第20話 新しい日常、変化の兆し 1
この世界にはいくつもの大陸が存在するけれど、その内4つの大陸、6つの国にしか人類は生活していません。
最も大きな大陸には、『ラスタリア』『フィーニス』『コルネリア』という国が。
残る3大陸は其々に『ゴドウィン』『ギルバース』『レムナンド』という国が統一しています。
街を点在させ出来る限りの生存圏を確保する為、どの国も広大です。
しかしその生存圏は旧時代に比べればずっと狭い。
旧時代――約千年程前、増え過ぎた人と発展した技術の代償に魔物が溢れ、人類は壊滅しました。
便利さに溺れ発展させ過ぎてはいけない。
歴史に学んだ世界共通の掟の下で、足並みを揃えてどうにか戻してきたのが今の時代なのです。
そしてここは、ラスタリアの南に位置する街――ランブレット。
この街において最も大きなハンターギルド『赤竜の牙』の団長室に、この場所には似つかわしくない少女が2人。
数日前からエルフ3姉妹と共に暮らし始めたエリンシアとルナですが、今日は家に誰も居ません。
リリーナは仕事で外へ、リーリアは学校へ。
ならリアーネが面倒を見るのですが、彼女も全ての仕事を家の中だけでは終えられません。
なので2人で遊びに出た結果、何故かギルドへ向かい団長に連れ去られました。
目の届く所に居た方が良いのは確かです。
この2人……まだ誰も気付いていないけれど、何をしでかすか分からない質なのですから。
幸いにも地図に興味を示し、大人しくお勉強を始めてくれました。
ついでに部屋にあった本も使って、国や地域への知識を得るつもりの様です。
エリンシアは元々大人なので、一応頭は悪くありません。
しかし地理や歴史に関しては、まだ極僅かにしか学んでいないのです。
そのお陰で結果的に最高の居場所を得たのだけれど。
デカい体で書類仕事をする団長の横で、ちょこんと座り勉強している小さな姿はなかなか可愛らしいかも。
随分と団長に懐いていますが、ムキムキなおっさんに懐く小さな少女というのは……部屋に連れ込んだ団長は周りからどう思われたのでしょうか。
残念ながらそんな事は、この場の誰一人考えもしていないのでした。
*
「ん~っ」
シアが椅子の上でプルプルと伸びをする。一通り軽く学んで、お勉強はもう終わり……というか飽きたのだろう。
「早いな、もう理解出来たのか?」
「うん、まぁこれくらいはね」
だいぶ砕けた様子だが、これは団長がそうさせた。
シアからすれば目上の人、団長という立場、自分を保護してくれた恩人、と当たり前に敬語で話していた。
しかし団長からすれば、遠慮せず甘えろと言ったのに気を遣っている様に感じたのだろう。
「これで自分がどう動いて来たのか、地図見て分かっただろう?」
「ん。というか方角なんて気にした事無かったかも……」
あの日、街を出る前からずっと意識が無かった彼女には、目を覚ました場所が何処なのかさっぱり分からなかった。
なのにそのまま山で生活を始めたのだから迷うのも無理はない……とも言い切れない。
方角さえ気にしないでいたのは流石にいい加減が過ぎる。
「そんなんで無事に保護されたってんだから、相当運が良いぞ」
「えへへ……でもお陰で皆に会えたもんね」
ルナと共に居場所を見つけた事は心の底から喜んでいる。
こんな事を嬉しそうに言うシアは、周りからすればそれはもう可愛いものだろう。
「そうか。最初は遠慮しがちだったが……この数日で随分打ち解けてくれて良かったよ」
団長もやはり嬉しそうに笑う。
予想以上に彼女は周りに心を開いてくれている。そうして笑顔を見せてくれるのは嬉しい以外に言葉は無い。
「しかし家に誰も居ないからって、なんでわざわざここに遊びに来たんだ?」
団長はシアの頭をわしゃわしゃと撫でた後に改めて訊ねた。
「シアは寂しいんだってさ。ここなら知り合いが居るかもしれないから」
すると寛いでいたルナが悪戯っ子な顔で理由を告げる。
この数日で街を案内してもらったが、まだ不慣れだったのでルナがギルドへ行こうと誘導したのだ。
「なんだ、寂しかったのか。まぁ今日は誰も居ないってのは事前に聞いてたが」
ルナと居れば半日程度は問題無いと考えていたが、ダメだったらしい。
それは本人も体感するまで思ってもいなかった。
幸せに満ちていた数日を経て、自分達しか居ない家がまるで空っぽの様に感じてしまったのだ。
「今日から仕事するって言ってたし……リーリアが帰る頃まで居たい」
セシリアとリリーナは昨日まで特別に休み続けていたが、流石に急に何日も休むのはよろしくない。
なので今日から普段通りに仕事へ行く事になった。
しかし全てを魔物に奪われたシアにとって、魔物と戦う家族というのは不安でしかない。
唐突な寂しさと不安に襲われたシアの心を察したルナは流石だった。
「息子も学校行ってるから遊び相手になれんし……まぁ他の奴らの邪魔にならなきゃ構わないさ」
面識は無いが、団長の息子もまた学校へ行っている。
