28.女神様とあとがたり(1)
ぜんかいのあらすじ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
おっさんが意識を取り戻すまで、俺たちは川辺で火を焚きながら疲れを癒していた。
少し離れた場所には『う、さぎ』が倒れている。
未だ有り余る存在感を放つそれは、見事に胸を貫かれて絶命していた。…あれを俺がやったらしい、信じられないけど。
「どうですぅ?気分はぁ?」
元の姿に戻っている女神様は、聞きなれたいつもの口調で俺に質問してくるが、その声は疲労の色を隠せていない。
…というか、久々に女神様の声を聞いた気がするな。たったそれだけの事だけど、すごく安心する。
「まだヒリヒリします。なので、もうちょっと顔を洗ってきます。」
「えぇ?そういう意味の質問じゃなかったんですけどぉ…。まあ、いいですぅ。顔洗ってきてくださいぃ。」
ん?違ったのか?
いやでも、まだ女神様と会話を楽しむ程の余裕はない。
とにかくもう一度全力で顔を洗い流そう。
「はい、ちょっと待っててください。」
すでに川に向かって歩き出していた俺は、振り返ることなく女神様にそう答えた。後ろ手で、ちょっと待っててのポーズをするのも忘れていない。
そんなことより、水だ。水で顔を洗え!
「あああああー、カプサイシンってすごいなっ、もうっ!」
俺はおよそこの世界では知られていないだろう成分に悪態をつきながら、今まで生きてきた中で一番激しいだろう洗顔を再び行いながら、『う、さぎ』を倒した直後の事を思い出していた。
★★★★★
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
声にならない声をあげながら、俺は地面にのたうち回る。
なんだなんだなんだなんだ!これ、なんだ!いたい!イタイ!
―イタイ?いや、痛いというかなんというか、痛いんだけどヒリヒリするというか!でも、すっごくイタイ!なんだこれ!?
「―雄介さん!雄介さんっ!」
なんか女神様の声が聞こえるけど、それどころじゃない。
未知なる刺激で、ホントそれどころじゃない!
いやでもこれ、ホントに未知なる刺激か?どっかで体験したことある気がするぞ?
って考えてる場合じゃない!それどころじゃない!スゲー痛い!!
「あー聞こえてない、というかそれどころじゃない感じですねぇ。仕方ない、ですぅ。あんまり動きたくないんですけどぉ…。いたたた…。」
俺のそばで木に体重を預けていたであろう女神様が、困憊した体になんとか力を入れ立ち上がる気配を感じる。
が、もちろん俺は、それどころじゃない。目なんて開けていられない。
「しんどいですねぇ、ふぅ。さ、雄介さん、すぐそこに川がありますから、それまでの辛抱ですぅ。ほら、立ってくださいぃ。」
のたうち回っていた体の左腕が誰かに取られ、その込められた力に従い立ち上がる。
おそらく、というか間違いなく女神様なんだろうけど、やっぱり俺には確認する余裕がない。何度も言うが、それどころじゃない。
そして腕を引かれるがまま連れてこられた先で、顔に水を掛けられた。
「ほら、洗い落としてくださいぃ。」
「ううぅぁあああああああっ!」
その待ち望んでいた大地のしずくを、俺は反射よりも早いだろう反応速度で両手で救い上げると、なりふり構わず顔へぶちまけまくった。
しかし、一向に顔への刺激が収まる気配が無く、それ故に、ずっと俺の喉から悲痛な声が溢れ出ているが、ご愛嬌ということで一つ勘弁して頂きたい。
とにかく、早くこの液体を洗い落とさないと!早く早く!あーくそっ、何でこんなに落ちないんだ!
「ふぅ、それにしてもぉ、絶体絶命って感じでしたねぇ…。命があって何よりですぅ。まだちょっと体が震えてますよぉ…。」
「めっ!―バシャッ。女神―バシャッ。―バシャッ。女神様!―バシャッ。」
「あ、先に洗い落としてから喋ってくださいぃ。そんなバシャバシャしてる人と会話する元気は、今日はもうないですぅ。」
そう、か…。
ならお言葉に甘えてバシャバシャしよう。
おそらく今日が人生で一番の顔を洗った日になるだろう。だから今日は洗顔記念日。
「じゃあぁ、そのままで聞いてくださいねぇ。どうせこの後聞かれることなのでぇ、先に答えておきますぅ。」
ん?―この後俺が聞くことって?
