第30話 急襲
「なんだ――!?」
皆は一斉に振り返り理解した。
遠目だがグリフォンに追われる5人の男達。
予想通り喧嘩を売って、敵わず逃げて来たのだろうが……街まで連れてくるとは言語道断。
馬鹿な事をするだけになんだかんだ多少は戦えたらしく、いくらか傷を負わせている。
彼らはそれ以上にボロボロだが……何故逃げ果せているのか不思議だ。
「ちっ、言ってりゃこれか。想像通りどころか、最悪な事をしてくれたな!」
「馬鹿共が……!」
フェリクスとダリルは激怒し吐き捨てる。
ここには一般人も多く居るのだから最悪どころではない。
迎え撃ちたいが、予想外過ぎる上に大勢で纏まっていては戦いづらい。
グリフォンはこちらを見ると、風で5人を蹴散らし急加速してきた。
どうやら奴にとって彼らは既に嬲る対象になっていたらしい。
相当な怒りを買ったのだろう。ギリギリ逃げられる程度に追い詰めて遊ばれていた訳だ。
「グリフォン来ちゃったの!?」
「やばっ、私達武器持ってきてない!」
事態を理解したセシリアとリリーナが焦る。
彼女達はまだ奴と戦える程の実力も経験も無い。しかも武器さえ持っていなかった。
シアの付き添いという意識が強すぎて気が抜けてしまっていたのだ。これもまた未熟さが顕著に出たと言える。
飛ぶ相手に剣や槍があった所で……とは思うが、とにかく逃げるしかない。
なによりシアを連れているし、リアーネは戦いなんて素人だ。
「とにかく戻ろう! 結界の意味は無くても、壁の内側へ!」
そのリアーネが叫ぶ。魔物ではないので結界で阻めないが、このまま外に居るのも有り得ない。
既に周囲の一般人は走り始めている。
「やっぱりあの時の……」
まだ距離のあるグリフォンと目が合った気がした。
明確な敵意を感じたシアは足を竦ませる。
「シア! ボケっとしない!」
「あっ、うん!」
動かないシアの手を取ってリリーナは叫ぶ。
流石にこの状況では冷静ではいられないらしい。そのまま走りだし、シアはなんとか付いていく。
そうして討伐隊以外が街へ入ると門が閉まった。
飛ぶ相手では意味が薄いが、これで少なくとも正面からは入ってこれない。ついでに流れ弾を防ぐ意味もある。
「信じらんない! 街までグリフォンを連れてくるなんて!」
中へ戻ったは良いが、前方は逃げる人達で混乱している。
一旦止まって状況を見るリリーナは思わず叫ばずにはいられなかった。あまりにもふざけた話だ。
「ちょ、ちょっと待って……! 急に、そんな走ったら……」
しかしシアの苦しそうな声が聞こえ、一瞬で冷静に戻った。
さっきまで寝込んでいたのに急に走った事でかなり息が上がっている。
なによりパニックになった集団があの日を思い起こさせ、精神的にも厳しいモノがある。
「っごめん、つい……大丈夫?」
「うん、大丈夫……」
非常事態とは言え、シアの事をちゃんと考えられなかった事を恥じた。
引いていた手は一旦離し、背中を擦ったりと気遣っている。
シアの言葉が強がりにもなっていない事は誰にでも分かった。
「このままシアを連れて行くのも危ないな……」
大勢が一斉に逃げれば混乱と喧騒は当然。リアーネはどうしようかと皆を見る。
小さいから担いで行く事も出来るだろうが、どちらにしろ危険だ。
「もし来るとしても上からでしょ。何処かに隠れた方が安全かも――」
万が一を考えたら、上から見えない位置に隠れる方がまだ良い。
リリーナはそう考えて提案しようとする。
しかし非常事態はまさしく非情であり、判断をしている時間さえ無かった。
敵意の塊の様な雄叫びが、頭上から聞こえた。
出来る限り全力で迎え撃った討伐隊だが、急な襲撃に大勢では上手く動けなかった。
奴を捕らえる鎖を素早く正確に放てなかったのだ。
それでも攻撃はしっかり当てていた。
にも関わらず、グリフォンは目前の敵と傷と痛みの一切を無視して街の上空へ進んだ。
それはあまりに異常な行動であった。
奴は山での戦いを覚えていた。
元より酷く気が立っていた事もあり、自分をここまで追いやった原因である怨敵を見て怒り狂ってしまったのだろう。
「嘘!?」
「なんでいきなりこっちに来るのよ!?」
向かってくるグリフォンに恐怖を感じるが、仮にもハンター。
