第29話 お見送り
「んぅ……」
どうやら先のルナ同様、シアが起きてしまったらしい。小さな声が漏れ聞こえる。
「あ、起きちゃったかな……?」
「……ぅー……んにゃ」
真っ先にセシリアが反応した。
シアはむずがる様に小さな声を出して寝返りを打ち薄目を開ける。
「んーっ……」
そして可愛らしく伸びをしてぷるぷるする。本当に猫の様だ。
そうして体を半分起こすが、寝ぼけてボーっとしている。
「よだれ」
「んむぅ……」
呆けたシアの口元はよだれが垂れていた。セシリアがすぐに気付いてハンカチで拭いてあげる。
「やっぱりシアは寝起きが悪いね。疲れもあるんだろうけど……」
「シアは大体いつもこんな感じだよ。目が覚めてもしばらくはグズグズしてる」
シアがよく寝ぼけている事はリリーナも知っている。
対し直接起こして見ているルナは否定。
疲れがあるのは確かだろうが、それはそれとしていつもこうだった。
「起こした方が良いのかな?」
「どうだろう。放っといたらまた寝そうだけど、別にそれでもいいし」
まだぼんやりとしているし、どうしようかとセシリアがリリーナに聞く。
放って置けばいいのに、何かしてあげたくて仕方ないらしい。
「ん……おはよ」
シアはしょぼしょぼの薄目のまま起きた事を伝えた。
「おや、ちゃんと起きたみたいだよ」
「ちゃんとって言っていいのかな、これ……」
とりあえず挨拶をしている以上は起きていると言っていいだろう。
悩んでいるらしいセシリアをリアーネが後押しした。
ボケっとした姿にルナは呆れながら静かに突っ込んでいる。
「起きたならいいか……ほら、シアちゃん、顔拭くよ」
「むぎゅ……」
それを聞いたセシリアは魔法でお湯を作りタオルを濡らした。
ハンカチはともかく、タオルなんて何処から出したのか謎だ。
流石に顔を濡れタオルで拭かれればシアも目を覚ました。
「……あんたお世話したいだけじゃないの?」
「そんなことないよー」
見ていたリリーナは若干呆れながら言う。どう見てもただ世話をしたがっていただけだ。
セシリアも自覚しているのか、笑いながらわざとらしく否定する。
「むぅ……なんでこんな幼児扱い……」
まるで幼児の様にお世話されている事に不満な様子。なんでもなにも、君がそういう子だからだ。
「普段の言動の所為じゃないかな」
「……気を付けよう」
何言ってるんだか、とルナは当たり前の理由を教えてあげる。気を付けるだけで改めるかは分からない。
「あれ? 2人が居るって事は、もう出発したの?」
怠そうで眠そうなシアが訊ねる。
他の隊が戻り次第出発すると言っていたのは覚えていたらしい。
「もうすぐかな。まだ戻ってない隊が居るらしいからね」
「そっか。でもなんで全員戻さなきゃならないの?」
事情を聞いていたリアーネが教えてくれた。
ついでに、そういえば戻す理由は知らないなと実際戻された当人達に聞いてみる。
「討伐隊以外が遭遇したら大変だからだよ。私は知らなかったけど……強い敵が現れた時はそうするんだってさ」
「でもお陰で今日の仕事は終わり。シアと居られるし気楽なものよ。討伐隊も心配する程の人達じゃないしね」
セシリアは初めてだが、計画された大物討伐は基本的に毎回こうだ。
そしてリリーナはわざと明るく語る。
団長達にそんな気は無くとも、戻されるという事は戦力外通告に等しいからだ。
「終わり? 待機って聞いたけど……」
「だってこの時間じゃ討伐後にまた外に行ってもすぐに日が暮れるわ。そんなの仕事にならないもの」
首を傾げるシアだったが、当然の事の様に返すリリーナの言葉でそういうものかと納得した。
なにせ魔物は真っ黒なのだ。
暗いと戦いづらいという事は、灯りの無い山で生活していたシアには身に染みて理解出来る。
「へぇ~……意外とハンターって緩いんだね」
逆にルナは少し驚いている。
街を護ると言うなら、暗いから帰るなんて思っていなかったのだろう。
勿論街の周辺は夜間でもしっかり警備がされている。単純に交代制なだけだ。
「基本的には厳しいけど、甘い所はとことん甘いわ。精神的に整って余裕がなきゃ危険が増えるだけだし、息抜きになる事には積極的なのよ」
緩い理由はそういう事らしい。確かに、命を懸けているならば休息は重要だろう。
思い返せばシアを保護した時だって、団長達が仕事ついでに息抜きとして遊びに行っていた。
「それに、そうやって息が抜ける様に普段から沢山の人が頑張ってる訳だからね」
リアーネが話を引き継いで纏める。
多くの人達が同じ意識で普段厳しく頑張っているからこそ、そういった余裕が生まれるのだ。
団長はセシリアとリリーナの休日を増やしてやろうとしていたが、それもまた同じ事。
ただし急には決められない辺り、常に全体が余裕という訳でも無いのだが……それはそれで当たり前か。
「なるほど。――よし、見送り行こ」
それはともかく、見送りに行きたいらしい。
元はと言えば彼女達がグリフォンを追いやってしまった。
やはり戦ってくれる人達には思う所があるのだろう。
