第2話 ルーレット・カガクのサバイバル開始
僕は森の中で目覚めた。目論見通りだ。
土の匂いと草の匂い、そして春のような暖かいそよ風。
周りには、膝丈の草が生えており、視界の向こうはブッシュが見える。
身体を見ると、黒いベストと茶色のシャツ、下は緑色の厚手のズボン。靴は半長靴。
顔を手で探ると、フカフカの毛ざわり。
頭には、大きな長い耳が立っている。そしてお尻には丸くて赤い尻尾が付いていた。
そのまんまだね。
移送に問題は無かったようだ。身体もいつも通り動く。
(この移送装置は、星間行商人には絶対必要なもので、いちいち降下艇を出さなくても、ポイントへ瞬時?に移送してくれる。しかし、その反対に母船に帰る方法は無い。だから、ひたすら母船からの迎えを待つことになる)
持ち物を確認しよう。これからのサバイバルを乗り切るために、最小限のものを詰めてきたはずだ。
調査では魔物がいる世界だから、即戦いが発生するかも?
腰に20センチメートルほどのナイフがある。それと少々綺麗とは言えないリュックが横に有った。
所持品は、あれ・・・これだけ?。
リュックの中を覗くと、固いパンのようなものや干し肉などが入っていた。
水、水?。腰には透明な筒がぶら下がっており液体が入っていた。
それと、『ひいらぎの魔導書』。
とりあえず、固いパンのようなものと干し肉で、お腹を満たすことができた。
お腹を満たせば、冷静になれる。
食べられるものが他に無いか周囲を見渡すと、10メートルほど先の木に赤い実が見えた。そこまで歩いて近づき、拳ほどの大きな実を一つ手に取って、一口齧ってみた。甘酸っぱくて、りんごのようだ。
(おっ!甘い!。食後のフルーツだ)
空を見上げれば、あの曰くありの太陽が三つ見えた。白い太陽が真上にある。
そして、今は正午だろうか?。
近くの大きな木に登って周囲を見渡した。町も村も何も見えない。人の住処がない。一面緑の森と草原だ。これは、困った。町も村も見えない。人が住んでいる気配もない。南を向くと遠くに海が見える。
まあ、サバイバルなので、人家が近くにないところを選んだのだから、そんなものか。
どこか、今晩寝るところ見つけなくては。
危険の接近を、早く察知できるように、周囲が見渡せて、周囲からの攻撃や干渉を防御できる場所が無いか?
と、西の方に目をやると、小高い丘と、その上に一本の大きな木を見つけた。距離は2時間もあれば辿りつけるかな?。いやいや、今日はこの辺で寝床になりそうなところを探そう。
その前に、攻撃が可能か考えてみよう。ナイフはあるけれども攻撃で使ったことがない。
それより、この兎種の能力って、”脱兎のごとく逃げる”が有効か?。やってみよう。50メートル先の木まで行って、戻って来た。おっ!、早い。これは使える。
それと、足ダン攻撃は?。片足で前方のブッシュに足ダンを飛ばす。衝撃波がブッシュを吹き飛ばした。
よし、ならば両足で、力を込めて50メートル先の木を狙う。
ダーン!
見事、根元から折れて吹き飛んだよ。これは強力だ。
次、片手を前にして、炎をイメージする。
「ファイアーボール!」
ブワーン・・・と拳大の火の玉が前方に放出された。
3秒ほどで消えた。これは、しょぼい。
でも、やったね。魔法が使えたよ。
そして、けだるさがしばらく続いて、一時間ほど経ってやっと動けるようになった。
(後に分かったことだが、魔力切れの状態だったようだ)
先ほど、北側には小高い山が点々と連なっていたよね。すぐそこの小山に行ってみよう。
ほぉー。幅100メートルほど、高さ50メートルほどの小山はビルの残骸のようだ。ほとんど木に覆われており、ところどころ窓らしきものが見える。やはり人工物だよ。
とりあえず寝床になりそうなところを探すことにした。
廃ビルの一階部分に、開口部があったので入ってみた。がらーんとした20メートル四方の広間があった。床というか地面には、小さな虫や動物の糞らしきものが見え、草やツタが中の方に延びている。
奥の様子が見えないので、先ほどの入り口に戻って、右側のにあった窪みを探ってみた。
奥行きが5メートル、高さが3メートルほどの穴があった。昔は部屋だったのだろうか?。
穴の外は、半径30メートルほどは石畳に見える。その向こうは草地と森が続いている。獣がふいに出てきて、襲われる前に、逃げられる空間がある。そして、入り口で、火を焚けば獣除けになりそうだ。
太陽も西の空に近づいてきたので、野営の準備を始めた。
幸い、リュックには寝袋、それと調理用の器具が少しあった。
サバイバルに必要なものとしては、最小だな?。
ワクワクドキドキ、サバイバルの開始だよ。
今回は、50年後に救援するように設定した。それまでは、この未開地で一から始めることになる。
書類もなければ、相談も決済もない。客も来ない。政治家も、団体も来ない。
ただ、妻や子供たちに会えないのはちょっと寂しいかな。彼らには断りを入れてある。
電気もない、通信ネットワークもない、ニュースもない。水洗トイレもない。風呂もない。
衣食住は、これから調達しなくてはならない。
しかし、魔法があるよ。なんでもできるよ。
ヤッホーだよ。
(でも、気を付けないと魔力切れで動けなくなるのは危険だ)
焚火を前に、食べ物を即席の岩のテーブルに並べて、モグモグと口に入れてゆく。
周りは真っ暗で何も見えない。虫の音以外は、何も聞こえない。静かだ。
今日は、色々なことがあって疲れた。現状を知ることと自分のこと。
疲れた。もう寝よう。
穴の入り口には、枯れ枝を積み上げることで、容易く侵入できないようにした。もちろん、焚火は余分にくべてある。時々起きて追加しよう。