26.女神様とうさぎ(2)
ぜんかいのあらすじ
うさぎ、たおすってさ。まじかよ。
「はぁっ!?人の話聞いてました!?」
―うぉぅっ!
マオがグイっと顔を近づけてガンを飛ばしてきたので、それにちょっとビビる。
でも、マオとこんだけ近づいたのは初めてかもだ。そのお顔は、女神様の時とはベクトルは違うにしろ美人な事に変わりなく、それが近づいてきたとなれば嬉しいに決まっている。
…当の本人はちょっと怒り気味だけど、まあ、そんなのは些細なことだ。
どうやら俺は今、ビックリしたドキドキが違う胸の高鳴りへと変換される、まさにその瞬間を体験しているっぽい。
―ああ、はいはい。これが吊り橋効果、ね。納得。
「そんなわけないでしょう。あなた最初から私に惚れてるじゃないですか。」
「えー。確かにその通りですけど、それ、自分で言ってて恥ずかしくな、いでででで!痛いですマオ、止めてください。ん?マオ?あれ?女神様?」
両耳を引っ張られながらも、未だしつこく見ていたマオの美しい顔が、次第にいつもの女神様の顔へと変わっていく―。
かと思いきや、瞬きを一つする間に、またマオに戻っていた。
ん?どういうことだ?
「―ああ。あんまりじっくり私を見るとそうなりますよ。残念でしたね。」
ようやく両耳から手を放してくれたマオは、ばっちい物こすり落とすかの如く、ポンチョの端で両手をこれでもかと拭いながら俺の疑問に答えてくれた。
…そんなに念入りに拭わなくても。俺だって傷つくんだよ?
「でも、それがいいんでしょう?」
「そんなこと一言も言ってませんよ!」
―ったく。
今が非常時だって分かってるんだろうか、このマオ様は。ニンマリと笑って嬉しそうだな、おいっ!
いや、それにしても、じっくり見るとそうなるって…。どういうことだ?
ああ、そういえば―。
初めてマオとして俺の前に現れた時も、似たような事になってたな。あれは確か、チンピラをやっつけておっさんと初めて会った時だったか―。
「って、今が非常時だってわかってます?」
回想に耽りそうになる俺を、差し止めるかのようにマオが言葉を返してきた。
うん。確かに似た者同士らしい、俺たち。これは嬉しい。
あーいや。非常時なんだった、そうだったそうだった。怒られる前に話を進めよう、そうしよう。
えーと、…ということは、マオの顔がかわる謎現象も一旦棚上げするしかないのか。すげえ気になるのに。
「気が向いたら、いつか教えてあげますよ。そんなことより『う、さぎ』を倒すって言いました?」
「はい、言いました。」
おふざけの時間はおしまい。
俺は一転、真面目な顔つきで返事をする。
そんな俺の真剣な顔を、今度はマオがじっくりと観察し―。
「…はぁ。可能かどうかはさておき、まず理由を教えてもらえますか。」
と、うつむき加減に額を抑えながら説明を促してきた。
「いや、そんなたいそうな理由じゃないです。ただ、ここは村に近いので、『う、さぎ?』が村を襲うと大変なことになるな、と、そう思っただけです。幸い、普段はこの辺りに『う、さぎ』は生息していないはずってマオが言ってたので、この一頭を倒せれば村の安全は確保できるんじゃないかと。」
そういう事です、と告げ、マオの返事を待つ。
待ってる間に、逆に普段生息してない地域だからこそ『う、さぎ』の被害が大きくなりそうです、と更に付け加えておいた。
それにしても、『う、さぎ』って言いにくいな。どうにかならないものか。
「…はぁ。さすが、雪江さんを落とせただけはありますね、まぁ知ってましたけど。えーとつまり、お世話になった村に恩返しがしたいと、そういう事ですよね。」
「あああ!言葉にしないでください!恥ずかしいじゃないですか!」
せっかく、隠してたのに!
それにどうして雪江がでてくるんだ?
知ってたって何を?
相変わらず、俺を置いてけ堀にして話を進めるお人だなぁ、もうっ!
