第26話 実験と考察、空飛ぶ幼女
「さて、何をするか。魔道具についてを引き継ぐべきか?」
「リアーネ程の説明は……それに彼女が仕事中ですし」
面倒を任されたはいいが、どうしようかとダリルが訊ねる。
セシルが言う様に、とりあえず魔道具は置いておいた方が良さそうだ。
シア達には何処に何があるのか、何をして良いのか分からないのでお任せするしかない。
「ふむ、なら君の障壁や魔法について調べたいな」
そんな面々を見てダリルはここぞとばかりに提案をした。
以前から気になって仕方なかった、シアの障壁と魔法について話したいらしい。
「いいんじゃない? シアもよく分かってない事だってあるだろうし、知識がある人に話したら色々分かるかもよ」
「そうだね、それは元々考えてたし……むしろお願いします?」
ルナは別に魔法等について知識が豊富という訳ではない。
ダリルの様な人の方が色々と深く知っているだろうし、何かしらの助けになるかもしれない。
「おお、そうか。じゃあ……もうここでいいか。色々と実践しながら話そうじゃないか」
という事でまずは使い慣れた球体状の障壁を張って見せる。
それをダリルはへばり付く様にして触りながら、ブツブツと独り言を繰り返した。
恐らく彼の頭の中では様々な考えが巡っているのだろうが、おっさんが少女に向かってしているのを考えるとなかなか嫌な光景だ
だいぶ怪しい言動を障壁越しに見たシアは若干怖くなって腰が引けていた。
その後も様々な形で障壁を展開させ、ダリルが調べてルナとセシルは眺めるという時間が続いた。
精霊が誇らしく語る程の強度に関しても気になるが、この場で確認するのは無理だろう。
ひとまずは変形させたり、動かす、固定するという所を調べていく。
壁の様にしたり角度を変えて床にしたり、それを空中に作ったり……シアとルナにはお馴染みだったが、彼らとしてはその汎用性と実力に驚いた。
彼らが特に驚いたのは障壁の固定だ。
氷や地属性の魔法は同じく壁や足場として利用出来る。
しかし攻撃を受ける等、それなりの力を掛けられてもその場へ固定し続ける事は難しい。
地面に接しているなら誰でも出来るが、完全に浮いた状態では全くの別物。
それは実際に氷魔法を扱うセシルにも難しい事だった。
なのにも関わらず、シアは空中に作った盾で攻撃を防ぐなんて事を極自然にやっていたのだ。
ついでに言うなら、動かす事と固定する事は難易度に大きな差がある。
普通は固定する方が難しいのだが、シアはどうやら逆らしいという事も分かった。
ただしかなりの集中が必要で複雑な形も作れないし、同時に1つしか維持出来ない。
何よりも魔力の消費が多過ぎてすぐバテてしまうのだが……それでも扱う本人がまだ幼い事を考えると驚きしかなかった。
「ふぅ……こんなもんかね。障壁だけしか見ていないが、かなり有意義だった」
一通り観察と思考を終え、ダリルはそう言って切り上げようとする。
シアも障壁を作って消してを繰り返し、かなり疲労して限界が近いのでこれ以上は無理だ。
しかし彼女は強がってそれをひた隠しにしている。
「もういいんですか?」
「あとは障壁に乗って飛べるのかどうか気になるが、難しいだろうな」
「あ、そっか……」
言われてみればそんな使い方があったな、とシアは思ってしまったが……どうして思いつかなかったのか。
実際、氷や石の足場に乗って動かせば空中移動は可能だ。
ただし非情に複雑且つ繊細な制御が必要な高等技術であり、失敗したら落下という危険まである。
高い所に行く程度なら、素直に地面から足場を伸ばすので実践する人は少ない。
何よりそんな制御をしながらの戦闘なんて無理がある。そこまで出来るのは世界で見ても極少数だろう。
「やってみる!」
しかしそんな詳しい知識を知らないシアは意気込んだ。
「なに? まぁ試すのは良いが……」
「そんなの出来る人の方が少ないけど……」
彼らも流石にそれは無理があると思った。
しかし予想の上を行く制御を見せているので、試す程度なら見てみたいと止める事をしなかった。
「はぁ……んっ!」
しかしシアは既に限界だ。息も荒く脂汗まで流し始めたが、それでも障壁を作り出し身を包んだ。
自分では思いつけなかった使い方を示されて、無理してでも先へ踏み出そうと意地になっているのだ。
適性が無いという大きなコンプレックスを抱え、自分に唯一出来る事の新たな可能性を見つけたなら止まれない。
「シア、あんまり無理は……一気に魔力を使い過ぎだよ」
ルナが彼女の状態に気付いて心配そうに声を掛ける。
山での鍛錬だってゆっくり時間を掛けての物で、こんな短時間での無茶はしなかった。
