第34話 また新しい日常
ギルド『赤竜の牙』の中にある広い鍛錬場は今、異様な空気に包まれていました。
まだまだ見習いのセシリアとリリーナを、団長達3人が揃って鍛えているのです。
しかも何故か子供と精霊まで居るのだから、一体何事だと周囲は好奇の目で――むしろ奇異の目で眺めるのも無理はないでしょう。
ちなみにセシルは他が目立つ所為で気にされていないというのが正直な所。
宣言通り相当厳しくされたらしく、彼女達は無惨にぶっ倒れて荒い呼吸を繰り返しています。
なんだか大人が虐めている様にしか見えません。
特にシアなんてうつ伏せでピクリともせず。死んでいるんじゃなかろうか。
体力の確認という事で1人走らされていただけなのですが……
ルナはそんな彼女の横に座って指でつついて悪戯しています。
心配している様子は無いので多分大丈夫なのでしょう。
*
「ま、こんなもんだな」
団長は転がる彼女達を見渡してニヤリと笑う。
「魔法と武器と体の使い方……1つ1つなら出来るなんて、残念ながら鍛錬していたら当たり前の話だ。それを同時に纏めて扱えなきゃ意味は無い」
フェリクスも続いて厳しめの発言。
基礎はとにかく大事だが、その基礎を組み合わせなければならないという事だ。
「その辺りの事は良く分かってるだろう?」
ダリルはリリーナを見ながら言った。
まさにその通りで、彼女の課題はそこにあった。
ただ魔法を使うだけならかなりのもの。
しかし実戦で動きながら周囲を見ながら、武器を振るいながらでは全く発揮出来ない。
ゲームや試合ではないのだから、後ろから魔法を放つだけではダメだ。
同時に動き回って武器を振るえなければその内死ぬだろう。
「それを鍛えるには、こうして全力での戦闘経験を積むのが一番だ」
碌に説明も無いまま戦わされていたが、ようやく団長から具体的な話が聞けた。
見習いである彼女達は仕事では大人に保護され、対応出来そうな敵としか戦っていない。
つまり全身全霊での戦闘なんて経験が無いのだ。
だからこそ繰り返せば確実に強くなるだろう。
いくら未熟と言っても鍛錬で全力なんて危険だが、彼らにはそんな事はお構い無しな実力差がある。
少なくとも彼らに無理が見える様になるまでは続くだろう。
「さぁ、今度は全力で休め。一息付いたらもう1回だ。これを繰り返して本当の限界までやるからな」
何も言わずにただ聞いていただけの3人に向かって、ダリルがひとまず休憩だと伝える。勿論ルナに回復してもらうのはナシだ。
「……はぃ」
「きっつ……」
息も絶え絶えなセシリアとリリーナは、転がったままなんとか返事を返す。
予想以上の厳しさだが、精神的には全く折れていない。
「ここまで余裕を見せられるとは……」
彼女達に比べれば幾分かマシな状態のセシルだが、大人達との力の差に叩きのめされたらしい。
それでも高みを目指そうと微かに笑みを浮かべている。
「まぁ3対3だしな。俺達は長年組んでいて息も合わせ易いし、とりあえず実力差には目を向けなくていい」
今回は様子見も兼ねて3対3での戦闘だった。
それはそれで個人の実力以上に差が大きく出たが、団長の言う通りこの鍛錬で見るべきはそこではない。
そう言うと大人達は離れた所に転がっているシアに向かった。
「こっちはこっちで問題だな……病み上がりだからか?」
まさか走っていただけでダウンとは……と言った感じだ。
フェリクスもまた彼女の貧弱さを知らないのだから仕方ない。
「本人は全快だって言ってたけどねー」
悪戯にも反応してくれないシアから離れ、これが限界なのだとルナは教える。
全快しても壊滅的なのだ。
「体力が無いのは分かった。すぐに変わるものでも無いし……体の成長に合わせて少しずつ鍛えていくか。今は体力以外を伸ばした方が良さそうだ」
まだ10歳、しかも歳相応の成長さえ出来ていない有様でどう鍛えていけばいいのだろうか……
ひとまずは別の事をしよう、と団長がシアへ伝える。
聞こえているかは分からないが。
「……ぁい」
「あ、生きてた」
なんとか聞いていたらしく、蚊の鳴く様な声で答えた。
その後団長達はシアを武器の並ぶ所まで連れて行き、試しに持たせたりしながら話を始めた……のだが。
「なんにも使えないじゃん!」
シアは悲しくて悔しくて怒り出した。
様々な大きさの剣、斧、槍、弓……置いてある物を手当たり次第に触ってみたが、扱える物は無かった。
殆どがまともに持つ事も出来なかったのだ。
やはり自分には何も出来ないのか、と八つ当たりである。
「と言われてもな……筋力の確認も兼ねてとりあえず試しただけだ」
「何も出来ないのを確認されるのはつらい……」
しょんぼりしたシアに団長が困った様に説明するが、余計に落ち込ませるだけだった。
「悪かったって。流石にその辺は自分でも分かってると思ったんだが……」
「分かってはいるけど……持った事は無いし、もしかしたらって……」
それはそれ。分かっていても試したくなるし、武器という物にワクワクするのは前世の記憶がある以上仕方ないかもしれない。
「もう障壁を武器にしちゃえば? あれ殆ど重さ無いし、めちゃくちゃ丈夫だし」
落ち込むシアを見かねてルナが提案。
シアの障壁は重さが殆ど無い上に異常な程に硬い。
変形出来るならシアが持てる武器としては確かにアリだろう。
「なるほど、それは素晴らしいな……出来るか?」
それを聞いたダリルは一瞬で意識を変え、前のめりでシアに訊ねてきた。
実際に氷や石で武器を作る事はある。
