30.女神様とあとがたり(3)
ぜんかいのあらすじ
…はもういらないよね。とりあえず、今回で一区切りになりますよ。
最後までよろしくね。
「―、う~…ん?」
肉が焼けた頃におっさんも皮を剝ぐ作業が終わったらしく、めでたく3人で食卓を囲む。
いや、正確には囲んでるのは大自然なんだけどね。椅子は大きな石で、テーブルも大きな石だし。
でもまあ、そんなことは些細なことだ。―フライパンも大きな石だったけど。
ともかく、ようやく焼き終わった『う、さぎ』肉を、俺は期待を込めて口に運ぶ。
―すると。
ブチッという赤み肉が持つ繊維質特有の噛み応えが顎を刺激し、その動きと連動し生み出された唾液が染み出す肉汁と混ざり合い、更にはそれと同時に弾けた野性味あふれる香りが口の中に広がってジビエ料理の神髄とは何たるかを俺に教えてくれる。…はずだった。
はずだったのだが、弾ける香りはやはり熊肉のそれであり、残念なことにあまり口には合わなかった。昔北海道で食べた熊肉と比べても臭いがきつく、肉も硬い。
そんなこんなで数回肉を咀嚼した後には、俺の眉は自然とへの字に折れ曲がってしまっていた。
「な?そんな上手くないだろ?」
「うん…。」
おっさんも一切れ口に運んでから、同意を求めてきたので、素直にうなずく。
まあ食べられない程ではないし、お腹が空いてるから食べるけど。
「私は大丈夫ですけど。―まあ、雄介さんには厳しいですかね。熟成肉なんていいもん食べてたんですから。」
「熟成肉?なんだそりゃ?」
「あー、えーと。低温できちんと管理された場所に肉を乾燥させながらひと月前後置いておくと、美味しくなる技術なんですけど…、この星だと同じことしても腐るのがオチですね。」
「はーん?腐らねえってのが、理解できねえな。それも、例の別の星での記憶って奴かい?」
「そうなりますね。」
まあ、たしかにそうなんだけど。
この臭いのきつさは、そんな理屈で納得できるレベルじゃない気がする。
まあ旨味はちゃんと感じるし、不味くはないが。おっさんの言うように、そんなに美味くはない。
「好みもありますよ、雄介さん。そんなことより、ライルさんに聞かなきゃいけないことがあるんじゃなかったですか?」
「ん?ああ、はいそうでしたそうでした。」
決して忘れていたわけではないが、この1、2時間でいろいろあったのでお空に飛んでしまっていた。
すぐさま、ダウンロードし直さなきゃ。クラウドって便利だね!
「人間の記憶を保存する技術なんか、この星どころか地球でもまだまだありませんよ。」
余計なこと考えてないで早く話を進めてください、と俺を睨みながら急かしてくる。
確かにそこまで技術は発展してなかったけども!考えるくらいいいじゃないか。ねぇ?
まあ、おっさんが話についていけないので、早々に話を戻すことにしよう。
「えーと、おっさん。ルイの事なんだけど。」
「おう、ルイがどうした?まさか見つかったのか?」
「いや、そうじゃなくて、見つからないからこその質問なんだけど―。」
そう前置きした俺は、数時間前にマオに説明したことを、おっさんに改めて聞いてみることにした。
「はぁーん、なるほどねぇ、ルイは奴隷商人に捕まってるかもしれないと。あぁもちろん、奴隷商人にお前たちは襲われたわけだから、村としてはその線でも捜索してるっちゃしてるんだが…。」
なんと。
俺はマオと目を合わせ、パチクリと瞬きしながら思考を巡らせる。
えーと…、あぁ、そりゃそうか。
奴隷商人が何人いたか知ってるのは、俺とその記憶を垣間見たマオだけで、村の人からすれば行方知れずのルイは捕まったと考えるのが自然だ。
そんな簡単な点に気付かなかったとは…、ちょっとバツが悪い。現にマオも、口を軽く開けて表情がまだ戻っていない。
色々してくれてるけど、決して全知全能じゃないんだよな女神様は。
俺もしっかり彼女をサポートしないと!
