魔杖の勇者 シャルム・ノルマール
思いついたんで書きました。
ある宿場町。
そこに四人の勇者が滞在していた。
彼らこそ、世界を破滅へ導く魔王を斃す、人類の希望を背負った勇者。
なのだが……。
「「「「…………」」」」
作戦会議は鎮まりかえっていた。
それもそのはず。彼らは初対面で、先程国王からの招聘であったばかり。
しかも、その誰もが問題を抱えていた。
(誰か、この空気を何とかしてくれ……!)
《要塞》の勇者、アラン・フォーネルト。彼は農村出身の十六歳。人間族。
戦闘経験は害獣駆除(囮)で、碌に戦闘経験が無く自己肯定感が低すぎる。
(どどどどどうしよう!? 何話せばいいの!?)
そして無表情を貫く《狙撃》の勇者クラリス・シュトロム。エルフ族。
しかし彼女の内情は激しく揺れ動いていた。
彼女は齢十四歳にして凄腕の狩人で、年中森の中で過ごしていたため、非常に人見知り。
故に何を話せばいいのか分からない。
(神よ……どうか私に力を……!)
心の中で祈る《巫女》の勇者マリアベル・グラフォート。精霊族。
彼女はその美貌と慈愛に溢れた性格で神の寵愛を受けている。いや、神を惚れ落としたと言った方が正しいか。彼女はそんなつもりは全くなかった。勝手に神が見初めただけの被害者である。
そのせいで人との接触を絶たれ、会話の仕方が分からない二十一歳。
(ここは年長者として……しかし年頃の子の話題なんて知らんぞ!?)
そして最後の一人、《魔杖》の勇者シャルム・ノルマール。人間族。
学令院出身の天才魔術師にして、研究一筋の魔術バカ。御年三十一歳。
彼はジェネレーションギャップに怯え、何を話せばいいのか分からなくなっていた。頭が良すぎるのも考えものである。
「「「「…………」」」」
こうして、誰一人として喋らない作戦会議の完成である。
((((勇者辞めたい……))))
図らずも、同じことを思う四人。
((((待てよ、このパーティーから抜ければ勇者辞められるんじゃないか?))))
以心伝心とは正にこのことか。だが忘れてはいないだろうか。四人が勇者になった訳を。
((((でも、正当な理由なく辞めたら問題になるんじゃないか?))))
そう。彼らは世界の希望を託された勇者なのだ。この時点で、私的な理由など認められる訳もない。
もし、このパーティーを抜け、勇者を辞められる方法があるなら、それは一つしかない。
((((パーティーから追い出されば、問題なく辞められる!))))
同じ勇者が勇者に対しパーティーを抜けろと言うのであれば、それは勇者を辞めるのと同義。
しかしながら、それには欠点がある。
((((そんな事態があり得るのか?))))
その通り。仮にも彼らは勇者。勇者とは能力だけでなるものでは無く、何より精神性に適正がないと名乗れない称号だ。だからこそ、彼らは人類の希望を背負い戦えるのだ。
そして、そんな勇者が、パーティーを抜ける程の不祥事を起こせるのか?
否。絶対無理。自分を優先できるのなら、国王に招聘された時点で既にやっている。
しかし、答えを見つけた勇者程、扱いにくいものはない。
((((絶対に、このパーティーから追放されてやる!))))
無言の作戦会議なのに、何故か活動の方向性が一致する。実は相当相性が良いのではないだろうか。実はかなり見る目があるんじゃないかウロボロス連合国。
「……敵襲」
突如クラリスが弓を持って窓から飛び出していく。
別にこの空気に耐えきれず逃げたわけではない。
「……魔族の襲撃のようですね」
クラリスの動きにいち早く反応したのはシャルムだった。クラリスが飛び出した後、即座に感知魔術を使用し、周辺を調べたところ人を襲う魔族を見つけた。
「アランさんは現場に急行してください。恐らくクラリスさんだけでは被害が最小限に抑えられません」
「でも俺足遅いぞ!?」
「大丈夫、私が転移魔術で前線に送ります。《そーれ》」
シャルムは杖を振った。
「うわぁぁぁ……」
アランは叫びながら瞬間移動した。
「シャルムさん、貴方天才なんですね」
「いやいや、そんなことありませんよ」
と、謙遜しているのだが。
(しまった! 何有能ぶりを発揮してるんだ僕は!)
感知魔術を無詠唱、転移魔術を独自詠唱している時点で、もうそれは天才の領域なのだ。一流の魔術師でも、どちらとも詠唱は必要だし、転移魔術に至っては複数人で行うのが当たり前。
これでは、追放されない。
「それよりも、今は事態の解決が先です。マリアベルさんも転移させますので、負傷者の回復をお願いします」
内心後悔しつつも、被害が出るのを見て見ぬふりはできない。これが勇者の素質である。
「分かりました」
マリアベルを転移させ、一人残るシャルム。
「さて、まだできることはあるはずです」
使役魔術を使い、魔力で作った鳥を飛ばし、上から戦況を把握する。
「僕が戦場に立っても邪魔者ですし、ね」
魔術師は基本的に後方からの戦闘参加が多い。何故なら、魔術師は学者なので近接戦闘は向いていないのだ。
フィールドワークを主とする魔術師ならその戦法を取る選択肢もあるが、研究室に引きこもって魔術の研鑽をする《理論派》のシャルムに、その選択は最初から無かった。
これが《魔杖》の勇者シャルム・ノルマールの戦い方なのだ。