第5話 エミール(4)
地図を広げ、星を眺めて語るエミールの言葉は本当の魔法使いのそれのようだった。彼の落ち着いた声がそうさせるのだろうか。だからこそ、オスカーはエミールが魔法使いであると信じて疑わなかった。
「それに、いい加減教えてよ、エミールの魔法」
「それは秘密だって言わなかったですか?」
「母さんはエミールの魔法はすごいって言ってた。特別なんだって」
「オスカーも特別ですよ」
「その特別のせいで、先生の機嫌を損ねて得意科目の成績が悪いんだけど?」
妙に記憶力があるせいで、教師に妬まれる。それを助長させたのはエミールが歴史のことを吹き込んだせいだ。
「明後日、ツィン神殿に調査に向かいます。オスカーも来ますか?」
こうやってエミールはオスカーのご機嫌取りをする。
「手伝ってくれたら、私の魔法を教えます」
「本当に?」
オスカーは飛び上がった。エミールはにこりと微笑み答えた。
「もちろん」
「本当に本当?」
エミールから約束を取り付けたのは初めてだった。
「ええ。約束しますよ」
「俺の誕生日の時みたいに嘘つかない?」
オスカーの誕生日に秘密を教える約束だったがそれは反故にされたことがある。それからというもの、オスカーはエミールの約束に対して用心深くなってしまったのだ。
「その記憶力は素晴らしいけれど、余計なことまで覚えてもらうと私は困ります」
明後日、朝一番に神殿に行くために、二人は家の前の停留所で待ち合わせをすることにした。
「あ、エミール。今晩はじいちゃんがシチューを作ってくれるんだ。食べに来ないの?」
「ごめんなさい、今晩は行けない。約束がありますから」
オスカーはむっと顔をしかめた。
「あれえ、そっちの約束は守るんだ? 僕の誕生日は守らないし、夕食だってすっぽかして」
エミールはつかつかとオスカーに近づき、頬を掴んでにこりと笑った。
「あんまりしつこいと口を縫ってしまいますよ?」
「―――っ、とにかく絶対、約束は守ってよ!」
とびきり大きい舗装用の針をちらつかせたエミールに、オスカーは慌てて逃げだしたが、エミールはすぐに呼び止めた。
「オスカー、今晩か明日には姉さんに電話なさい」
確かに母は家を空けがちで出張や単身赴任が当たり前だ。しかしいくら息子と言っても毎日電話なんてものはしない。無精なエミールがそんなことを提案するなんて疑問しかない。
「何で?」
「いいから。姉さんも声を聞きたがっているよ」
晩鐘が町に響き、博物館は閉館した。