「奴隷商人ってのは基本裏の組織だもんで、情報はあまり集まらねぇんだ。そもそも、捕まったことが分かったからと言って、田舎村の俺たちにできることはほぼ無いんだが…。ともかく、雄介の疑問に答えるなら、確かに奴隷商人の死体は二つしか見つかってないし、馬車も発見されていない。だから、雄介の言う通り三人目に捕まったって可能性はかなりある。」
俺たちの驚いた様子を見て、しばらく話を止めていてくれたおっさんは、落ち着いた頃を見計らって説明を続けてくれる。
ちなみに二つの死体とは、ここに来るときに俺がひっくり返したあいつと、崖下の死体らしい。―やはり俺と一緒に落ちや奴は死んでいたようだ。
「というか今朝、隣町で聞き込みしてたやつが、それっぽい馬車を目撃した人がいたって報告してきたことだしな。可能性があるどころか、高いと思う。」
そうか。
なら、俺に出来ることは一つしかない。
「ありがとう、おっさん。色々と。だったら俺はその奴隷商人を、ルイを追ってみることにするよ。もちろん、奴隷商人の生き残りがただ諦めて帰っただけって可能性もあるけど、ここで山を捜索し続けるよりはましな気がするし。」
「分かった。…と言いてえ所だが、正直心配だな。もちろん俺だって、ルイちゃんを諦めたくねぇが、今ここにいるお前も大事だ。両方いなくなっちまったら、ジョーさんに申し訳が立たねぇ。」
「おっさん。気持ちは嬉しいけど、俺もユウと約束したんです、ルイを助けるって。…だから、行くよ。」
それに、村にいても居心地悪そうだし、とポリポリと頭を掻きながら苦笑いで俺は更にそう付け加えた。
もし俺が村の人の立場だったら、今の俺の事を気持ち悪いと思うに違いない。
村のためにも、記憶が戻るまで帰ってこない方がいいと思う。
「私もついていきますから、そう心配しないでください。」
それでも首を縦に振らないおっさんに、マオが助け舟を出してくれた。
ついてきてくれるもんだとは思ってたけど、言葉にされるとやっぱり嬉しいな、心強い。
「―雄介、お前も頑固なんだな。はぁ、分かった行ってこい。ただし、必ず帰って来いよ。」
「ありがとう、おっさん。」
力強く組んでいた腕をフッと下ろして、おっさんがヤレヤレと折れてくれた。
俺の頑固さは誰かさんに似ているそうだ。自分ではそもそも頑固とは思ってないんだけどな。
「ここでの捜索は、村のやつらともう少ししておく。任せておけ。」
「うん、それはお願いするよ。こっちも大事だし。」
「よし!じゃあ、村に戻るか!お前たちもすぐさま村を出るってわけじゃないんだろ?細かいことは、また村で話すぞ。」
「わかった。でも、俺たちの馬はちょっと離れたところにあるから、先に帰ってて。夜までには帰るから。」
「おう、了解だ。ジョーさんたちの葬式もあるし、絶対だぞ。あ、それと、その頭持って帰れよ。役所で金に換えてくれると思うから。」
「―え゛?」
おっさんが指さした先には、『う、さぎ』の頭が川岸の岩に置かれていた。
えー!?この頭持って帰るの?マジで?何で頭?普通尻尾とかじゃないの?
ああ…。まさか、こんなことで日本を懐かしむことになるとは思わなかった―。
「雄介さん。」
おっさんと別れて、しばらくした後。マオが俺に話しかけてくる。
しばらくってのは、30分くらいかな。俺たちはもう少しだけ疲れた体を休めたかったのだ。
「はい。…あー、マオ、今日はありがとう。そして、お疲れ様でした。」
「ええ、雄介さんもお疲れ様です。とにかく、花子の所に戻りましょう。」
俺のために頑張ってくれたマオを労わると、マオもよっこいせと体を起こしながら、俺を労ってくれた。
それに倣い俺もどっこいしょと体を起こして、どちらからともなく花子の待つ崖へと歩み出す。
ああ、体が重い。
ん?あ、そういえば―。
「マオ。いえ、女神様。」
「はい?どうしたんです、改まって。」
一つ大事なことを聞き忘れていた。
振り返ったマオの目をまっすぐに見つめ、俺は言葉を続けた。
「どうして女神様は、こんな危ない目にあってまで俺を助けてくれるんですか?」
―降り注ぐ沈黙。
木々が風でこすれる音が、やけに大きく聞こえる。
俺の質問を聞いた女神様が何故か黙り込んでしまい、少々気まずい空気が流れる。
自らの命を危険に晒してまで、『う、さぎ』討伐に力を貸してくれたこと。それはとても嬉しいことだが、やはり府には落ちない。
これ以外の事に付いても色々と思うところがあるが、今回の『う、さぎ』の件は命がかかっていたのだ。今までの件とは話が違う。
残念なことに、人の善意を黙って受け取り続けられる程俺は若くなく、人間も出来ていない。80年の人生は、もちろん楽しい事ばかりでなく、人を疑わず生きていけるほど人生は甘くない事を俺に痛感さるものだった。
別に女神様を疑っているわけではない、むしろ信じている。いや、敬愛している。
しかし、いやだからこそ、安心できる裏付けが俺は欲しかった。人として情けない限りだが。
「うーん…、そうですねぇ。」
そんな俺の心を知ってか知らずか、マオはようやく沈黙を破り、あえて女神様の口調で話し始める。
「お仕事、だからですぅ。女神の私は、雄介さんのサポートをするのが仕事ですぅ。確かに今回は危なかったですけどぉ、それなりに危険に飛び込んで前世を思い出してくださいって、私そう言いましたからねぇ。イレギュラーな事態でぇ、雄介さんのサポートとしてこの世界に人として降りることになった私ですけどぉ、女神の仕事を忘れたわけじゃないですぅ。だからぁ、こうなってしまった以上は、雄介さんと一緒に危険に飛び込むしかないじゃないですかぁ。」
そう言ってから、女神様はついと視線を外し、花子の方へと再び歩き始めた。
それに遅れないように、俺も足を踏み出す。
―なるほど…、かな。
マオの語り口に若干の事務的さが見て取れたが、まあ嘘は言っていないんだろう。少なくとも、納得できる理由ではある。
その答えに満足か?と聞かれれば、もちろん満足ではないけれど。
雄介さんが好きだからですよ、と嘘でもいいから言って欲しかった。―いや、さすがに嘘は嫌か。
オホン。
でも、とにかく安心したのは確かだ。
いちいち言葉にしてもらわないと安心できない、そんな小さな自分に呆れるが、そもそも女神様と過ごした時間はまだ一週間にも満たないんだ。むべなるかな、と思って欲しい。
情けないとか、女々しいとか言わないでね、お願い。
―それはさておき、それにしても、だ。
まだ一週間なのか。なんか、もっとずっと一緒にいた気がするような、そんな一週間だったな。
「ところで雄介さん。私も大事なことを一つ、聞かないといけないのを忘れてました。」
「大事な事?」
考え事をしながらしばらく歩いていると、今度はマオから振り向いて話しかけてきた。
大事な事?―なんだろう。
正直、この世界に来てから大事な事だらけすぎて、逆に思い当たることが無いぞ。女神様をどれだけ敬愛しているかってことくらいか?
