巫女の勇者 マリアベル・グラフォート
「これが……戦場……!」
シュルムによって戦場に転移したマリアベルが見たのは、血と土煙が漂う地獄だった。
思わず目を背けたくなる光景に、吐き気を催す。
だが、持ち前の我慢強さで持ちこたえた。
(やはり私は勇者になど……いえ、今はそれどころではありません。一刻も早く負傷した方を治さなければ!)
周囲には負傷兵と思わしき人が大地に横たわっている。
(しかし、どうすれば……!)
マリアベルにこのような事態でどう動くかの経験は無かった。神聖堂に実質的に軟禁され、外部との関りを絶たれた純粋培養のお嬢様が、戦場で出来ることなど、たかが知れている。
『マリアベル、困りごとかい?』
脳内に響き渡る声。
「天使様!」
マリアベルが《巫女》の勇者として呼ばれる理由。それは神とその使いである天使と交流できることだ。
「実は……」
『いや、説明は不要だよ。状況は分かってるから』
じゃあ早く助けてやれ。
『兎にも角にも、まずは負傷兵を城内に避難させること。治療はその後だ』
「はい!」
実は、シュルムが指示用に出した使い魔を、この天使はマリアベルに良いところを見せたいがため
に妨害し、シュルムに何の違和感を持たせないよう細工している。神の寵愛を受けているマリアベルだが、天使からも愛は重い。
そんなことを知らないマリアベルは、疑うこともなく負傷兵に駆け寄る。
「ぐぬぬ……!」
マリアベルは負傷兵を持ち上げようとするが、女性が男性を、しかも甲冑を着込んだ兵士を持ち上げられる道理はなかった。
『待って、僕らの力を貸すから』
その声によって、マリアベルは負傷兵を軽々と持ち上げた。
「これなら……!」
マリアベルの能力《天使憑依》は、天使の力を使う能力。
それによって《力の天使》の力を得たマリアベルは、次々と動けない負傷兵を担ぎ、城内へと運んでいく。
慣れない肉体労働だが、そこは天使の力を使えるので特に問題はなかった。
「これで、全員……!」
確認できる負傷兵は全て城内に運んだ。残念ながら運んでいる途中で息絶えた負傷兵もいたが、天使がマリアベルに気づかれないように誤魔化し、傷つけないようにした。
『では次は僕だね。存分に使って』
《力の天使》ではない天使。
天使は群体であり、個性は統一されている。だが、持ち寄る能力が違う。これは、神が地上に干渉すると多大な影響を及ぼすのを防ぐため。故に神は能力を振り分けた天使を介入させることで、影響をできるだけ小さくし世界を守っている。
そのため、マリアベルの《天使憑依》は、複数の天使を憑依させることはできない。こうして、切り替える必要が出てくる。
今度の天使は《癒しの天使》
「待っててください……!」
簡易ベッドに横たわる負傷兵に手を置き、天使の力を使い、傷を治していく。
マリアベルは、戦闘には不向き。殺生を嫌うためだ。
しかし、彼女の振るう力は神の如きもの。戦闘に使うべきものではない。それはマリアベルもよく
分かっている。だからこそ、この力を与えられているのかもしれない。
これが《巫女》の勇者マリアベル・グラフォートの戦い方なのだ。