シアとしては未だ直感的に『同性』と思える男友達は気が楽なのだが……果たしてどうなる事やら。
それはともかく、寂しがっているなら拒絶してやりたくも無い。
せめて他の人の邪魔にならない様に見てやるのが大人の責任だろう。
「ん。大人しくしてる」
「わりぃな。セシリアとリリーナには少し休みを増やしてやるつもりだが、急には無理だからな……」
シアが最も懐いている2人には出来るだけ傍に居させてやろうと、団長は手を回している。
重要な仕事だからこそ人手は多く、かなり融通の利く職場なのだ。
とは言え長期的にとなれば流石に急には決められない。
有難い事に、そんな気を遣ってくれる団長にシアは礼を言う。
と、ノックの音が響く。
どうやら団長へ何か要件のある人が来たようだ。
察したシアとルナは邪魔にならない様に、部屋の奥にあるソファへ移動した。
「おう、いいぞ」
それを横目に団長はノックの主に入室を促す。
入ってきたのはシア達がギルドを訪ねた時に対応した女性だった。
「失礼します、団長。幼女を連れ込んで何をしているんですか?」
こんな場所に似つかわしくない幼女が訪ねてきた上に、説明も無しに団長が連れて行った事が気になって様子を見に来たらしい。
理由作りにとりあえずで持ってきたどうでもいい書類を置き、辛辣な言葉を吐いた。
「本当に失礼だな、おい」
団長は今更ながら自分の行動を振り返って理解した。
シアの事は公言せず、極一部の者にしか伝えていないのだ。
何も言わずに担いで行ったのは良くなかった。
「冗談です。先日保護したという少女ですよね、さっき知りました。どうしてここへ?」
団長が幼女を連れ去りザワついた場は、その極一部の者がひとまず収めてくれた。
と言っても、結局分かったのは何か事情があって保護された孤児だという事だけだ。
「知ってるなら変な事言うな。今日は家に誰も居ねぇから、寂しかったんだとよ」
「あらら……可愛らしいじゃないですか。というか事情くらい説明しても良かったのでは?」
予想以上に微笑ましい理由だったからか、彼女は笑みを溢した。
シアは恥ずかしいのか隅っこで顔を赤くしている。
「仕方ねぇだろ。わざわざ言いふらす事でもねぇしよ……」
「――改めて、こんにちは。私はスミア、ギルドの裏方ね。お嬢ちゃんのお名前は?」
何か良くない事情が無ければ保護なんてしない以上、つらい話なのだと彼女も多少は察していたらしい。
追及するべきではないと判断してシアへ近づき挨拶をする。
団長への辛辣な言葉や、返事もせずにシアに向かう辺り良い性格をしているらしい。
「こ、こんにちは。エリンシアです」
団長に軽口を叩ける立場の人だったのか、とシアは若干怯みつつ挨拶を返す。
決してそんな立場では無いのだが、そこは彼女の性格であり何故か許されている。
そんなんでも割と評価される様な人物という事だ。
「あたしはルナだ」
シアの頭に乗りながら名乗る。最近のお気に入りの場所らしい。
そんな仲の良い姿を見てスミアは驚いた。精霊自体珍しいのだから仕方ない。
一言二言ルナとも挨拶を交わし、スミアはシアに向き直る。
「エリンシアちゃんはリリーナ達を待ってるの?」
「ん。それでも良いけど……でも先にリーリアが学校から帰ってくるから、それまでかな」
とりあえず時間が潰せれば良いのだ。
というか寂しくて来たんだ、なんてあの2人を迎えたらどうなる事か。
しばらくシアを離さなくなるだろう。
「リーリア……リリーナの妹だったかな。エリンシアちゃんは学校には行かないの?」
見るからにシアは幼く、まだ学校に通う歳には見えないにも関わらずスミアは訊ねた。
そんな歳の、保護されたばかりの子供を残すだろうか。
更には会話や雰囲気で、もしかしたら見た目以上――学校に通える歳頃かもしれないと冷静に考えたらしい。
子供相手でも見た目だけで判断しないのが彼女だ。
「私、勉強は出来るから。それより色んな事がしてみたい」
「そうなんだ、凄いじゃない! 沢山の事を経験するのって大事だもんね」
「学校じゃなくても知らない事は学べるし。今も少し勉強してたんだよ」
「うんうん、偉い偉い。――そうだ! お茶とお菓子があるから持ってきてあげる」
シアは更に理由を並べて地図と本を指差す。まるで頑張っている事をアピールする子供だ。
それを見たスミアは、やはりこの子は見た目以上に内面は育っていると確信した。
地図はともかく、その本は明らかに幼い子供向けではないのだ。
ともなれば子供好きらしい彼女なら、頑張っている少女にはお茶とお菓子をあげたくもなるだろう。
「いいの?」
そして食いつく。中身がどうとか言っているが、そういう所は子供らしい。
「勿論、ちょっと待っててね!」
「あ? おい、仕事関係無くないか? ――行っちまったし」
シアがそんな反応をするものだから、好感触だと思って意気揚々と部屋を出ていく。
そんなスミアへ団長は思わず口を挟むが無意味であった。




