第40話 名前
「あんな防御が出来れば、そりゃあ避けようなんて思わないよな」
言い訳が終わって戻ってきたフェリクスがしみじみと口を開いた。
ほぼ確実に防げるのに、避けられるかも分からない行動は逆に危険だろう。
「俺達はどんな攻撃も回避を第一に考える。嬢ちゃんはそれを防いでしまえるが……防御に頼るのも良くは無い」
団長の言う通り、攻撃は出来る限り避けるものだ。
盾を使う場合も無くはないが、正直邪魔なのでハンターは盾を持たない人が圧倒的に多い。
魔装で覆った武器で弾くなり防ぐ事も出来るからだ。
「なんにせよ今後は避ける事も考えろ。常に消耗の激しい防御を繰り返したって魔力が勿体無い」
「分かった。動けるように頑張る」
ダリルは改めてこれからの課題を伝える。
シアもそれはよく理解出来ているのか素直に受け止めた。
「消耗は確かに無視できないだろうな。いくら防げても後でクタクタになってちゃ危険だ」
「その消耗についてなんだけどな。もしかして今まで明確なイメージも無く使っていたんじゃないか?」
「うーん……絶対護るってだけだったかな……確かにイメージなんてあんまり……」
団長の言葉を聞いてダリルが助言をする。
シアはいつも確実な護りをイメージしていただけで、具体的な強度は考えた事も無かった。
そもそも力に目覚めた時点で、どうしても護りたいという意識だけだったからだ。
「やはりか。絶対護るなんて思ってたら自然と全力で作る様になったんだろう。常に全力なんてそりゃあ疲れるってもんだ」
「あっ、そっか……」
答えを聞いて納得したのか、ダリルが説明をしてくれた。
シアは今まで常に全力だったから消耗が激しかっただけであり、本来はもっと柔軟に使える筈なのだ。
逆にそのお陰で強度の限界が上がっていったのだろう。
全くの偶然ではあるが、ある意味良い鍛錬になっていたのだ。
「魔力障壁だって同じだな。必要な時に必要な箇所を全力で護るんだ」
団長も考えていたのだろう。あれもやはり常に全力で纏う事はしない。
危険と感じた瞬間――もしくはその前に全力で護るのであって、普段はそこまでのものではないのだ。
「シアの障壁もそういう事だったのか。なら負担を減らす調整が出来るな」
「ああ……というかいい加減シアの力を障壁と呼ぶのは止めたいな。魔力障壁とごっちゃになって紛らわしい」
毎回毎回、全力を維持するなんて無理も当然の話だった。
進歩出来る事が1つでも見つかった事をフェリクスは喜び、シアの頭を撫でた。
ダリルは彼女の力をなんて呼ぶかという事も気になるらしい。
「確かに同じ障壁じゃあな。名前変えるか?」
「えー、そんな事急に言われても思いつかないよ」
「せっかく特別な力なんだから、なんか良い感じの名前付けようよー」
団長も同意して、本人に決めてもらおうとシアを見るが微妙な反応。
なので横で聞いていたセシリアが催促した。
「そう言われてもなぁ……うーん……」
自分にそんなセンスが無い事を自覚しているけれど、ここまで言われたら少しは考えてみる。
ルナの名前をまともに付けられたのは奇跡かもしれない。
記憶を探り、何か良い感じの言葉とか無いかなと考え込む。
「……『アルカナ』……とか?」
しばらく考えて出てきたのは前世の記憶、確か神秘とか秘密とかの意味があったか。
珍しい言葉でも無いので記憶にも残っていたのだろう。
「ふむ……確かずっと昔の言葉だったか? 秘密とかそんな感じの意味だったような……」
団長は聞き覚えがあったようだ。どうやらこの世界でも似た言葉があったらしい。
「へぇ~……秘密の力か、シアちゃんにはピッタリだね」
「そんな言葉よく知ってたわね。やっぱり頭良いのかな」
