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うぃず・めがっ!【第一部・完】  作者: 煮木 倫太郎
3/30

3.異世界に降り立つ (1)

前回のあらすじ

なめこ滑落事故で女神様と邂逅し、彼女と夢空間でキャッキャウフフしたあと、なめこパーティを盛大に開催した。一人だけで。


 ゆっくりと目を開ける。

 何億回と動かしてきたはずの(まぶた)が、まるで長い間放置されたシャッターのように、今日はやけに重く感じた。

 うっすらと光が目の奥に静かに射し込んでくる。

 その光に目を慣らしていると、ふと、右手がほんのりと優しいぬくもりに包まれていることに気が付いた。


「雪江、か…。苦労を、かけたな…。」

「―ふふ。もう目を覚まさないかと思いましたよ。」


 そう気丈に返した妻の手は、かすかに震えていた。

 その様子から察するに、俺はしばらくの間意識不明だったようだ。

 周囲を確認したいところだが、首どころか眼球を動かすことさえ上手くいかない。ただ、慣れない香りと感じる空気が、ここが自室ではない事を教えてくれた。

 ギギギと頸椎(けいつい)を軋ませ、なんとか彼女の方に首を倒す。

 鼻下に繋がっていたらしいチューブに頬を引っ張られながらも、残り少ないお腹の筋肉を振り絞り、俺は口を少しずつ動かし始めた。


「女神、さまは…。迎えに来て、くださる…だろうか。」

「ええ。きっと…。きっと、来てくださりますよ。」


 これまで幾度となく、彼女に語ってきた話。ここ10年は特に回数が多かったかもしれない。

 それにもかかわらず、雪江はいつも笑顔で聞いてくれた。あんな荒唐無稽な話を。

 でも今日の雪江はいつもと違って、口元以外は笑っていなかった。


 「むこうで…女神さまと、いい仲、になっても…。妬くなよ…。」

 「私は、もう十分に、幸せを貰いましたよ。」


 健気なことを言ってくれる。

 聞きなれたいつもの声だが、今日は少し湿っているようだ。でも、今回は今までの様に、その湿気を取り除いてやれそうにもない。

 そのかわりにと、俺も妻と同じように口角をどうにか持ち上げた。


「もう、すこし…だけ、苦労を…かける。むす、こや、まご―。」

「任せてください。あなたの分まで、ちゃんと見ておきますよ。」

「そう、か…。」


 ―ああ、これでもう、思い残すことは無い。

 それに、瞼がもう鉛よりも重い。最後に雪江の顔をしっかりと魂に刻もうと何とか瞼を支えるが、残念ながら、かすんでほとんど見えなかった。

 それでも、もう一言だけ…伝えなければ。

 妻の手を握り返そうと右手に力を込めたが、動いたのはほんのわずかだけだった。しかし雪江がそれに答えて、ギュッと握りしめてくれる。

 その温かさに力を貰えた俺は、なんとか最後の言葉を搾りだせた。


「お前の、おかげ、で…いい、人生だった…。」

「わたしも、です…ょ。」


 その言葉を聞いて、瞼の力を抜く。―もうどこにも力が入らない。

 右手の甲に二つほど落ちてきた水滴の感触を最後に、俺、坂井雄介の人生は幕を閉じた。



  ◆◆◆◆◆



 パッと目を開けると、そこには森が広がっていた。


「ここは、…どこだ?」


 自然と口から(こぼ)れた言葉が、木々のこすれる音に飲み込まれていく。

 視界目一杯に広がる自然に呆然としていると、遅れていた思考がようやく追いついてきた。

 ―えーと、どういうことだ?

 雪江との別れの後、女神様と再会して…無事に異世界に来れたはずだ。そこはしっかり覚えている。

 けれど、それ以降の記憶がすっぽり抜け落ちている。

 あーダメだ、頭が働かない。どうも思い出そうにない。少なくとも、寝起きを思わせるこの曇った頭ではまず無理だ。実際、今さっきまで意識がなかったようだし。

 とにかく現状を把握しよう。

 背中から伝わる感触からするに、どうやら俺は木の下で一人座り込んでいるようだが―。

 

「痛ツっ!」 


 刺激に顔を歪める。

 体を起こそうと全身に力を入れてみたが、痛みに邪魔をされてしまった。どうやら周囲の確認よりも、体の確認のほうが先決のようだ。

 着ている衣服を順々に捲りながら、各部位を確認していく。いくつかの擦過傷や打撲などは見られたが、命に関わるほどの傷は無いようだ。


「ふぅ。」


 差し迫った危機が無いのはありがたいが、一息ついた途端に次々と疑問が頭に浮かんできた。そもそも、何で俺はこんな状況にあるのだろうか…。

 長考に入りかけたところで、いやいやと(かぶり)を振ると―。


「いたたたた…、はぁ。」


 今度は鈍い痛みが襲ってきた。ため息と共に辟易する。

 体だけでなく頭も痛いのか。ただ頭の痛みは外傷じゃないのが救い、なのか?

