた事に若干ドギマギしているユーリスなんて放置だ。

 あろうことか、そのまま家探しを始める始末。


「ちょっ、お前何やってんの!?」


「いや、アンタなら持ってるかなって……」


「だから何が!? ていうか止まれっ、そこら中ひっくり返すな!」


 呑気に答えながらも、家探しの手は止まらない。

 力づくで止めない優しさはシアに対しては悪手だ。


「無いなぁ……まさかとは思うけどこことか……」


「!? ちょ、そこはダメだやめろーっ!」


 ベッドの下を見ようとした瞬間、慌てて叫ぶ。お陰で確信出来てしまった。


「ふふーん、こんな分かりやすい所だなんて逆に考えなかったよ」


「ぬぁあああ!? やめろーっ、やめてくれーっ! それだけはっ――」


 ベッドの下から箱が引き摺り出された。全力で奪い返そうとするが、アルカナの盾で箱ごと護ってしまう。

 こうなったらもう誰も妨害は出来ない。最悪の使い方だ。


 涙目で懇願……というか絶叫しているのを横目に、シアは箱の中身をのんびり眺める。

 勿論そこにあったのは数々のエロ本である。

 世界が違ってもお約束の隠し場所らしい。


「おー……おー……?」


 ただし昨日の物とは違って、表紙はしっかりとそれらしい女性が載っている。

 中身もなんというか普通。薄いが黒塗りで隠されて見辛くなっているし、全体的にソフトな印象だ。


 昨日のとんでもなくハードなお宝とは違ったそれに、シアは若干落胆を見せた。


「ぉぉぉおおおお……なんでっ……なんなんだよぉ……何がしたいんだよお前はぁ……」


「ねぇ、こんなのじゃなくてさ、もっと凄いの無いの? 隠れてないやつとか」


 最早泣き出している事に若干引きながら畳み掛ける。


「あるわけねぇだろぉ!? 人のお宝引き摺り出してこんなのってなんだぁ!?」


「ふーん、残念。じゃあ昨日見た隠れてない凄いやつは本当にお宝だったのか……」


「なんだそれ寄越せよぉ! そのお宝くれたら許してやるからさぁ!」


 泣きながら今度は別の懇願をしてきた。可哀想だが面白い男だ。


「消し炭にされちゃった。――はぁ、なんか面白くないけど気は紛れたしいっか」


 てへっ、とか言い出しそうな顔でもう無い事を告げる。

 サラッと見終わり、もう護る必要も無くなったので壁も消した。


 散々好き勝手して、ある意味では気も紛れて満足したらしい。

 その傍若無人な言動は流石に普段の彼女ではない。そんな不安定になる程の出来事だったのかもしれない。


 ただ被害者の彼からすれば事情なんて知る由も無い。


「お前本当になんなんだよぉー!? いいからもう帰れっ! 出てけーっ!!」


 今度こそ全力で家から放り出す。


 べちゃっと地面に転がってようやく、自分がどうにかなって暴走していたと気付けたらしい。

 謝るにしても火に油を注ぎそうな今では無いと考え、大人しく帰る事にした。


「ん? 嬢ちゃんがなんでウチに?」


 そして偶然にも、帰宅した団長が歩いていくシアの後ろ姿を捉えた。どうやら彼も休日だったらしい。


 距離もあるのでわざわざ声を掛けはしなかったが、息子と遊んでたのかと深く考えずに家に入る。

 その息子は、と部屋へ向かってみると――


「……お前、何してんだ?」


 散乱したエロ本に囲まれ泣き崩れていた。まるで意味が分からない。


「ぅぉおおおっ! 親父ぃいっ、アイツなんなんだよぉおお!?」


 とりあえず息子が何かされたらしい事だけは分かった。


 散らばるそれらはあえて無視して、とにかく事情くらいは聴いてやるかと生暖かい目で応えた。

 その生温かい目が、憐憫の目へと変わるまでに時間は掛からなかった。




 その数日後、シアとリーリア……と何故か居るルナへの性教育の時間が来た。


 中身は大人の男なのに、親しい女性陣からあれやこれやと教わるのはかなり気まずいらしい。

 しかも教わるまでも無く、知識は既にあるのだ。


 終始微妙な表情だったシアは、授業が終わる頃には精神的に疲れ果てていた。



 しかしそれだけでは終わらない。

 何故かユーリス以外の男達が勢揃いして訪ねて来た。


 泣き崩れた息子から聞いた、無邪気だがあまりにも悪辣な言動。

 これは早々に正さなければ、と団長が真面目に相談をした結果である。


 耐え難い辱めを受けたユーリスに同情し、男達は団結したのだ。

 

 その事情を知った女性陣も真面目に捉え、盛大なお説教が始まった。

 それはもう静かに真剣に怒られ、シアは情けなくも涙目になってユーリスへ謝る事を約束した。


 そして大勢にエロ本を暴露されたユーリスもまた、後日改めて咽び泣いたのであった。

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