未熟だろうが護るべき人達の前で戦わない選択肢は無い。
そしてリアーネも、戦えなくとも大人として子供を護るという信念で立ち向かう。
しかし彼女達が動き出すよりも僅かに早く、奴は大きく翼を羽ばたかせ魔法による暴風を巻き起こした。
「きゃあっ!」
「くっ……」
「うわっ!」
単純な風……しかしあまりにも強烈な風。
多少離れていた人達も揃って転がり、少なくない怪我人が出ただろう。
彼女達もギリギリで身体強化を使って耐えたが、体勢を大きく崩してしまった。
「わっ!?」
そして誰よりもずっと小さく、しかも宙に居たルナは不覚にも大きく吹き飛ばされた。
以前の戦いではシアが護ってくれていたが、今は疲れて障壁が使えない。
その一瞬の判断が遅れてしまったのだ。
「ルナ! わっ、わぁー!?」
そしてシアもまた小さく軽い。しかも体に力が入らないのだから当然転がっていく。
繋いでいた手を一旦離していたのが裏目に出てしまった。
姉達は体勢を崩し、ルナは飛ばされ、シアは1人離れている。
敵がそんな絶好の機会を逃してくれる筈も無かった。
離れた3人が体勢を立て直した瞬間にはもう、シアへとその鋭い鉤爪を振り上げていた。
「っ!?」
シアはなんとか障壁を作り防ぐ。
金属でもないのにギラリと鈍く光る、恐ろしく鋭い爪。
小さく華奢な彼女なんて簡単に切り裂いてしまうだろう。
「っく……あっ!?」
障壁は1秒と持たずガラスの様に砕け散る。
元より魔力を使い過ぎて寝込んでしまっていたのだから、無理して咄嗟に使ったところで普段より格段に脆かった。
使い慣れた護りが精一杯で、避ける判断なんて出来なかった。
そもそも素早く動く事も出来ない。
故に障壁を砕いた恐爪は、その勢いのままシアを襲った。
「かはっ!」
あわや無惨に切り裂かれるかと絶望を見たが、しかし運が良かった。
転がった彼女はグリフォンに対して体が横向きだった。
そして更に体が小さいお陰で、爪は当たらず趾でお腹を踏み付けられる形になったのだ。
それでも衝撃は相当な物。気が遠くなりそうなのをなんとか必死に耐える。
小さなシアがあの爪で切り裂かれたなら――想像もしたくない惨状を幻視した皆は酷く焦り、叫びながら魔法を放つ。
しかし真下のシアを巻き込む事を恐れ、殆ど当たらず効果が無い。
「わぁぁあああーっ!?」
脅威にならない攻撃は無視して、シアを掴み飛び上がる。
殺すのではなく連れ去る……自分を追いやった敵という最高のご馳走を、何処かに新しく作った巣で頂こうという事らしい。
掴まれて背中に突き刺さる爪と空へ連れ去られる恐怖で、シアは最早何も考えられなかった。情けなくただ叫ぶしか出来ない。
街の外へ行かれる事だけは防がないと……と皆が振り向けば、討伐隊が走ってくる所だった。
安全の為に門を閉めたのが仇になって遅れたようだ。
「なっ……クソッ!」
「牽引!! 急げっ!!」
シアが掴まれていると見て団長が苦悶の声を洩らす。
フェリクスは慌てつつも大声で捕縛を命じた。
シアに当たる可能性もあるが……そうしなければこのまま逃げられて彼女は終わりだ。
ならばどれだけ危険だろうと、ここで捕らえなければならない。
街に入られ護るべき人達を傷つけられ、目の前で少女が連れ去られる。流石の討伐隊も動揺と焦燥が広がった。
と、ここで火球が2つ――飛び去ろうとするグリフォン目掛けて飛んでいく。
かなりの速度と精度のそれは両翼へ正確に当たり爆炎を上げた。
シアを巻き込まない為に多少抑えている様だが、それでも効果は充分。
流石にこれにはグリフォンもバランスを崩した。
「シアを……返せぇっ!!」
ルナだ。1人大きく吹き飛ばされてしまったが、なんとか間に合った。
叫びながら小さな体を飛ばし、グリフォンと空中戦を繰り広げる。
奴にとってルナもまた怨敵、むしろ山から追い出したのは実質ルナだ。
無視出来ない倒すべき敵として素直に応戦している。
ルナが大きな炎を巻き上げ、グリフォンが風でかき消し……炎に隠した雷が走り胴体へ直撃する。
それでもシアを離さない。
「いい加減離せよぉっ!!」
尚も叫び魔法を叩き込む。
風を補助に回し、火を水を氷を石を雷を……素早く飛び回り正確に狙っていく。
グリフォンも風で迎え撃つが、翼に痛手を受けた状態では随分厳しいようだ。
