第42話 在りし日の追想
シアの誕生日、当日。
周りがどれだけ頭を悩ませているのかなんて何も知らない呑気な少女が目を覚ます。
一番早くに寝て一番遅くに起きているのだが、寝る子は育つ……のだろうか。
昨夜シアが眠った後に話し合ったので、何をどうするのかは決まったと思いたい。
偶然にもリーリアは今日も学校が休みなので、恐らく夕方までに買い物等をする筈だ。
「んー……むぅ……」
相変わらず目を覚ましてもグズグズとのんびり。
どうやらまだまだ疲労は回復しきっていないようだ。
昨日もなんだかんだで色々やったのもあるだろうが、治癒魔法に頼り切っていた幼い体は回復も遅いらしい。
それでもぐうたらと寝て過ごすつもりは無いのか、ゆっくり体を起こしていく。
「あれ……ルナが居ない」
いつも起きた時には傍にいたルナが見当たらないので、目を擦りながら独り言を溢す。
きっと今日の為に準備か話し合いでもしているのだろう。
「まぁいいか……ふぁ……」
というか居ないからなんだという話だ。
欠伸をした後、大きく伸びをしてベッドから降りて服を着替え始めた。
机の上のカレンダーが目に入り、なんとなくここ最近の事を思い返していく。
よく食べ(かなり小食)、よく動き(昨日は全然動いていない)、よく眠る(むしろ寝過ぎ)。
なかなかに健康的な生活だなぁ……なんて本人は思っている。
今日でこの街に来て11日目。初日は寝ていたので体感としては10日。
たったそれだけの期間なのに思い返せる事が沢山ある、と気付いてとても柔らかい良い表情をしている。
「あ……」
しかしその表情は真逆の物へと変わった。
今日が何の日なのか思い出したからだ。
「そっか……今日は誕生日だったんだ……」
やはり自分の誕生日を意識していなかったらしい。
皆に祝われてからようやく気付くよりはマシか。
けれど何故表情が曇るのか……
山に居た頃は当然だがそんな意識は皆無だった。
季節が巡って時間の経過を知るだけだった。
それが今は家族を得て幸せで温かい生活に変わった。
そこで誕生日という物を認識した瞬間、昔の家族を思い出してしまったのだ。
忘れた事なんて一時も無いけれど、それでも父と母に祝われた時を強く思い出していた。
自分が失った物、求める物、それを改めて突き付けられた様な……そんな感情に襲われた。
「……っ! 大丈夫。なんてことない」
気丈にも彼女はその感情を振り切った。
首を振って頬をぺちぺちと叩いて気持ちを切り替える。
強く叩かないのが彼女らしい。
そうして部屋を出て、顔を洗いリビングへ。
朝食を済ませれば今日も今日とて鍛錬だ。
ただしルナはプレゼントを買いに行く為に別行動となった。
誕生日を思い出し、珍しく別行動なんて言われても、シアはまだ気付かない。
というか買い物に行くルナが騒ぎを起こさなければいいのだが……不安だ。
「さて……私はまた作業に戻るし、もう渡しておこうか」
家を出るシア達を見送ったリアーネは、残ったルナとリーリアへ声を掛けた。
買い物は彼女達が一緒に行く事になっている。
どうしたってお金は必要なので財布らしき袋を渡した。
「はーい」
「ルナ、お金は分かるかい?」
勿論受け取るのはリーリアだ。
小さなルナが持つには邪魔だろうし、そもそもお金を知っているのかも怪しい。
「分かんない!」
想像通りだ。何故自信満々に言えるのか謎だが、お陰で本当に全く分かっていないという事だけはしっかり伝わる。
「だろうね……その中には2万コール入ってる。少し細かくしてあるけどね」
この世界の通貨はコールという物で、国を問わず共通だ。
では何処が管理を……と思うが、各国の代表が集まり自国の経済状況も合わせて話し合い、其々1年での造幣量を決めている。
国で別れようが、例え形式だけでも協力し合わなければ人類は生きてはいけない。
ある意味ではその象徴でもある訳だ。
「えっ、そんなに?」
渡された2万コールにリーリアは驚いている。子供にとってはかなりの大金だ。
物価に関しては街にもよるが、地球の先進国の一般的な感覚で通るだろう。