「はぁ。とりあえず、理由は分かりました。でも、『う、さぎ』は一般人5人がかりでも厳しい動物ですよ。兵士5人で何とか倒せるかもと言ったところです。」
「でも、俺たち二人は普通じゃない。ですよね?」
だからこそ倒せるんじゃないかと踏んでの、提案なんだ。そうそう引き下がれない、…引き下がりたくない。
「転生者と女神です。能力は一般人の比じゃない、ですよね。」
「う゛、まあ確かにそうですけど…。一応言っておきますが、防御力に関しては一般人と変わりないですよ。一発貰えば、重体です。」
「貰う直前に、後ろに飛んで衝撃を吸収するようにします。」
「なんで攻撃貰う前提なんですか、まず避けることを考えてください。と言うか、ぶっつけ本番でそんなこと出来るはずないでしょう!」
と、マオはぶつくさ文句を垂れるが―。
「危険に飛び込んで、前世を思い出すのが俺の使命、ですよね?」
この一言で、議論は打ち止めになった。
お世話になった村への脅威を、むざむざ放置できない。という、俺の自己満足を通す形にはなったが、マオがこれ以上引き留めなかったという事は、勝算はそれなりにあるようだ。…リスクが大きいだけで。
でもそのリスクよりも、村に感じている恩義の方が遥かに大きい。
じゃあ、やるしかないよな!
そう心に決めて、俺はマオと共にそっと木から降り、『う、さぎ』目指して森を進んだのだった。
「―雄介さん、準備はいいですか?」
「少し…、もう少しだけ待ってください。」
蚊が羽ばたく音よりも小さい声でのやり取り。
今、俺たちの数メートル前には、大きな体躯がこれでもかと存在感を放っている。そして、その存在感の大きさに比例するかの如く、獣特有の強い匂いが顔面に叩き付けられていた。
一方『う、さぎ』はと言えば、先ほどいた川辺から少し離れたところで何かを漁るのに夢中のようだ。風下に陣取った俺たちにまだ気づいていない。
心の準備をするくらいの時間は取れそうだ。
「少しだけですよ、私も怖いので。」
付き合わせてしまって申し訳ない。
帰ったら何でもしますから、許してください。
「ほんとに何でもしそうで怖いですね。」
マオの溜息を耳にしながら、俺は建てた作戦を思い返す。
そう。件の木を降りてから、ここに来るまでの間に、俺たちはある程度の作戦を建てて来ていたのだ。
あーいや、作戦を立てたといっても、風下から近づこうくらいのもので、ほとんどの時間は「俺の体について」に費やしたんだけど。
つまり、“どれくらい俺は動けるのか?”についてだ。
これを把握しない事には、流石に無謀にもほどがあるしな。
というわけで、軽くジャンプして見たり、木にぶら下がってみたりと、走りながらいろんなことを試してみた。
その結果、分かった事は二つ。
先ず一つ目は、大体女神様と同じくらいに動けるという事。
俺の体はしっかり猫のしなやかさをトレース出来ているらしく、自分でも驚く程よく動けている。これだけ動けるなら、『う、さぎ』もなんとかなりそうな気がしてくるが、それはきっと気のせいなんだろう。マオの緊張の糸が切れないあたり、これくらいじゃまだまだ安心できそうにない。
そして二つ目は、槍の使い方がまるで素人だって事。
ここまで大事に背負ってきていた槍だったが、実際使ってみると、どう扱っていいか全然わからなかった。
でも、仕方ないじゃないか!現代の日本人だぞ!見様見真似で突くぐらいしかできるわけない。
だがしかし、これが槍の強い点である。
見様見真似でただ突くだけで十分武器として機能してしまうのだ。もちろん適当に叩いて使うでも、問題なく威力を発揮しそうである。
そんな武器に猫の身体能力が加われば、何とかなるかもしれない。
そう思わせるほどには、空を突いた俺の渾身の素振りは、俺の耳に風を切り裂く鋭いを音を届けてくれたのだった。
よし―っ!
「大丈夫です、行きましょう。」
あの素振りの感覚を思い出しながら、俺は覚悟を決めた。
「分かりました。あ、最後に一つ確認です。危なくなったら―。」
「逃げるですよね。大丈夫です。」
「はい、ならいいです。退却の隙は私が作ります。」
そう。それが約束だ。
正直上手く逃げられるか分かりませんが、とマオは苦い顔をしていたが、それでも俺の我儘に付き合ってくれるのはとてもありがたい。
最悪、女神様だけでも逃がさなければ、と改めて気合を入れ直した。
―さぁ!こっからが本当の冒険の始まりだ!
