第47話 明けたら、夢の続きを
「ぬぁぁああ~っ……」
まだ明け方の時間、シアのか細い悲鳴が響く。
相変わらずなんとも気の抜ける情けない声だ。
「ぬぉぉおお~っ……」
弓が扱える事に喜び夢中になっていた所為で、筋肉痛で酷い事になっているらしい。
今回は身体強化の負担がかなりキツイようだ。
「んぅ……うるさいな……」
いつも通りくっついてすやすやと寝ていたルナが起こされた。
「体痛い……たすけてぇ……」
「頑張れー。あたしはまだ寝る……」
自業自得と言っていいのでルナは素気無い返事。
というか治癒魔法を控えると決めた以上どうしようもない。
それを理解しているから、自分で使わずにぶつくさ言っているだけなのだろう。
隣で騒がれては二度寝も難しいが、かと言ってこんな早くから起きる意味も無い。
結局そのまま、うんうん唸りながら時間が経って……気付けばシアも二度寝に入った。
その後しばらく経った頃には家族も起床し始め、リビングへと揃っていく。
リアーネは随分と睡眠時間を削っていた様だが、しっかりと休めたらしく朝食の準備に入る。
リーリアは今日も学校は休み。しかしシアがあの調子では遊ぶ事も難しいかもしれない。
リリーナは鍛錬明けだが仕事。元よりその為に軽い鍛錬にしていたので疲労は回復出来ている筈だ。
そして何故か居るセシリア。どうやらまた泊まっていったらしい。
赤子の様に泣き喚いたシアの姿は、家族達にも大きな影響を与えた。
彼女の抱えてきた物が途轍もなく重いものなのだと、改めて噛み締めると同時に……想いを自らの心に刻み込んだ。
今まで憐憫や同情が無かったとは言えない。
そういった感情を含めての愛情だと思ってきたし、それが間違っているとも思わない。
その始まりが何であろうとも。たったこれだけの短い時間しか経っていなくとも。
シアが皆に大切に想われ愛されているのは確かだ。
そんなシアも二度寝から覚めたのか、のたのたとリビングに入って来た。
隣には心配してるんだか呆れてるんだか微妙な表情をしたルナが居る。
寝てる間に着替えさせられた寝巻きのままではあるけれど、その細い首元にはルナとお揃いの小さくて綺麗な宝石が光る。
「おはよー……」
普段は寝ぼけてふわふわした挨拶だが、今は単純に痛みが嫌で元気が無い。
もしくは、昨日が嘘の様に片付いたリビングを見て何かしら感じたのかもしれない。
さておき……そんな気の抜けた声を聞けば、皆も揃って挨拶を返す。
いつも通りに微笑んで明るく温かく迎えてくれる。
それが幸せなのだと、シアにはよくよく理解出来ている。
じんわりと心に沁み込むそれのお陰で、元気の無かった表情は一瞬で朗らかに変わった。
今は朝食の準備中で、リアーネを中心に姉妹が手伝うのもまたいつも通り。
この家は協力して家事をする。勿論、やたらとお世話になっているセシリアもだ。
しかしシアだけは違った。
お世話になっているのだから返さなければ……と手伝おうとする事はあったが、誰もそれを良しとしなかった。
余計な気を遣わせない様に、とか色々とそれらしい理由でいたつもりだったのだ。
しかしそれも今日で終わり。
「さ、ちょうど朝食の準備をしてるんだ。シアも手伝ってくれ」
今まで拒んでいたリアーネの方から手伝いをお願いした。
遠慮せず家族として見てほしい。
そんな事を偉そうに語っていた自分こそ、未だに心の何処かで保護した子のまま見てしまっていた。
ただ保護された子供ではなく、ただ庇護されるだけの子供ではなく、ただ養護されるべき子供ではなく。
一緒に生活する家族なのだと、ようやく気付く事が出来た。
そして、奇しくもそれはリリーナも、セシリアさえも同じだった。
つらい境遇の幼い少女だからと、ただひたすらに可愛がるばかりでいようとしていた。そうあるべきと思い込んでいた。
そこには確かに愛情があったが、言葉を選ばずに言うならば――まるで飼い猫の様でもあった。