なにせ世界は安定と維持を重視しているのだから経済も同様だ。
それが綺麗に行き渡るかと言えばそうとも限らないが……そこはもう仕方ない話。
「念の為だよ、後で返しなさい。一応ルナの為にも説明しておこうか」
リーリアなら多少大きなお金を持たせても大丈夫だと信頼しているのだろう。
物の価値はこれから知っていくとして、お金の事くらいは知っておくべきとルナに説明する事にした。
「お金は金銀銅の大小で6種類だ。1コールから10万コールまで、それぞれ桁が増えるだけだから分かりやすいだろう」
銅貨(1)、大銅貨(10)、銀貨(100)、大銀貨(1,000)、金貨(10,000)、大金貨(100,000)……
と並べた硬貨の横に紙を置き数字を書きながら教えていく。
大金貨はこの場に無いので文字だけだ。
「単純だね……それに見た目も。これなら人によっては自分で作れちゃうんじゃない?」
「ふふ。大規模な魔道具を使って魔力を金属に含ませて作ってるから、例え偽造されても判別は可能だよ」
当たり前だがしっかりと偽造の対策はされている。
魔力を内包させるというのは、専用の大規模な魔道具によってなんとか可能なレベルの技術だ。
「はぇー……どうやるんだか分かんないけど、しっかりしてるんだね」
精霊でもよく分からない技術らしい。
素材の生成から加工まで全てを魔法で一息に、且つ短時間でやらなければ中に含ませた魔力は散ってしまう。
なので段階に分けての加工は通用しない。
正直考えるだけ無駄と言っていいだろう。
しかしそれでも《《技術的には》》個人の魔法でも製造は可能と言える。
偽造が出来ると公言する馬鹿は居ないので、実際可能な者が居るのかは不明だ。
「確かに魔力が含まれてる……思ってたより小さいや」
ルナはそのまま1つを持ってまじまじと見てみる。
実際に触れてみれば、確かに魔力が内包されている事も分かった。
物が小さいだけに触らなければ分からない程度だ。
最小の銅貨が直径2センチ程度、ここには無いが大金貨でも直径4センチ程。
どれも円形で、桁に合わせて一回りずつ大きくなっている。
「嵩張るからねぇ。この大きさでも纏めてみればこんなだし」
リアーネはお金を纏めて財布に戻し、改めて見せる。
いくら小さくても、やはり嵩張ってズッシリと重い。
「確かに、こんなジャラジャラ持ち歩くのは邪魔だよね」
体の小さいルナからすれば、こんな物を持ち歩くなんて邪魔以外の感想が出てこない。
当たり前に本が普及している以上、紙も印刷技術もある。
しかし紙幣となると偽造防止の点で難しいのだろう。
「世界中で使われてるから、今更変えるのも大変なのさ。それに基本的に大金を持ち歩く人も少ないんだ」
世界共通というのも理由の1つだ。今更変える労力は計り知れない。
なにより、基本的に持ち歩く金額は少ない。
大金を持ち運ぶのは商人くらいだ。シーカーは出来る限り身軽に動きたいので商人よりも少額になる。
「普通に生活する分にはこれで困らないって訳ね」
今回は念の為に多めに持つだけで、普通の日常的な買い物なら金貨1枚で済む場合が殆どだ。
そこはルナでも納得出来たらしい。
「そういう事。とりあえずこれだけあれば足りないなんて事はまず無いだろう。無駄遣いしないように」
「あい」
「はーい」
ルナだけならともかく、割としっかりしているリーリアも居るなら問題は無い筈だ。
揃ってなんとも軽い返事だが、大丈夫だと信じよう。
「じゃあ、私は作業に入るからね。気を付けて行くんだよ」
と言う事で、リアーネは作業を始める為に部屋へと向かった。
彼女も彼女でかなり大変そうだ。
それにしてもルナとリーリアは随分仲良くなっているようだ。
きっと今日のお出かけもしっかり楽しんでくるだろう。
今まではそこまで深く関わっていなかったユーリスやスミアを始め、シアを挟む事で他人同士も繋がっていくらしい。
今はそのシアに悩まされているけれど……良くも悪くも皆の中心となっているのかもしれない。




