第2話:飛龍の騎士(2)
次期女王となる少女の存在が知られる前のこと。
飛龍の騎士は愛馬のミザリエルを飛ばし、城へと帰還した。道中、丘を下る使者の一行が見え、呼び出しの緊急性を理解した。
父リディアスは書斎の扉を開け放したまま、息子の帰りを待っていた。
テオドロスは鎧を身に着けたまま、父の呼び出しに足を速めた。
「父上。お呼びですか? 先ほど王都の旗が見えましたが、一体?」
リディアスは苦々しい顔をしながら、机に書簡を置いた。老いたとはいえ、騎士の一族。今だ眼光鋭く足腰の衰えを感じさせない父リディアスの、不安を抱えた様子にテオは少し動揺した。
「ギルガラス王が亡くなられた」
「そんな。王はまだお若いはず。お世継ぎがいないのでは、これからどうするのです?」
王の死。
すなわち次期王の後継者選びの急務。
しかしギルガラス王に世継ぎはおらず、彼が最後のベルンシュタイン王家の血統となっている。
「世継ぎはいる。王家の血筋の証は間違いないそうだ」
「一体誰です?」
「名も知られておらぬ少女だ。翌年には十一になるそうだが。王都で育たず、今まで平民として生きていたようだ」
「しかし、何故王都の外に。少女の母君は一体誰です? ギルガラス王にご正妻はいらっしゃらなかったはずですが」
「間違いなく王の子だ。王の愛人の一人が、国外で子を生んだとの噂だ」
「ギルガラス王に妃が?」
「正式にはいない」
「しかし、それだけでは実子と判断できかねるのでは?」
「ああ。だがベルンシュタイン王家特有の蜂蜜色の髪と琥珀色の目を受け継いでいるそうだ。そして白の国の神官たちがその血が王家のものであることを確認している。何より、その姿はかの『はじまりの王』と酷似しているそうだ」
「しかし。女王は、歴史において一人もいません。このグラシアールには————」
女の王。そしてまだ十一という分別も付かぬ程に幼いというのに、王冠を被らせようというのか?
「新しい形の王が必要なのだ。形骸化した王朝に新しい風が吹こうとしている。我々、ココアニス家にとってもそれは良き兆しだ」
未だ父の言葉を深く理解できないテオは困惑した。
父リディアスは戦の時とまるで違う、溌剌とした声色で語っている。まるで十年、いや二十年も若返ったかのよう。
「変わるべき時が来たのだ。小国同士の小競り合いに目を向けている時ではない」
王の死という事態は、七つの小国に囲まれたグラシアールにおいて王都トワイライトを統治している王の不在は小国間のバランスを崩し、王都を巡って大きな戦争へと発展することを暗示していた。
誰も望まなくても小国は覇権を争い、王都は分裂し玉座を巡り多くの血が流されるだろう。北の大国ナヴィガトリアを前にして小国同士で食い合えば、奴らは間違いなく王都を奪いに来る。
「お前に政治を理解させるつもりはない。だが、事は動いてしまった」
父に促され、テオは王都からの書簡に目を通した。
死の誓約に従い、娘は女王となり、小国それぞれから臣下となるべき者を一名差し出すこと。
王が死の間際に立てた神への誓いは、どの命令よりも重い言葉となる。
「つまり、小国の王もしくは跡取りとなる者が女王に仕える、と」
「表向きはそうだろうが、実質、その御方が女王となれば夫となる者は王輩となり、その
子どもは未来の王。つまり、夫の候補者というわけだ」
「では、紅の国からは誰が…………。女王陛下の年齢からすればルイス、でしょうか?」
姉エイミーの息子ぐらいしか、ココアニス家には男子がいない。後継者不足は父リディアスの長年の悩みでもあった。
「ルイスはまだ三つになったばかりだ。そのような幼子を差し出しては女王陛下にご迷惑をかける」
「では誰が…………」
父は息子をまっすぐと見つめた。