それでは胸を張って家族だなんて言えないと思い直したのだ。
「うん、今日からは一緒にやろっか」
「勿論私も。いつも居る訳じゃないけど、一緒に居る時くらいはね」
「じゃああたしもやろうかな。上手くやれる気はしないけど……」
示し合わせた訳では無い。それでも彼女達は、なんとなく其々の心の内を察して自然に後押しした。
そしてルナもそれに乗っかり手伝いを買って出る。
多少価値観が違うからだろうか、シアとも彼女達とも若干違う視点で見ていたルナには、皆の心の変化はしっかり見えているらしい。
お気楽でお馬鹿っぽい彼女ではあるが、なんだかんだ一番皆の心を理解しようとしていたのだ。
そんな事は誰にも悟らせないけれども。
「あ、やっとシアちゃんも手伝わせるんだね。皆全然やらせようとしないから、なんでだろって思ってたよ」
リーリアは姉達と違って複雑な感情は無かった。
最初は戸惑いがあったものの、結果的に同じ子供として誰よりも早くからシアを家族として見ていた。
子供らしくただ純粋に、同じ目線で、とっくに迎え入れていたのだ。
だからこそ、同い年のシアが自分とは違い手伝いを拒まれている事が疑問だった。
「えっ……うん! ちゃんと手伝えるか分かんないけど、頑張ってみる!」
シアは驚いたものの素直に頷く。
元より彼女だって手伝いたかった。
何もしない居心地の悪さもそうだが、やはり愛し愛される家族の為に何かしたかった。
だから拒まれる事にもどかしさを感じていたが、それが皆の望む事なのだと割り切って受け入れてしまっていた。
無駄に重ねた精神年齢の所為かもしれない。
しかし逆にそのお陰で変化が分かった。
何がどう変わったのかまではともかく、確かに何かが変わったのだと。
だから、シアは一層嬉しそうな顔で近づいた。
その笑顔を見てリアーネ達もまた、自分達の変化はシアにとっても喜ばしい事だと悟った。
幸せそうに笑うのはシアだけではない。
皆で笑い合うそんな一時がまさに幸せなのだと、誰もが思えた。
しかしまぁ、そうして綺麗に纏まらないのがシア達だ。
忘れてはならないのが彼女の体の状態である。
上半身、腕の先まで酷く疲れて痛む状態でお手伝いなんて……どう足掻いても無理だった。
「いたたたっ痛い痛い!」
手伝おうと力を入れてみれば思い出した様に激痛が走り、あまり痛々しくない悲鳴を上げた。
そこでようやく皆も彼女の状態に思い至ったらしい。
揃って心配そうな顔をして口々に労わりの言葉を掛ける。
殊更心配される事では無く大丈夫だとシアは説明するが……手伝いは諦めた方が良いだろう。
物を落としたりと事故や怪我に繋がるのが目に見えている。
という事で結局は大人しく待機となった。
せっかくの小さくて大きな変化だったと言うのに、なんとも締まらない。
手伝うと言った筈のルナも放棄してシアの元へ向かってしまった。
どうやらシアに悪戯する事の方が優先順位は高いようだ。なんとも精霊らしい。
大人しく待機なんて出来る筈も無く、痛がるシアの体をつっついている。
家事をしている横で遊びだすのはどうかと思うが、誰も文句なんて言いはしない。
というよりもむしろ……わいわいぎゃーぎゃー、ふざけ合うシア達から聞こえてくる緩い悲鳴と笑い声に釣られて、皆も楽しそうに笑いだした。
なんにしろ笑顔が溢れるのなら、それはそれで彼女達らしいのかもしれない。
そんな、この街に来て12日目の朝。
誰もが心に何かしらの変化を起こしたこの数日は、きっととても大切な日々だった。
幾度と変わりようやく落ち着いた昨日は。それを確認出来た今日は。
きっと始まりに過ぎない。
先の事なんて誰にも分かりはしないけれど、今はただ――
皆で夢を見よう。こんな、なんてことない日常が、緩やかに過ぎていく事を。
皆でただ祈ろう。こんな、なんてことない幸せが、ずっとずっと続くように。