「しまった、俺とした事がっ……夢中になってて気付けなかった。申し訳ない……」
「あぁっ……僕も、ごめんね。つらいだろう……」
「大丈夫っ! もうちょっと頑張ってみるから……」
ルナの言葉で2人もようやく気付き慌てる。
しかしシアはそんな声を無視して、危険なラインを踏み越えてしまった。
「いや、そんな無理はダメだ! 次の機会にしてもっ……」
ダリルは焦って止めようとするが、彼女は障壁で覆われているので外から止める手段は無い。
「はぁ……ふぅ……ん~っ!」
荒く息を吐き、倒れそうになる体を奮い立たせて必死に障壁を浮かせた。
既に脂汗どころか顔色も悪く、頭が割れそうな激痛で意識も危うい。
「う、浮いた……」
「凄い……いや、ダメだ! もう止めだ!」
驚愕して一瞬呆けてしまったがすぐに叫んで止める。
こんな幼い子供が出来ていい事ではない。一体どれ程の負担なのか……魔法に関しては無理をするのは本当に危険なのだ。
しかし障壁に包まれている以上、どれだけ外で騒いでも意味が無い。
そして浮いて数秒後。障壁がスッと消え、咄嗟に彼らはシアを受け止めて地面に優しく寝かせた。
「はぁっ、はぁっ……はっ……はっ……」
滝汗を流し息も絶え絶え、顔色は悪く多少の鼻血まで流れている。
体にも全く力が入っておらず、酷い状態だ。
「シア!」
見た事が無い程疲労したシアを見て、ルナはかなり焦っている。
どうしたらいいのかと一瞬悩んで治癒魔法を使うが、怪我ではないので自力で回復するしかない。
それでも痛みや疲労は軽減できる。温かい光に包まれて、シアは少しだけ穏やかな表情へ変わった。
「なんて無茶を……」
「シアちゃん、大丈夫かい?」
酷く心配する彼らを安心させようと、シアは薄く眼を開けて頷いて返す。
「とりあえず意識があるなら大丈夫だ。かなりキツイだろうが、命に係わる程じゃない……」
シアがちゃんと声を聞いて頷きを返したのを見て、ダリルは鼻血を拭きとってあげながら説明も兼ねて言う。
極度の魔力消費は意識があるかどうかが分かれ目、と言われているからだ。
ルナは安心と不安がごちゃ混ぜな表情でシアの頬を小さな手で挟む。
「もうっ……馬鹿な事しないでよ……」
「ごめん、つい頑張っちゃった……」
珍しく泣きそうに見えたルナへ、シアは声を絞り出して謝った。
殆ど意味が無くても、ルナはより一層治癒魔法を強くする。それを見てダリルとセシルも最低限ではあるが共に癒した。
「本当にごめんなさい……でもお陰で分かったよ。自分も一緒に浮くのは……無理みたい」
酷い状態でも意識はしっかりしているし、安静にして休めば問題は無い。
とりあえず気を紛らわすのも含めて会話を始めた。
「無理? でも浮いてたよ?」
「ほんとに限界だったの。あれ以上はなんか……絶対無理、もうダメだって思って……」
会話が出来るならとルナはなんとか落ち着いて応える。
どうやらシアには何か悟るモノがあったようだ。
「ふむ……今までに無い状態にあって魔力やら集中やら……それ以上は脳が処理出来なくなったんだろう。疲労もそうだが、頭痛も酷いんじゃないか?」
シアを抱きかかえたままのダリルは聞いていた話から推察を語る。
魔力が限界だったのは間違い無いが、それだけではなく制御そのものが限界だった。
それ以上は無理だと体が拒絶をしてしまったのだ。
「うん、ものすごく……」
言われた通り、頭痛は酷いなんてものじゃない。
今は治癒魔法でだいぶ抑えられているが、それでもかなりつらい。
「どんな魔法だって頭で処理をするもんだ。限界ならそれ以上はどうしようもない。長い時間を掛けた鍛錬で慣れるくらいだ」
結局、何をするにしても考えて制御するのは頭だ。
魔法で空を飛ぶ者達は元々の才能に加え、何年……もしくは何十年という鍛錬を積んでその領域へ辿り着いたのだ。
残念ながら障壁で飛ぶなんて現状は不可能。
しかし既にそこに近い所まで来ているのは賞賛される事でもある。
「滅多に無いけど、自分の力量を超えて複雑な魔法を無理矢理使おうとすると今みたいになるらしいね」
セシルも聞いた事はあった。
ハンターからすれば当たり前の認識だからこそ、経験した者は少ないらしい。
無理せず安定して使える物しか実用には至らない。
それは魔法に限らず、あらゆる物に言える事。
技術的に可能な事と、実戦の中で可能な事は違うのだ。
とりあえずさっさと何処かゆっくりと寝ていられる場所に行くべきだろう。
面倒を任されたシアがこんな事になってしまって、リアーネになんて説明しようか……
ダリルとセシルは嫌な汗をかきつつ、人が来なくて静かでゆっくり出来る場所――団長室へ向かった。




