第39話 最強の防御
「悪いな嬢ちゃん。馬鹿息子が酷い事しちまって」
「え、あー……まぁ事故みたいなものだし」
ゲンコツを食らった頭を抑える息子を連れて団長が戻ってきた。
シアとしてはあんまり申し訳なさそうにされても居心地が悪いらしい。
「それでもだ。卑怯な真似しやがって……おら、ちゃんと謝れ」
事故だろうがなんだろうが改めてしっかり謝れと背中を叩く。
そうしてシアの前へと出てきた彼は気まずそうに口を開いた。
「その、悪かった。悔しくて腹癒せにあんな事して、お前のお尻を――」
「もー! いつまでもお尻お尻言わないでよ! 一言でいいでしょ!?」
しかしもうその件には触れないでくれといった感じで、真っ赤な顔で叫んで会話をぶった切る。
恥ずかしいから引っ張らないで欲しいのだろう。
「ご、ごめん……でも――」
「もーいーからー! 大体アンタ誰!? 名前も分かんないし!」
ただ一言謝るだけだと収まりが悪いのか、尚も何かしら続けようとするがそれさえもシアは遮った。
無理矢理にでも話を変えるつもりらしい。
「あ、そうか自己紹介もしてなかったな。俺はユーリス。お前は……シアだよな?」
「お前なんかがシアって愛称で呼ぶな馬鹿!」
「えぇ……じゃあなんて呼べば……」
言われて素直に自己紹介を始めたが、途端にルナが怒りだす。
どうにもユーリスが気に食わないらしい。
ルナはシアとの付き合いが長いが、あんな風に感情をぶつけるシアは見た事が無かった。
それが少し羨ましく感じてしまうのだ。
「別に構わないけど、まぁいいか。私はエリンシアだよ」
今更呼び方なんてどうでもいいのだけど、いちいち突っ込むのも面倒なので流して名乗る。
「シアって呼びたいなら態度を改めるんだね」
「さっきからお前はなんなんだよ……」
再度ルナから小言が出てくる。
気に食わないのもあるが、コイツは弄っていい奴だという認識をされている。
きっとこれからも何かと虐められるだろう。
「ふんっ、あたしはルナ。シアの親友だよ」
「そんなに怒らなくても……コイツ弄られキャラっぽいしそういう感じでいくの?」
ルナは親友を強調して名乗った。
怒っている理由は分からないが、そういう扱いでいくつもりだという事はシアもすぐに察した。
「誰が弄られキャラだ! ていうか名乗ったのにコイツって言うな! 悪いと思って大人しくしてりゃこのガキィ……」
「そのガキになんにも出来なかった癖にぃ~」
不本意な印象を持たれて怒り出したが、シアはニヤニヤ笑って煽る。
ルナがそういう感じでいくなら私も……なんて思っているのだろう。
「ぬあー! ちくしょう、いい気になりやがって!」
どれだけ怒っても何も出来ない、というか何かしようものなら横で睨んでくる父にどれ程怒られるやら。
何処かわざとらしく憤慨するのを見てシアとルナはコロコロと笑っている。
「なんで喧嘩になるんだお前達は……」
「険悪では無いし、もういいだろ。放っておけ」
フェリクスは呆れ、ダリルも放置を決めた。
険悪な雰囲気なら口も挟むが、なんだかんだ揃って楽しんでいる様に見えなくもない。
それもその筈――彼は言われた通りに自然とシア達と仲良くなろうとしている。
弄られてムカつきはするけれど、それで心を開いてくれるなら構わないと考えているのだ。
年頃の男の子としては、年下の可愛い女の子と仲良くなるなんて気恥ずかしいが、この調子ならそんな事も無いのだろう。
なんだかんだ根は随分と良い奴らしい。
「というか、そろそろ話を進めよう」
「そうするか。おい、そこ大人しくしろ」
先程言っていた実験を始めようとフェリクスが話を切り出した。
ぎゃーぎゃー言い合っている奴らにダリルが注意して場を整える。
「何の話?」
「シアの障壁の強度を調べてみようってな。限界を知らないと危ないし」
「私の?」
シアは素直に大人しくなり、軽く首を傾げキョトンとしている。
「そうだ。自分では知っているかもしれないが、俺達は知らない。それにお前、今まで防ぐだけで避けようとした事無いだろう」
いい機会だからついでと言わんばかりにダリルはシアの問題点を指摘した。
昨日多少なりとも体の動かし方等を教えていて気付いたのだ。
彼女は今まで、危ないと思った物を全て防いできたので避けるという意識が無い。
そこに体の貧弱さも相まって動きが全体的にトロい。
「あー……うん……ていうか限界なんて知らない」
言われて自分でも思い至ったらしい。しかも限界なんて知らなかった。
少なくとも精霊であるルナに破れない以上、途轍もない強度だという事だけは分かって安心していたのだ。
「勿論シアの負担次第だが……今は特につらくはないか?」
「大丈夫。途中で厳しくなったらちゃんと言うから」
下手に心配掛けたくも無いので素直だ。1度迷惑を掛けた事から、その辺りは真面目に考えているらしい。
「よし、じゃあ早いとこ始めようじゃないか。余計な事で随分と時間を取られてしまったしな」
大丈夫ならさっさと始めようとダリルがやる気を出した。
貴重な時間を取られたからかユーリスを見て嫌味を言っている。
言われた当人は気まずそうにしているが何も言えない。
「どうやって調べる? 嬢ちゃんを攻撃すればいいか?」
「そんな事する訳無いだろう。離れた所に作ってもらいたいんだが……出来るか?」
団長が具体的な方法を聞くついでに笑いながら冗談を言った。