いやまあ女神様がそう言うのだ、きっと俺には聞きたい事があるのだろう。現状、そんな事を考える余裕が全くないが―。
とにかく、答えてくれるなら、このまま聞くことにしよう。
バシャバシャ―。
「雄介さんがぁ、今そのブサメンともイケメンとも言えない中途半端な顔で受けている刺激は、いわゆる催涙スプレーですねぇ。正確にはスプレーしたんじゃなくてぇ、普通に液体をぶちまけただけですけどぉ、それはまあどうでもいいので置いておきましょうぅ。」
「催涙スプレー?―バシャッバシャッ。」
そんなのどこから出した?
というか、最初の俺の顔に対する形容詞いった?
「ああ。出所はライルさんから買ったトウガラシですよぉ。まあ、あの時雄介さんは初めて手にした槍に夢中だったので覚えてないかもしれませんがぁ。とにかくぅ、そのトウガラシを一旦家に戻った時に細かく刻んで油に付けてぇ、それをポーチに忍ばせておいたんですぅ。野生の獣相手でも有効ですからねぇ、即席とはいえ。」
ああ、そうか!
どこかで受けたことのある刺激だと思ったけど、そうか、トウガラシか!
昔料理に使った後、手を洗わずに目を掻いてしまった時に酷い目に遭ったけど、なるほど、あの刺激か!ああ、そうかそうか!
まあ、今はあの時と比較にならない程の地獄を味わってるけど!
―ってか、花子とじゃれてる間にそんなことまでしてたのね。女神様、おそろしいk―、いや止めておこう。まじでそんな冗談を挟んでいる余裕がない。ヒリヒリが止まらない。
バシャバシャ。
「な、なるほど。―バシャバシャ。で、なんでそれが俺の顔に?―バシャバシャ。」
「雄介さんのぉ、あの最後の一撃を出した時ぃ、私もとっさに『う、さぎ』に催涙スプレーをかけてたんですぅ。その巻き添えですねぇ。と言ってもぉ、催涙スプレーは逃げるときのための保険だったんですけどねぇ。それを、あの瞬間に『う、さぎ』の顔にぶちまけたんですよぉ。正直、催涙スプレー程度で逃げてくれるか自信なかったですしぃ、逃げてくれたとしても数発攻撃を受けてたかもしれませんでしたけどぉ。そもそも顔にかけた瞬間は軽い目つぶしほどの効果しかないのでぇ、雄介さんが前世を思い出してなかったら、いろいろと危なかったですねぇ。」
ああ、退却の隙は私が作りますって言ってたのは、その催涙スプレーを使うって意味だったのか。
バシャバシャ―。
「でも、ほんとにギリギリでしたねぇ。雄介さんが出したあの一撃は、本当に相打ちのタイミングでしたから。ほんと『う、さぎ』が怯んでくれてよかったですぅ、じゃなきゃ目の前で雄介さんの首が飛ぶ瞬間を見てたかもしれません。そんなのトラウマもんですよぉ…。」
あー…。
だから俺生きてるんだ、なるほど。
完全に相打ちだろうと踏んで放った一撃だったもんなぁ。
結局、女神様にまた守られたってわけか。なんかカッコ悪いな。
バシャバシャ。
「それは結果論ですぅ、たまたまですぅ。それにぃ、今回ばかりは雄介さんが功労者ですよぉ、カッコ良かったですぅ。私を命に代えても守るって強い思いが無ければ、前世の記憶を思い出せてないでしょうしぃ。ちゃんとその記憶を使いこなして、私を守ってくれましたしぃ。もし雄介さんが思い出せてなかったら命も危なかったかもですぅ。もしかしたら催涙スプレーだけえ『う、さぎ』は逃げてくれてたかもしれませんがぁ、分の悪い賭けには変わりなかったですしぃ、間違いなく大怪我は負ってたと思いますぅ。そもそも私が催涙スプレーを使ったのは、雄介さんが攻撃を避けられるよう時間を稼ぐ為だったんですから。けどぉ、まさかその時間で前世の記憶を思い出して『う、さぎ』を倒してくれるなんてぇ…。だから本当に感謝してますよぉ。」
珍しく、女神様が俺をほめてくれている。
あれ?俺ホントに助かったのか?実はもう死んでるんじゃなかろうか―。
バシャバシャ。
「だからぁ…、これはぁ、えーと、ほんの少しだけ?のぉ、お礼…ですぅ。」
―ん?お礼?
バシャバシャ。
と言うか、あの女神様がなんか言い淀んでる。珍しい。
そんなウルトラレアな女神様くれるお礼って、なんだろう―?