「あら、行くんだ。良い子だねぇ……」
見送る気が無かったリアーネはそんな彼女に感心する。
シアとルナの内心を知らなければ、気を配る良い子に見えるだろう。
「シアは薄情じゃないのよ。どっかの誰かよりね」
「誰に言っても全員に刺さるんだけど……」
それを聞いたリリーナは姉を揶揄うが……見送りに行かずシアを優先したのは皆同じだ。セシリアが苦笑いしながら突っ込む。
「それもそうね……仕方ない、私達も行きましょうか」
言われて理解したのか、ばつが悪いらしく共に見送りに行く事に決めた。
とは言えシアが行きたいと言えば3人は必ず付いてくるだろう。
と言う訳で、集合場所である街の東門に向かった。
討伐隊は門の外だ。流石に21人の隊と物資を集めるのは邪魔になるのだろう。
周辺には関係無い人達も多く居るし、同じく見送りに来たらしい人も見受けられる。
ちなみにこの人数が同時に戦う訳ではない。
そんなのは邪魔過ぎて戦いどころではなくなってしまう。
調査の時同様3つの隊に散開し、連携が取れるギリギリの距離で囲む予定だ。
「あ、団長だ。おーい!」
ルナの元気な声は良く響く。多少騒がしい中でもすぐに気付いてくれた。
「ん? こんなとこまで来てどうした?」
「見送りか?」
「まぁね」
父にも見送りに来た事を聞かれ、照れくさそうにセシリアが言う。微妙なお年頃というやつだろう。
「なんだ、あんな事言ってたのに結局来てくれたのか」
「別に。シアが見送りたいって言うから来てやっただけ」
見送りなんてしない、と言っていたリアーネをセシルが揶揄う。
あんな言い方をしたからか、こっちもこっちで照れくさそうにしている。
「起きてしまったのか。ここまで歩いて来るのもつらかったんじゃないか?」
一方ダリルは、シアがここまで歩いてきた事を心配する。
「一応今の所は大丈夫。心配掛けてごめんね?」
「大丈夫なら良い。無理だけはしないようにな」
ゆっくり歩いたからマシだが、どちらにせよつらい。
なのに心配してくれているのを理解しつつ強がった。どうにもそういう性格らしい。
「まぁ見送りはありがたいが、もうすぐ出るぞ」
「あ、邪魔しちゃってたかな……ごめんなさい」
どうやらもう出発だそうで、団長が声を掛ける。
それを聞いて引き留めてしまっていたのかとセシリアが謝った。
「邪魔って程じゃない。念の為に早く出る事にしただけだ」
「念の為?」
しかし彼が言うには予定を早めたらしい。
暇そうにしていたのに今更な話だと思ったのか、ルナが理由を訊ねる。
「まだ1つだけ隊が戻ってないんだ。丁度その隊が出発した方向と、グリフォンの現在地は同じ東だ。遭遇してるかもしれないからな」
どうやらとある隊だけが戻らないらしい。
しかし何故かその隊を心配している様子は無い。
「全ての隊に連絡をして返事が届いてたんだが……その中で唯一未だに帰らないんだ」
「返事を返しておきながら戻ってこない? なんだそれは……功を立てようとグリフォン討伐でもしてるんじゃない?」
フェリクスも口を挟むが、どうやらちゃんと連絡が取れているらしい。おかしな話だ。
リアーネはその隊がグリフォンと戦おうとしているのではないかと勘繰る。
討伐して見せたなら賞賛されるだろうからだ。
これだけ遅れて迷惑を掛けている時点で、もうそれは叶わないが。
「そいつらの評判からして、恐らくそうなんだろう。今朝の時点で勝手に隊を作って出て行ったらしいからな」
団長が同意する。やはりそういう者達であったらしい。
ちゃんと返事を返したのは、緊急事態として捜索させない為かもしれない。
しかもメンバーまで勝手に決めて動いたのなら殆ど確定だ。
ハンターは5人で1つの隊として日々の業務を行うが、その編成は毎日組み替えられるのだ。
アルピナ襲撃での学びが広まり、有事の際に誰とでも少しでも連携を取り易くする為である。
「なにそれ。ハンターがそんな勝手していい筈無いじゃない」
ともかくこれにはリリーナも嫌悪感を露わにした。
背負っている物が大きいのだから当たり前だが、勝手な事をするハンターは酷く嫌われる。
当の彼らは気付いていないのだろうか。
「全くだ。分を弁えられん馬鹿をわざわざ助けに行く気は無い……が、待ってもいられない」
フェリクスもかなり憤っている。なんにせよこれ以上時間を無駄には出来ないのだ。
「それならこうして話し続けるのもマズイんじゃない?」
もう出ると言ってからも話し続けてしまっている。
流石に良い事では無いだろうとリアーネは考え、早く行けと促した。
彼らも別に、その隊をキッパリ見捨てている訳ではない。優先度が低いだけだ。
「そうだな――もう号令掛けるから戻ってな」
団長も一応はそう思っていたのか、これで本当に出発するらしい。
見送りに来てくれたシアの頭を撫でて声を掛けた。
「うん、気を付けてね」
大きな手に撫でられるのがくすぐったいのか、ちょっと笑って見送りの言葉を伝えた。
瞬間、大きな騒めきが起こる。
切羽詰まった怒号……どうやら何かよろしくない事態が起きたらしい。




