表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮にあなたを好きだとして。  作者: 春 藤里
1/1

からももの心


 秘密を守る騎士だなんていい気分せえへんな。

 

 結局は究極の嘘つきにしかなられへん、「かわいそう」なやつやん。




 華やかで明るい世界の陰ほど深く暗いなんて誰が言うたんかな。

 ほんま、そのとおりやな。

 光さえ吸い込んで墨のように塗りつぶす永遠の陰。「---やなぁ。」

 



 ■■■いち■■■


 極楽浄土、桃源郷、人間には想像こそすれ踏み入れることすら不可能な夢の世界。

 そう呼ばれる王宮があった。


 誰が、そう呼び始めたか。

 真面目な顔をしてせわしなく動くものは下女たちか。

 上級女官と妃嬪たちの柔らかで品のある笑い声の中に小さなとげを感じる。下女たちが、高貴な娘の

 おもちゃにならぬよう努めて目立たないような服装で走り回っている。

 

 中庭の角で鞠をつく女童がこんな唄を口ずさむ


 神の子の住まう宮は高貴な紫宮

  武の心を忘れぬ高貴な血、藍宮

   華やかで香しき血の継承、紅宮

    芸術と詫びさび気品漂う、陽宮

     永遠の潔白と忠誠捧げる、銀宮

      総てを統べる神の子の陰、墨宮

 あなたはどこの子、私はー


 天まで届くほど高く、切り立った断崖にそれぞれの色を示して並ぶ6つの宮殿。

 ここに住まう人々は、下界のことなど知りはしまい。

 下界を統べる存在でありながら、下界と天界は文字通り別世界だ。

 

 



 ■■■に■■■


 母は私を見て、まるで興味もなさそうに口を開いた。

 「おや、来たんかえ。別に来んでも良かったんに。」

 病の床に臥せていると聞いて、来てみれば、女は紅をひいた薄い唇の端がくいと上がった。

 「妃殿下におかれましては、お身体が何やら優れぬ様子と耳にしまして。お元気ですね。」

 恭しく頭を下げて、言葉を投げ捨てた。

 母は、私の態度が気に入ったのか、ふふふと笑って、顔にかかった髪を耳にかけた。

 「あいもかわらず、可愛らしないなぁ。うちの子。」


 様々な色合いの青、藍、蒼、碧が犇めく回廊を歩きながら、先の母の姿を思い出し、

 ため息をつく。

 「変わらず、イヤな(ひと)やなぁ。そっくり。」

 独りごちた言葉が私を包む。


 「不機嫌中どすか。」

 透き通った声が、背中を叩いた。

 また変なん出たわ、と歩く速度を上げると、

 「そないに逃げんでええやないですか。」と更に声は追ってくる。

 

 「将軍様いうんは、もっと忙しいんやと思てました。」

 呟いて振り向くと、優雅に扇で口元を隠して佇む長い影が廊下の奥から浮かび出た。

 「あんさんのこと、探しとってん。」

 目を細めて静かに寄ってきた影は、おもむろに手を懐に入れて、何かを差し出した。

 「なんですか、これ。って目が言うとるで。」

 あ、と細めた目をやや開いて更に付け加えた。

 「ついでに、そんなもん私いらん。とも言うてはります。」

 ふふ、と笑って、まあまあそう言わんと、と言いながらグイっと私にそれを握らせた。

 「藤の花…。」

 目を細めたまま、明らかに私の反応を見ている高貴な紫にため息しか出ない。

 「こんな高貴な色、誰が飾れるんですか。」

 紫の宮に住む神の子こと王家の一族しか身に着けられない紫色。

 そんな色をした髪飾りなんて着けようもんなら、その日のうちに宮中中の噂になる。

 好機と嫉妬、ありもしない噂が可憐な声で飛び交うのだ。

 「そんなん、ごめんやねんけど。」

 ぽつりと落ちた心に花の香がふわりと漂った。

 「いやな顔見たいわけやないんやけど。せっかく帰ってきたのに。」

 そういえば、この男を2か月は見ていなかった気がする。

 ついでに、可憐な声で「桔梗の宮が東に遠征に行った。」とも聞いたかもしれない。

 その経路や道中の策について、検討した記憶もある。


 「おかえりなさいませ。ご無事でしたか。」

 無事な姿を見ると、良かったと思わないこともないが、

 私がたてた計画に従うような男ではないから、また、道中好き勝手やってきたのだろう。

 後から、供をした者の報告書を見て胃痛がすること間違いなしや。

 「ええ、無事ですよ。あなたの方こそ、いかがお過ごしだったか。今夜聞かせてくださいな。」


 何言うとんや、このひと。

 「あらぬ噂がたつでしょう。」

 自分が紫を纏う人間だという自覚を持ってほしい。

 そして、苦しい死に方をしたくないから、こういう可憐な声に命狙われそうなことは

 お断りしたい。

 「ほんなら、私が渡ってくるー…。」


 「(からもも)様、参謀がお呼びです。」

 男の声を遮るように、冷たい声が響いた、

 柱の陰に小さな黒い影が、スッと佇んでいる。

 「すぐに行く。」

 

 男に背を向けると、

 「しゃあないなぁ。」と零れた言葉を確かに聞いた。


 影を連れて、その場を足早に離れて、藍を通り抜ける。

 光の差し込む大きな門を抜けると、風が髪をなでて、額あての端もたなびく。


 切り立った崖に建つ宮殿通しをつなぐ大回廊。

 雲の隙間から下に見下ろす山裾に広がる下界は、まるでおもちゃのよう。

 どこかの世界線の「人が○○のようだ。」とはこういうのを指しているんだろうな。

 多くの人が住んでいるはずなのに、全く人影なんて見えないほど小さく見えるのたから。


 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