バシャバシャ。
「今日は、ありがとうございました、それでこそ雄介さんです。」
それでこそ?―どういう意味だ。
でもそんな些細な疑問は、直後に襲ってきた女神様の刺激で吹き飛んでしまった。
そっと後ろからお腹に回された腕、背中から伝わる柔らかさとぬくもり。
そしてそれと同時に、未だ残る女神様の体の震えが伝わる。
その感覚に俺は―。
バシャバシャ。
バシャバシャ。
バシャバシャ。
バシャバシャ。
「ちょっとぉっ!こんな時くらい顔洗うの止めませんかぁ!?」
顔面の刺激を洗い流すので精一杯だった俺は、その嬉しいはずの感触に身を委ねることができず。
未だに全力で、カプサイシンとの格闘を継続し続けるのだった。
★★★★★★★★
「あー!勿体ない事をした!!」
そして現在に至る。
あの後、すぐに俺の背中から離れた女神様は、壊れたロボットの様に同じ動作を繰り返す俺の傍らで焚火の準備を始めたのだった。
あれから30分程経ってるけど、まだまだ顔がヒリヒリする。
一応最初に比べたらマシにはなってるんだけどね、これでも。―でも、それでも、顔を洗わずにはいられないくらいにはまだ痛い。
「女神様、もう一度改めてお礼とやらをお願いしてもいいですか?今なら、お礼を受け取るくらいの余裕は出来ましたし。」
「死んでも嫌ですぅ。」
なんで!!?
お礼は相手に受け取って貰わないと、意味ないじゃん!!
「あの時は私もどうかしてましたぁ、やっぱり『う、さぎ』怖かったんですねぇ。その怖さから解放された安堵感のせいで、思ってもない行動をしてしまいましたぁ、反省ですぅ。…あ、これが吊り橋効果ですかねぇ?」
「そんなわけないですか。女神様は最初から俺に惚れてるじゃないですか。」
「あ、なんかお腹痛いです、盲腸かもしれません。」
「…。“片腹痛い”をこんな分かりづらく表現した人は、おそらく女神様が初めてですよ。」
女神様のわざとらしいジェスチャーに俺は溜息を一つ吐き、また洗顔を再開する。
あーあ、30分前に戻りたい。まじで背中の温もりを楽しむ余裕が無かったもんな―、あー勿体ない。
バシャバシャ。
ってかコレ、どんだけ洗っても意味なくないか!?
「女神様!痛み、なかなか引かないんですけど!!」
「あー1時間以上は続きますよ、頑張ってください。」
「―なっ!?」
え?これ、後30分以上も続くの?拷問じゃん!!
「その間に、私も体休めておきますぅ。あー、しんどぉ。で、『う、さぎ』を倒した功労者の雄介さん、今のお気分はどうですか?」
あー、さっきの気分はどうって質問、そういう意味だったのか。
「…そうですね。『う、さぎ』を倒した事については特にありませんが、女神様を守れた事についてなら、そうですね。一言で言うと―、嬉しい、ですかね。」
俺はそう言って、女神様に微笑んで見せる。
そんな俺に対して、女神様も微笑み返し―。
「あ、そういうのいいんで、ほんとの所をお願いします。」
「いや!嘘じゃないですよ!!ってか、今いい雰囲気だったじゃないですか!なんで壊すんですか!」
緊迫感で押しつぶされそうだった『う、さぎ』との一戦とはうってかわって、いつも通りのやり取り。
そんないつも通りに、改めて生を実感する。ほんと、生きててよかった。
女神様もなんだかんだ言いながら、笑顔が緩んでる気がするし。
この日常を今後も続けれられることは、ホントに嬉しい。
「あはは。じゃあぁ、今度こそ私ぃ、だらけますねぇ。邪魔しないでくださいねぇ。」
そうして焚火の傍らでダレている女神様と、一心不乱に顔を洗い続ける俺。
邪魔しないでくださいとかいいながら、女神様は顔を洗い続ける俺にちょっかいを出しまくってきたけど。まあ、そんなのは些細なことだ。
そんな俺たちにおっさんが声を掛けてきたのは、それから更に約30分が経過した頃だった。
―続―
お疲れ様でした。
また日常が戻ってきました。
ほんと無事に返ってこられてよかったです。
しばらくは戦闘シーンは書きたくないですね。
では最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。
後2話ですが、お付き合い頂けると幸いです。
次回もお待ちしています。
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