第7話:少女騎士ラナ(2)
「ラナ!」
さっきの少女だ。男装のまま、男物のブーツを履き、腰にはレイピアが携わっている。
「この子だよ、シリウス。カルマを泣かしたのは」
「へえ」
シリウスは面白いものを見られると、目を輝かせている。まったく、好き嫌いがはっきりしている女王様である。
テオの姉、エイミーが慌てて追いかけてラナを咎めた。
「無礼ですよ、呼んでもいないのに。下がりなさい」
しかし少女ラナは引き下がらない。
「無礼を承知で参ったのです。陛下がテレイシオスにお越しになったのは、おじい様の葬式なんて不躾にも程があります。何日もかけていらっしゃったのに悩みの種を増やすおじ様の方が無礼です」
「陛下、失礼を」
「構わん。貴殿が説教されるとは面白い」
シリウスは愉快だと笑う。
ヘテロクロミアの少女は片膝をついた。その所作はまるで騎士そのもの。
「お初にお目にかかります、女王陛下。私はラナ・ココアニス。リディアス・ココアニスの孫にあたります」
「私の臣下のカルマを泣かせたそうだな」
「はい。剣で転がしてやりました。あれでは陛下の護衛は務まりません」
「あ、ははは! 聞いたか、テオ。お前の家族は本当に猛々しいな!」
「陛下!」
褒められているのか咎められているのか分からず、テオは戸惑い青ざめている。
この場にカルマがいなくて良かった。
「それで? テオドロス卿がここに戻る必要がないというのは?」
オスカーはシリウスに促され、二杯目の紅茶をカップに注いだ。
「はい、家名はルイスに継がせ、それを私共が守ります。家名を脅かす戦争はもはや陛下のお力でなくなりました。家を守るのは、私共で十分でございます」
年端もいかない少女とは思えぬ饒舌ぶりに、その場にいる大人たちは凍り付いた。
「ならば、おじ君を私にくれると?」
「はい。元より、おじい様が陛下にお与えになりました。今更不要です」
「お、おい!」
「ははは! 面白い。貴殿より口上手だな、テオドロス卿」
「申し訳ございません。生まれつきあの両目ですので、貰い手がなくては可哀そうだと父が甘やかしてしまい…………。女性で王になった陛下を尊敬しているのですが、どうも度が過ぎる」
「私を?」
シリウスとラナの視線が交差した。
「はい。その若さで、そして女性の身で王となられた陛下を、私はお慕い申し上げています!」
紅潮した頬と気迫。ラナの内に滾る熱がこちらまで伝わってくるようだ。
「ルイスが成人した時には、私も王都へ行き、陛下にお仕えできる騎士になりたいのです」
「ラナ! このような場でそのようなことを! 陛下お許しください。この子はまだ幼くこの世の常識をわきまえていないのです」
「だって、エイミー叔母様もお母様も反対なさるのだもの。陛下がいらっしゃる今回を置いて他に機会はないんです」
何という強かさだ。
こういう真っ直ぐ純真な気の強さは間違いなくシリウスの好み。
シリウスは椅子から立ち上がり、ラナは膝をついたまま顔を上げた。
「——貴殿の左目は私と同じ色をしている、ラナ嬢。いつかまたその目を相見える日を楽しみにしている。女である私が王になれたのだから、貴殿も騎士になれるだろう」
ラナはぱあっと顔を明るくさせた。
「はい! 我が祖、ミザール卿の名に誓い、陛下にお仕え申し上げます!」
それからラナは実母に引きずられ、連れていかれた。
シリウスの機嫌が直って何よりだ。
「私が男だったら、ラナ嬢のような気骨のある女性が妻に欲しいな」
どこかうっとりとしたシリウスの面持ちに、オスカーは顔を引きつらせた。
「シリウス」
「冗談だ。しかしココアニス家は安泰だな。あのような少女が成長するのは楽しみだ」
さっきまでの不安はどこへやら。
シリウスは伸びをして紅茶を飲みほした。
「さて、カルマの機嫌を取ってやらないとな」
「もう。僕は嫌だよ」
「おや、今日はお前の方がご機嫌斜めか」
よしよし、とシリウスはオスカーの頭を撫でた。
「陛下、ラナへのご温情ありがとうございます。きっと亡き父も、あの世で先祖に自慢していることでしょう」
「温情ではない。未来への約束だ」
シリウスの言葉どおり、ラナ・ココアニスは後に高潔な女騎士となり、シリウスに仕えることになる。
また、ベルンシュタイン王家にも強く影響する女性の一人である。
後世に伝えられる、グラシアールの三女傑の一人であった。