団長の説明を聞いて、セシリア達は感心している。
というかリリーナは薄々でもシアがお馬鹿だと気付いていたのかもしれない。
「あー……まぁ、うん。どっかで見たのかな。結構いい加減だけど……こういうセンス無いし」
シアは団長の言葉を若干不思議に思ったが、そもそも色々な物の名前も同じなので考える事を止めた。
とりあえず彼女の力については名前が決まったようだ。
「あたしの名前、もしかして凄い変な名前にされかねなかったのかな……」
「ルナは特別。他は難しいよ」
ルナはボソリと呟く。自分でセンスが無いとハッキリ言ってしまうシアを見て、名付けてもらった事を振り返り若干怖くなったらしい。
「うへへ……特別……」
特別だと言われてなんだか嬉しそうだ。怖がったり嬉しがったりと素直な奴である。
「さぁ、ともかくこれで気分変えるぞ! せっかくの鍛錬が出来てないからな!」
そんな呆けているルナは放置して、ようやく鍛錬へと移る事になった。
団長が号令を掛けるが、まだ疲れているのにどうするつもりなのだろうか。
それでも皆はその声に合わせて素直に切り替えていく。
「俺はどうすりゃいいんだ……」
いつの間にか近くに来ていたユーリスが呟く。
どうするもなにも、帰るしかないのだが。
「あ、まだ居たんだ」
「いつの間に……気付かなかったよ」
シアとルナがまた弄る。正直存在を忘れかけていた節もあるが、そこまで言うのも可哀想と思って一言だけにした。
「ずっと居たよ! まだってなんだよ、さっさと帰れってか!?」
「そうだ、一応部外者だろうが。いつまでも居座るな」
しっかり反応してくれたが、団長から冗談めかした辛辣な言葉が飛んできた。
「あーもう、分かったよ……大人しく帰るよ」
なんにせよ帰るしかない事は理解しているのだろう。
それでもシアの特別扱いにはまだ少しだけ、何も思わない訳でも無いようだ。
恨めしそうに彼女をチラッと見てからトボトボと歩いていく。
「はぁ……ねぇ、ちょっと。おーい」
シアもそんな彼を見て、しょうがないなぁと言わんばかりに溜息をついてから追って声を掛けた。
このまま無視して終わるのは収まりが悪いと思ったらしい。
父の背を見て強くなりたいと願う少年。
価値観も何もかも違う世界の人間ではあったが、シアだって【男】としてそういう気持ちは分かるつもりだ。
「なんだよ、まだなんかあんのか? ていうか頑なに名前で呼ばねーなお前……」
まだ何か弄るつもりなのか、とユーリスは立ち止まり怪訝な顔で振り向いた。
名前を呼ばないのは距離感を掴みかねているからだ。
そういう彼もシアを名前で呼んでいないが、恐らく同じ理由だろう。
「……ん、その……えっと」
呼び止めたものの、内容は考えていなかったので今更悩みながら言葉を探す。
ついでに散々馬鹿にして弄った事を謝っていない事に気付いた。遅過ぎる。
「なんなんだ? ハッキリしない奴だな……」
さっきまでとは全然違う態度に変わったので彼も困惑している。
「謝ってなかったなって……色々言って、馬鹿にしてごめん」
子供過ぎた自分の振舞を振り返り、シアは少しだけ顔を赤くして謝罪を伝えた。
「別にそんなん謝んなくても。俺の方がよっぽど酷い事したんだし……ていうか短時間で多すぎてどれの事か分かんねーし」
ユーリスはわざと軽い調子で返した。
急に殊勝な態度で謝られて居心地が悪いのだろう。
「えっと、全部。それから、団長はきっとちゃんと見てくれてると思うから……あんまり気にしないで。私なんてちょっと特別な力を持ってるだけで、アンタの方がずっと強いよ」
一言一言、考えながら励ましの言葉を伝える。