主に武器が破損した時のその場限りの応用で、武器としては貧弱だが魔装で覆えばマシだ。
「いや、そんな期待の目で見られても。どうかな……」
「試してみたら? とりあえず小さい壁出して、形を変えてみるとか」
「まぁ……やってみるけど」
やってみなきゃ分らない、とルナが後押しをしてとりあえず試してみた。
が、しかし――
「……ん~……むぅ……複雑過ぎて無理ぃ!」
結果はやはり残念な物だった。
どれだけ頑張ってもただの細い板である。
しかし最高の防御が転じて最高の武器に、というのは諦めるには惜しい。
何より変形は出来るのだから、難しいだけで可能性はあると言えるだろう。
「やっぱりなんにも出来ない……」
ただしそんな可能性なんて関係無く、シアは自分の無力さを更に思い知って項垂れた。
彼女はどうにも上を見過ぎている節があるようだ。
「まぁまぁ、焦るなって。なんにせよ今を基準に考えたって仕方ない。ひとまず障壁の使い方と体作りだ。ついでに体の動かし方もだな」
「俺達も色々考えてやるから、今すぐどうにかしようなんて考えるな。それこそ無理な話だ」
「あっちも充分休憩出来たみたいだし、俺達は戻るが……無理し過ぎない程度に時間潰しててくれ、な?」
「はーい……」
このまま続けてもひたすらシアを落ち込ませるだけだと察し、彼らは慰め励ましつつ話を切り上げた。
未だしょんぼり不満気なまま、頬を膨らませたシアの頭を順番に撫でて歩いていく。
なんにせよ彼らが真剣にシアの事を考えてくれているのは間違いないだろう。
その後皆が何度目か転がされた頃、ひとまず昼食にしようと休憩になった。
ただし転がされた側は食事どころでは無い様子。
限界まで追い込むなんて事を繰り返せばそうなるのも仕方ない。
手持ち無沙汰だったのか、とりあえず体力の為にも走っておこうと考えたシアもまた座り込んでいる。
無理に頑張ってもつらいだけだが、何かしていたいのだろう。
昼食と言われてもここはギルドだ。
何処で何を食べればいいのか分からないシアは、ひとまず皆が落ち着くのを待つ事にした。
「そうだ、嬢ちゃん。ちょっといいか」
「ん?」
そのまま揃って休憩をしていた所へ団長が声を掛けた。
「色んな事情で鍛えるのは決めていたが、大事な事を話しておきたい」
「う、うん……」
「強くなりたい理由は分かる。護られてばかりで何も感じない奴は居ないからな。だが強くなってどうしたい?」
やたらと真面目な雰囲気に少し畏まるシアへ、団長は問い掛けた。
ハンターになりたい訳では無い。
でもいつか旅に出たいというのは、今聞かれている答えとして相応しい物だろうか……とシアは悩む。
「戦うってのは命を奪うって事だ。さっき武器を持ったが……戦って護って殺す事をどう感じる?」
戦うという事がどういう事なのかを言い聞かせる。
戦いの道具に対し忌避感を持たずワクワクして触っていた子へ、改めて認識させた。
言われて思い至ったのか、シアはハッとしている。
「こいつはこの間のグリフォンの羽だ。色々と良い素材にもなるからこうして無事な所を取った」
懐から1枚の大きな羽を取り出して渡す。
これはただの素材だ。殺し、解体し、素材としただけだ。
言えば単純だが、感情としては単純な物にしていい事ではない。
「奴は奴なりにただ生きようとしていただけなのに、こっちの事情で殺した。それをどう捉える?」
グリフォンだってただ生きていただけなのだ。
たまたま街の近くまで来てしまったから――人の害になりかねないから殺された。
渡された羽を見つめ、シアは考える。
結局の所、誰もが生きる為に戦ってその為に命を奪うのだ。
どんな生物も殆どの戦いがそうだろう。
「…………ごめんね……」
改めて一から考え、羽を胸元に抱いて呟いたのは謝罪だった。
こことは全く違う世界で、比較的平和な国で生きた記憶があるからこそ――命を奪う事の罪悪感が強かった。
自分達が追いやった結果だと知っているからこその言葉なのだろう。
「――そうか。なら、それを背負っていく覚悟はあるか?」
彼女の呟きを聞いた団長は少し安心した。
生きる為だから仕方ないじゃないか、と開き直って軽く受け止めるべき事ではないのだ。
罪悪感にしろ何にしろ、理解して受け入れて背負い続けなければならない。
そしてその重みに耐えきれず折れてしまう者も珍しくない。
子供に問うのも酷い話だ。
申し訳無さそうに団長は顔を歪めるが、それだけ彼が真剣に考えている証でもある。
「……大丈夫だよ。今までだって山で狩りをしてたんだもん。なにより……生きろって言われた。楽しんで、幸せになるって決めた。その為なら覚悟出来るよ」
顔を上げ、真面目な表情でハッキリと意思を示し語る。
それは彼女の根幹を成す確かな望みだ。
見るべきものを見ようとしない道の先に、彼女の願う幸せは無いのだろう。
「そうか……その歳でそれだけ言えるんなら充分だろう」
もう一度安心した様にシアの頭を撫でる。
幼いながらしっかりと理解している彼女なら大丈夫だと思ったようだ。
答えを聞いていた皆は満足そうにしている……いや、むしろ誇らしそうでもある。
やはり子供の成長を見守る気分なのだろうか。
この街に来て未だ10日にも満たない僅かな期間。
たったそれだけで、彼女は成長している。
沢山の物を得て、沢山の経験をして、過去も今も糧にして前へ進んでいる。
それは【彼】としてではなく、全て含めてのシアという子供としてだ。
このままゆっくりでも成長していく事が、彼女にとって一番大事なのかもしれない。