「そんな分かり切ってる事、今更聞きませんよ。物語ももう締めに入ってるんですから、アホなこと言わないでください。」
なんだよ、物語の締めって。マオも大概だろ!もうっ!
「で?大事なことって何です?」
「そんなの一つしかないですよ。」
ここでマオは一つ大きく息を吸い、たっぷりと間を開ける。…なんか、この間。懐かしいな。
という事は―。
「ずばり、今回雄介さんが思い出した前世は一体何だったか分かりますか?」
やっぱりだ。
およそ70年ぶりに聞いた、懐かしいセリフ。
そのセリフに俺は女神様と初めて会った時の事を思い出しながら、あの時と同じくこう思う。
―なんだ、そんなことか。そんなの今更考えるまでもない。
「蜂、ですね。」
「はいっ、正解ですぅ。」
マオはわざとまた女神様の口調で、あの時聞いたセリフそのままで返してくれた。
もちろん、無邪気にほほ笑むのも忘れていない。
ただ一つ違うのは、俺はもう女神様に惚れているという事くらいだ。
「ああ、はいはい。そんないい感じで終わろうとしなくて大丈夫ですよ。あー、失敗しました。なんで初めて会った時、恋をしてもいいですよとか言っちゃったんでしょう。神って万能じゃないんですね、改めて痛感します。がっかりです。」
「そんな人間味あふれる性格してるのが、一番の原因ですよ。」
「う゛…、言うようになりましたね、雄介さん。」
俺は『う、さぎ』にとどめを刺した時の感覚を思い出しながら、手をかざす。
そう、あの時俺を突き動かしたのは、女王を守れという本能的な指令だった。命を捨てて特攻する様は、おそらくニホンミツバチといったとこか。
前世が「蟻」と予想した俺は、意外といい線いっていたらしいな。
「ま。前世から社畜体質だったんですねー。」
「あ、そういえば、ブラック会社に居た時の上司は女性でした。あーそういうことかー。」
あの時の生活が人間的とは今でも思えないが、それも今は懐かしむくらいには思い出と化している。
何事も無駄じゃないさ。今こうしてここにいるのも、あの時代があってこそだ。
―そう考え込んでいるうちに、花子が待つ崖へと戻ってきていた。よかった、元気そうだ。
「まあ、そんなことはさておき、村に帰りましょうか―。」
「あーーっ!!」
そうマオに告げた瞬間、聞き覚えのない声が大きく響き渡った。
「『う、さぎ』倒されちゃってる!!」
その声の主は、俺が運んでいた『う、さぎ』の頭を指さして、ガックシと肩を落とした。
それは、小柄でショートカットで、七分袖の服とロングブーツにショートパンツをはいた、可愛らしい女の子だった。
そしてその落とした肩の上からは…、猫が一匹顔をのぞかせていた。
―1章・完―
お疲れ様でした。
前書きで書いた通り、今回で一章的な物は完結になります。
続きは今の所、一文字も書いていません。
皆様の反応を見てから続きを書き始めようと考えております。
長編を書いたのは初めてだったもので、至らない部分も多くあったかもしれませんが
楽しく読めたという方は、是非感想等、フィードバックして頂けると私が泣いて喜びます。
続きを書くモチベーションになりますので、お待ちしております。
では最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。
暫くはもう一つの連載「独り言系魔法少女★ツグミ」に力を入れたいとを思います。
普通とはちょっと違った魔法少女のお話です。そちらも興味あれば是非。
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めんどくさいかもしれませんが、助けると思って、ひとつお願いします
すると次回は少し早く上がるかもしれません。