 とにかく、考えるのは安全を確認した後だ。そこらのラノベの主人公は10~30歳ほどで異世界に飛ばされるが、俺は80歳だったのだ。そこらの若造とは経験が違う。こういう時こそ冷静に、物事に優先順位をつけて行動に移らねば。この時のために、何十年とディスカバってきたのだ。

 大きく息を吸って、一気に全身に力を込める。せーのっ!


「あ゛あ゛あ゛ぁあ゛あ゛!」


 (きた)る痛みに備えて気合を入れたつもりだったが、痛いもんはやっぱり痛かった。

 なんとか立ち上がる事には成功したが、まだ大木に体重を預けたまま、サルの反省ポーズで嘆く。やばい、涙出そう。

 でも、うかうかしていられる状況ではないのは確かだ。早く周りの安全を確かめないと。

 折れかけている心を何とか説得し、木々に支えられながら一歩一歩と足を動かした。俺はそうして、サバイバル番組の主人公のごとく周りを散策し始めたのだった。

 

「これは、カエデ…かな? ウコギのような木もあるな…。」


 しばらく歩いたことで少しずつ痛みに慣れてきた俺は、生まれた余裕を思考に回せるまでには何とか回復していた。


「山の上に…、マツ林っぽいものが見えるな。」


 俺は広葉樹林にいるらしく、近くにはシラカバどころかブナも見られないので、それほど高地というわけではないらしい。


「いや、地球基準で考えても仕方ないのかもしれないが…。」


 しかも日本基準だしな、とぽつぽつと考えを独り()ちながら、歩いていく。

 ちなみに、意識しながら独り言を言っていんですよ?野生動物対策のため、わざわざ大きめに。決して、怖いからじゃないという事は付け加えておかないと。

 …いや、まあ怖いんだけど。一人で山を散策したことがある人は分かると思うが。


「さて、どうしたものかな…。」


 一通り見て回り、近くに動物の気配がない事を確認した俺は、先ほどの大木の下でまた休憩を取らせてもらい、落ち葉を座布団にして熟考に入る。

 考えるべきことは山積みだ。だが差し当たって、重要なことは水と食料か?

 あれ?食料は後に回した方が良かったんだっけ―。

 残念なことに、周囲には動物だけでなく人気(ひとけ)すらなかった為、それらが無視できない問題なのは間違いない。実際の所、空腹はそれほどでもないが喉の渇きはしっかり感じている。

 だけど―。


「一つ、ここで目覚める以前の記憶がない。」

「一つ、目覚めた時に体が満身創痍だった。いや、満身創痍は言いすぎか?」

「それはさておき、一つ、喉は乾いている。」

「一つ、お腹はそれほど減っていない。」


 ここまでで分かっていることを口に出してまとめる。

 喋っていないとマジで怖い。自然の中で一人ぼっちは、ホントにヤバい。自身の置かれている現状に改めて気付かされた。早く何とかしなければ。

 とにかく、この4つの事から、おそらく動物か何かに追われて逃げてきたとするのが妥当か?―記憶がないのは謎だけど。

 でもお腹がそれほど減っていないという事は、最後に食事をしてからそれほど時間が経ってないんだろうし。


「もしかしたら、それほど遠くない所に人里があるのかもしれない。」


 というか、そうであってくれ、と祈りながら結論づける。

 他の可能性はとりあえず無視しよう、きりがない。この希望的観測をもとに行動をおこすしかないか。

 悲鳴を上げる体にむち打ち、なんとか立ち上がった俺は―。

 

「はあ、女神様…話が違うじゃないですか…。」


 と、一つ愚痴をこぼした後、再開した女神様との会話を思い出しながら人里を探すことにしたのだった。


最後までありがとうございました。

今回は少し短めでしたね。今後は4000文字を目安に投稿していきます。

ちなみに次回は、お待ちかねの女神様とまたキャッキャウフフします。

お楽しみに。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 会話がうまく、ちょうどいい長さで面白かったです!やっと主人公が次へ進めるいいお話しでした [気になる点] 後半物語に置いてかれぎみでした。主人公と同じ気分を体験させてくれているのかなと思い…
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