団長が息子を蔑ろにする様な人だとは全く思えない。
なにより未だ子供であるのにも関わらず先を見据えて努力をしている彼を、自分の所為で無駄に落ち込ませたくは無かった。
「そんなん、お前に言われなくたって分かってる。親父は親父なりに、俺は俺なりに考えてるだけだ。それに……お前の事情も聞いた。俺の事なんか気にしないで頑張れよ」
既に親子で話し合った後なので微妙に励ましにはならなかったけれど、気持ちはしっかりと伝わったらしい。
逆に色々と大変そうな彼女を気遣って励ますくらいだ。
ちょっと馬鹿っぽいが本当に良い奴なのだろう。
「気にしないとか……無理だし。私だって……今まで護られてばかりで、強くなりたいって思ったから。ずっと団長を見てきたアンタだって、真剣に強くなりたいって思ってるのは分かるもん」
彼が自分と同じ様に、強くなりたい成長したいと心の底から望んでいるのはよく分かる。
片や特別扱い、片や後回しで見てもらえない、なんて悔しいどころじゃないだろうと思ってしまうのだ。
「いいから気にすんな、もう解決してんの。立場は違っても、お互い頑張ろうって事でいいだろ」
「それでいいなら、いいけど。はぁ……なんか本当に解決してるっぽいし気にするだけ無駄だったんだね」
尚もモジモジと言っているシアに対して、もう解決した話だと伝えて話を終わらせようとする。
流石にここまで言われれば、これ以上の言葉は逆に鬱陶しいだけだろう。
そう判断してシアもこれで話を終わる事にした。
「だからそう言ってるだろ。馬鹿だなお前」
「そっちこそ馬鹿じゃん。ばーかばーか」
とりあえずではあるがお互い謝って話も落ち着いたからか、彼はさっきまでの調子に戻った。
シアもそれに合わせて子供らしくふざけて返す。
彼らは結局そういう感じで行くつもりらしい。
「とにかく、話が終わったんなら帰るぞ。じゃあな。遊び相手くらいにはなってやるよ」
彼女の暴言とも言えない様な軽い罵倒を鼻で笑い、いい加減もう帰る事を伝える。
今後も何かと接する機会もあるだろう。
その時は遊び相手になってやる、と父に言われた友人として云々という事も忘れていない。
「そうだね、遊んであげる」
「ほんと生意気な奴……」
逆に私が遊んであげるんだ、と言い返してからシアは背を向けて歩き出す。
ユーリスももうそれ以上言い返す事はせずに、一言呟いて同じく背を向けた。
「きっと……」
しかしシアは最後にあと一言だけ伝えようと、立ち止まって口を開いた。
「きっと……アンタは凄く強くなるよ。私だって負けてられない――お互い、頑張ろうね。ユーリス」
最初に呼び止められた時の様に、怪訝な顔で振り返った彼が見たのは……
こちらを向き、微笑みながら彼の成長を確信したように言う――歳不相応な雰囲気の少女だった。
かと思えば、より眩しい笑顔で言葉を続けて、ようやく初めて名前を呼んだ。
「――っ」
思わず見惚れて言葉が出なかった。
人を揶揄って遊んでいた時とは違う。殊勝な態度で謝った時とも違う。
何処か大人染みた、そんな少女。
彼が何も反応出来ないまま、当のシアは言うだけ言ってさっさと歩いて行ってしまった。
「ほんと……生意気な奴……」
なんだか悔しくなって何か言おうとしたが、結局同じ言葉を繰り返すだけになってしまった。
今日初めて会ったばかりだというのに、あっという間に彼の心に圧倒的な存在感と複雑な感情を植え付けていった。
やはり年頃の少年にとっては厄介すぎる少女なのかもしれない。
「エリンシア、ね……」
そうして歩き出した彼の表情はなんとも微妙な物だったが、決して悪い気持ちではなかった。
むしろ何処か嬉しそうな……