明らかに機動力と風の威力が弱まっている。
「クソッ、手が出せないっ……」
「精霊とはこんなにも……」
「せめてあの子さえ助けられれば……」
討伐隊は空中で繰り広げられる驚異の魔法戦へ手が出せなかった。
掴まれたシアを巻き込みたくない上に、多数の属性を使い怒り狂うルナに息を合わせる事が出来ないのだ。
魔法は特に仲間との連携が重要だ。
使う属性とタイミングを考えなければ、打ち消しあったり予想外の反応をしたりと邪魔をしてしまう場合がある。
その連携を1人で出来てしまう精霊には考えが及ばない事であった。
そもそもかなりの高さで空中を飛び回っている為、単純に攻撃する事が難しい。
事ここに至って眺める事しか出来ない状況に多くが唇を噛んだ。
せめて掴まれた少女さえどうにか救い出せたなら。
せめてもう少し近づいてくれれば、出来る事はあると言うのに。
セシリアとリリーナ、リアーネの3人も泣きそうな程に苦悶の表情だ。
歯が砕けそうな程に食い縛り、爪が肉を抉る程に拳を握り締める。
護りたい大切な人を助ける事も出来ず、どうしようもなく無力で眺めるだけ。
それが一体どれ程の悔しさか。
「ぼやぼやしてんじゃねぇ! あいつが隙を作ったら叩き込むぞ!!」
「あの子が放り出された時の為に備えろ!!」
団長とフェリクスが怒号を上げる。特に実力のある者達は既に動いていた。
怪我をした大勢の一般人は当然助けて治療と共に避難させている。
氷や石で足場を作り建物の更に上へ距離を詰める。
いつでも放てる様に攻撃の準備を、シアが落ちた時の為に受け止める準備をする。
再度いくつもの火球が翼を狙って飛ぶ。
風で数個かき消されたが対応しきれず、翼と胴体に直撃し悲鳴を上げて動きが止まった。
その隙を付いて全力の雷の槍が飛ぶ。
これが当たれば弱ったグリフォンは落ちるだろう。
それは奴自身も理解したのか、力を振り絞って羽ばたきと共に暴風を下へ吹き付け、急上昇して回避を選んだ。
流石のルナでも細かい制御は出来ない全力での魔法。
せめてシアを巻き込むまいと精一杯だった為、そのまま空へと消えていく。
「くっ、避けられたっ――!?」
チャンスを逃してしまった事に顔を歪ませ悔しがるルナだったが、直後驚きに染まる。
グリフォンが大きくよろめきシアを離したのだ。
奴の頭上には半透明の見慣れた障壁。
回避の為に全力で急上昇した勢いのまま、先程とは違いかなりの強度を誇る障壁に頭を叩きつけてしまった。
シアは恐怖を抑え込み極限の集中に無理を重ねて、ここぞというタイミングに作り出したのだ。
堪らずグリフォンも落下、なんとか立て直した頃には既に下からの射程圏内……もう終わりだ。
そして放り出されたシアは数秒と経たず地面に染みを作る……なんて事は許さない。
必死で戦った親友が、構えていた者達が。
「今だぁあ!!」
団長の号令で一斉に動き出す。
ルナが過去一番の速度で飛びシアに抱き着くと同時、爆炎が上がり轟雷が走り何本もの矢がグリフォンを貫く。
いくら飛べるルナでも落下を止める事は出来ない。
それでも必死に抱えて飛び、同時に風で速度を抑える。
そして巨大な水の塊が、落ちるシアとルナを受け止めた。
片や最期の力を振り絞って逃げようとしたグリフォンは鎖で絡め獲られた。
「逃がすかよ! そのまま大人しく……っ!」
「落ちろォ!!」
ダリルが先程のルナ同様に雷の槍を放ち胴体へ直撃する。
抵抗が止まり完全に力も抜けた奴の上へ、足場を駆け上がってきたフェリクスが跳び上がる。
暴風の塊を纏った大剣により、グリフォンは勢いよく地面に叩きつけられ……
「ォォオオオオッ!!」
そこへ団長が大斧を振り下ろし、地面をも割る一撃でグリフォンの首を断ち切った。
誰が見ても明らかな結末。
少しだけ物憂げな団長の背後で歓声が上がった。
疲労しきった体に出血と無茶を重ねたシアは既に意識が無い。
しかしすぐに治療が始まったので命に別状は無いだろう。
今までに無い程怒り全力で戦ったルナもまた、極度の疲労と安心からシアの隣で意識を落とした。
全くの想定外だった討伐戦はこうして、1人の犠牲者も出す事無く終わった。
一部の者に最大限の無力感と焦燥を残して――――




