表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

敷き詰めの計 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんは、火渡りをしたことはあるかい?

 あれって、見ている側としては気が気じゃないよね。ややもすると、拷問か何かじゃないかと考えてしまうくらい。

 実際、やり方に気をつけてやる分には火傷の危険は少ないらしいんだ。

 タネは熱の伝導率にあるという。炭は熱の伝導率が低く、火傷するほどに皮膚が熱せられるには時間がかかる。

 たとえコンロやガスバーナーから火が出ていても、手をかざし続けず、さっと通り過ぎさせるだけなら、大事にはいたらない。それと同じように、熱さを感じる前にせっせかと前へ進むことで、火傷をせずにいられるわけだね。

 かといって、走ると足が炭の中へうずまっていくから、かえって危ない。ゆっくり過ぎるのも言わずもがな。

 心身が整っていないと、危ないことばかりで、「よこしま」なものが心にはびこっていないか、邪気をはらう目的があるというのも一理あるね。

 

 たとえ火を使っているものとはいえ、炭もまた「敷かれた」もの。このようなものに触れ、扱うというのは、特に注意を要することかもしれない。

 私の聞いた昔話なのだけど、聞いてみないか?



 空城の計、というものを知っているだろうか?

 戦における心理戦のひとつで、本来はがっちり守るべき、自らの城の戸をあけ放ち、明かりをガンガンと焚く。

 相手を平然と呼び込む歓迎の様子を見て、敵軍は思うわけだ。「こいつは罠の気配じゃないか?」と。

 いつの時代も罠は恐ろしいもの。丸腰であれば人間を何人も屠れる獰猛な獣も、ひとつの罠にはまっただけで、簡単に命を奪われる。それは勢いづいた多勢に関しても、同じことがいえた。



 戦国時代のとある戦においても、それは起こった。

 両軍、数をそろえての決戦はわずか一刻(約2時間)足らずで優劣がはっきりし、一方が退却のきざしを見せたんだ。

 長年、相対していた軍同士。幾度も矛を交えている重臣たちは、そのあっけなさに不審を覚えずにはいられない。6年前にあった戦いでは、互いの主将たちの首を交換し合うことになるほどの激しさだったというのに。


 そう思案する間、時も兵も動く。

 背を向けた敵勢を追って、すでに下々の者たちは先へ先へ進んでしまっていた。

 このままでは収集がつかなくなると、重臣のうち2名が後を追うことになったという。そうしてどうにか軍の一部を止めさせた時には、すでに敵の城の近くまで引き寄せられていたんだ。

 すでに陽は西へ傾きかけている時間だった。その中で八の字に開かれた城の大手門は、漆喰で固められた蔵の一角を見せびらかせている。そして門の両脇は、大きなかがり火がこうこうと灯っているんだ。


 空城計か、と重臣たちはすぐに察した。

 しかも世に引き合いに出される、こちら側の圧勝とは言い難い状況。明らかに余力を残しているような逃げっぷりを見ては、うそかまことかの判断もつかない。

 元より、追撃をかけていた若い諸将は、すぐに隊伍を整えて突入したがる姿勢を見せていた。それをなんとかなだめ、遠目に矢を射かけることのみを許し、様子をうかがおうとしたんだ。


 撃ち込まれる矢は、もっぱら火矢が用いられた。

 戸そのものにはもちろん、塀を越えて、大きく弧を描きながら、次々と火の玉を携えて矢羽たちが飛び込んでいく。

 いくらかの屋根には火がついたはずだ。それを証拠に塀のそこかしこから、細い煙が立ち上り出している。大手門に張り付いた火の手は、じりじりと表面を焦がし、なおだいだい色の光を広げていく。

 なのに、敵勢の動きはいささかもない。

 籠る相手にとって放火は絶好の挑発。食糧庫が燃えれば「こと」だし、武器庫であれば誘爆の恐れもあり、捨て置くことはあまりに危険。

 それでも動かないということは、まさか本当に……。



 老将たちさえ疑いを持ち始めた矢先。

 薪の爆ぜる音がしたかと思うと、煙を吐いていたあたりから、高々と炎の柱が立ち上ったんだ。

 盛んに火花を散らし、間欠泉の湯のごとく柱のように高々と背伸びをして、塀を大きく見下ろしてきた。

 臆したのが、諸将の馬たち。戦に備え、火に慣れる訓練は積んでいたものの、限界がある。

 間近に、瞬きせざるを得ない光と、絶え間ない音にさらされたことで、彼らはあるいはのけぞり、あるいは暴れて、乗っている者さえ振り落とさんとする始末。

 人間側も、これがただの火事でないことは察している。

 火薬ならば更に爆発を伴わねばならないし、本当に炎に包まれたなら、こうして火花たちが山を成して、堂々ときらめくはずがない。

 もし、花火を知る者がいたなら、それに例えた者もいただろう。しかし事態は、ただ目をしばたたかせるにとどまらない。



 気づいたのは、徒歩でいた武者たちだった。

 にわかに草履より伝わる、足の熱が増してくる。見ると、自分たちの立つ土の上は、いまや、いまや元の夜闇にあった黒を奪われ、代わりに火花と同じ暖色に満ち満ちている。

 ちりちりと、編まれたわらが音をあげる。直垂をつけている武者たちは、服越しに接する小札のひりつく熱さに、つい指をかけて、飛び上がってしまった。

 真夏の炎天下、じっと日差しにさらしていたかのように、これらは強い熱を帯びていたんだ。気づいたときには、自らの下げる刀とその金具なども、触れるだけで焼き付くほどに温まってしまっている。



 たまらず退却の指示を出すも、いつの間にか来た道には、等間隔で火が焚かれていた。

 街道、わき道、けもの道にいたるまで、たき火から枝葉の火に至るまで、大小の火が土の上を照らしていたんだ。それこそ、火事をいとわないほど大量に。

 城前にくぎ付けにされている間に、はかられたのだろう。そして照らされる道を行く限り、人も馬もやがて熱さに参ってしまい、動けなくなっていく。


 ――火に照らされる道は避けよ。そこは敷かれた死のとこだ。


 そう指示した時には、すでに全体の2割近くが動けなくなっていた。

 馬を駆る者たちは限界まで彼らを走らせ、距離を稼ぐ。徒歩の者は、どうにか火の手を避けた木々を伝い、もしくは登り、猿のようにして火の手を避けていく。

 その途上もうまくいくものばかりでない。中途で滑り、敷かれた床へ叩きつけられ、もはや悶えるしかできなくなる兵は、もう数えようもなかった。

 どうにか本陣に逃げ帰った時には、攻め寄せた軍の半数以上が脱落していたという。



 結局、彼らは陣を退かざるを得なくなり、そこをはかったように追撃され、さんざんに打ち破られた。

 どうにか逃げ帰った軍は、以降、戦国が終わるまで、かの家と大掛かりな戦に臨むことはなかったのだとか。

 あの場から逃げ帰ったものでも、負った火傷はまことで、心にだいぶこたえたらしくてね。

 外へ出たがらないか、出たとしても夜か、えらく日なたを避ける。そして火に照らされる範囲には近寄ろうとしなくなったものが大半だったのだとか。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