戦いにはやたらと厳しいからやりかねないと思ってしまったのか、シアは言われた瞬間ビクリと反応していた。
そんな彼女を見て苦笑いしながらフェリクスは彼女に向かって訊ねる。
「ん、分かった」
冗談だと安心して息をついてから、言われた通りに壁を作り出す……ユーリスの前へ。
「え? ……俺じゃねーよ! 俺を的にしたいってのか!?」
何故か目の前に現れた壁に一瞬呆けたものの、すぐにシアの意図を察して壁を叩き叫んだ。面白い奴だ。
「違うの?」
「当たり前だ!」
わざとらしく首を傾げて言うシアへとギャーギャー憤慨しているが、周りは笑っている。
彼が完全にそういうキャラとしてシアに認識されてしまった事が、周りからしても面白いのだろう。
「別に構わないが」
「そんな馬鹿な!?」
尚も笑いながらダリルが言うと、またもユーリスは叫んだ。
皆笑っているし冗談と分かって反応しているので、どうやらノリも良いらしい。
「冗談だ。さっさとどけ」
しかしそんな遊んでいたって仕方ないので団長は容赦無く言う。
「なんか皆して扱いが……」
冗談でもいきなり皆からの扱いが変わった事に気付き、落ち込みながらノロノロと壁から離れた。
親しいと言える程では無かったが、それでも接点のあった人達にまで弄られキャラとして扱われる事にショックを受けてしまったらしい。
シアとルナに合わせてしまう彼の人の良さが招いたキャラ付けだろう。
そうして準備を終え……一応ギルド内の筈なのにも関わらず、随分な実験が行われた。
一番使い慣れた球体の障壁に対し、まずフェリクスが暴風を纏った大剣を振り下ろしたがビクともしない。
次にダリルが全力に近い雷を放ったが、やはり完璧に防がれる。
これは本気でやらねばと団長が張り切り、過剰な程の身体強化と炎を纏い大斧を叩きつけた。
後の事を考えない、実戦では出来ない攻撃だ。
たった1度で疲れ切ってしまう程の攻撃……それだけやってようやく罅が入り、シアの制御が乱れた所為か砕け散った。
「お前が本当に全力でやってようやくとはな……」
疲労困憊な団長を見ながら、フェリクスは途轍もない防御への感想を言った。
こんな防御があるなら殆どの敵に安全を確保出来るだろう。
そりゃあ山でも生き残れる訳だ、と皆良い方向へ改めて信じ込んでくれた。
「そうだな……って、おい早く地面綺麗にしろっ」
攻撃した本人が一番実感しているのだろう、感慨深く呟いた。
かと思うと慌ててユーリスに地面を戻すように言う。
どうやら立て続けに物凄い攻撃をした所為で、何事かとギルドの者達が集まってきてしまったようだ。
「また俺かよ……はいはいやりますよ。分かってたよ……ちくしょう」
言われたユーリスはブツブツと呟きながら大人しく地面を綺麗に均していく。
将来は苦労人……いや、既にそうかもしれない。
なにせ今の実験で一番働いていたのは、毎回派手に抉り飛ぶ地面を綺麗にさせられていた彼だったのだ。
ちなみに、必死に押し隠してはいるがシアの力に戦々恐々である。
どれ程勝ち目の無い喧嘩を売ったのか思い知ったらしい。本来なら負ける事も無いのだが。
「適当に言い訳してくるか」
「すまん、頼む」
そんなユーリスを後目に、フェリクスは言い訳の為に歩き出した。
鍛錬の為にちょっと本気の攻撃という物を見せていたのだ……とでも言えば皆素直に信じるだろう。
未だ座り込んだままの団長は、動きたくもないからか若干申し訳無さそうに頼んだ。
「なんか……色々凄すぎて全然反応出来なかったな」
「そうね。これがホントの実力者ってやつよ……先は遠いわ」
「逆に言えば、そんな遥か高みの目標が目の前に居て鍛えてくれてるって事だ。喜ぼうじゃないか」
ずっと黙ったままだった3人がようやく口を開いた。
自分達では推し量れない実力を垣間見て、なかなかにショックだったようだ。
勿論シアの護りの凄さに驚いているのもある。
セシリアは呆けて、リリーナは嘆き、セシルは彼女達を鼓舞した。
「確かにそうだね……頑張ろ」
「まぁ、ここで躓く様なら最初からここで鍛錬してないわ」
そう言われてしまえば落ち込んではいられない。
何よりすぐ傍にシアが居るので、沈んだ姿なんて見せたくないのだ。
「うー……なんか悔しい……」
同じくずっと黙っていたルナもショックを受けていたらしい。なにせ精霊として実力には自信があったのだ。
しかし過去に彼女が強度を確かめた時は罅なんて到底無理だったし、魔法だけでも皆ルナ以上の物だった。
精霊の特性上、突出した者に敵わないのは仕方ない。
仕方ないが悔しいのも確かだ。
「思ってたよりハンターって凄いんだねぇ……」
シアも呑気に感想を呟いた。
思い返せば両親を含めハンターの戦いは殆ど見た事が無い。
攻撃はからっきしな彼女からすれば、もう理解不能な次元の話なのかもしれない。
最早コンプレックスによる嫉妬すら無い程だ。
「言っちゃ悪いけど、魔物よりよっぽど化け物染みてる気がするよ?」
ルナがなかなか酷い事を言う。
しかし事実、そこらの魔物を遥かに超える攻撃だった。
とは言えこの世界の人とはそういうものだ。
いや、流石に皆が皆では無いけれど……とにかくそうでなければここまで歴史は続かない。
言われた当人の団長は笑っている。誉め言葉として受け取ったらしい。
セシリア達も苦笑いで誤魔化そうとしているが、やはり同じ様な感想は持っていたようだ。