「では、手筈通りに…。―やぁっ!」
そう俺に告げてから、声を上げてマオが『う、さぎ』の前に飛び出す。
“手筈通り”。
―そう、実はもう一つだけ作戦を練っていたのだ。
マオが囮で、俺が仕留め役という作戦を。
それは、マオが持っている武器は剣であり、あの巨体に致命傷を与えるのは厳しいといのが一つの理由だ。槍ならば、内臓を貫けば一撃でなくても絶命に至らしめられるだろうとの事。
素人が剣で腕や首を落とすなんて、それこそファンタジーの中にしか存在しない。ましてやあの巨体である、言わずもがなだろう。
そしてもう一つの理由は、マオの方が体の扱いに慣れてるという事。
囮役はもちろん、相手の攻撃を引き付けて避けるという動作が求められる。
先程、俺もマオくらいに動けるとは言ったが、まだ能力が目覚めて間もないので、危険と判断された。もちろん俺はそれに反論を試みたのだが、確信が持てない物に命を預けられないとあっさり却下された。
言われてみれば、さもありなん。囮役がやられれば、もう一人も危ない。
それでも、マオの方が危険に晒されるのは間違いなく、女神様第一主義の俺としてはその作戦に賛成できずにいたが―。
『じゃなきゃ、帰ります。』
の一言に、折れるしかなかった。
え?女神様第一主義なのに、結局危険に晒すんじゃないかって?
いや、女神様(の言う事が)第一主義なのだ。女神様の言う事は絶対だ。
―とまあ、こんな具合でこの作戦は相成ったわけだ。
つまり俺がこの後やることは、隙を見て『う、さぎ』を貫くことである。
それができるように、マオが『う、さぎ』を誘導してくれる手筈だ!
「こっちですよ。」
―グルルルルッ!
飛び出したマオは声を発して『う、さぎ』の注意を引く。もちろん言葉なんて通じないが、身を潜めている俺が悟られない様、注意を惹き付けるには十分だ。
そして、そのマオを肉眼で捉えた『う、さぎ』は既に臨戦態勢に入っている。どうやらマオが威嚇として抜いた剣を特に注視しているようだ。
思っていた以上に賢い。人間よりも、あの鉄の塊の方が脅威だと認識しているようだ。
そしてマオもそれに気づいたのか、剣の切っ先を『う、さぎ』に向けながら、クマの向きが俺と正反対になるようにじりじりと動き出した。ただし、その動きは慎重で少なくとも早くはない。
えーとたしか、『う、さぎ』が攻撃の挙動を見せたら俺が出ていき脇腹辺りを刺せ、だったよな。攻撃を受けることになるマオはもちろん心配だが、避けるくらいは難しくないとの事。今はそれを信じよう。
だから、じっと、チャンスを待つんだ!
…。
手に汗握る緊張の中、じりじりと移動していたマオが丁度いい辺りで動きを止めた。俺が脇を狙いやすい、そんな好位置。
そこに辿り着くのにかかった時間は一体どれくらいだろうか。体感的には五分くらいだが、おそらくそれは事実とは程遠いのだろう。
ふと握りしめた柄が汗で湿るのを感じ、急いでそれをズボンで拭う。ただ見ていただけの俺でさえこの緊張感だ、マオの心労は計り知れない。
手が滑ってチャンスを逃す、とか笑えないな―。
「やあぁっ!」
頃合いを見て、マオが切りかかる。
合図だっ!
それを迎撃するために『う、さぎ』が体勢を整え始める。予定通りだ。
後はっ!俺がとどめを、刺すだけだ!
「うおおおおおっ!!」
『う、さぎ』が腕を振り上げながら立ち上がる動作を始めたのを確認した俺は、槍を構えて突撃を始める。
マオはこの後、実際には攻撃を加えず、『う、さぎ』の反撃を避ける手筈だ。
その『う、さぎ』の攻撃開始から空振りまでの隙を狙いすまして、脇腹あたり、出来るなら心臓を一突きにしたいっ!
「雄介さん、今ですっ!」
マオが離脱と共に声を上げる。
そう!あとは、俺が刺し貫くだけだ!!!
「いっけええぇっ!!!」
絶叫しながら脇腹めがけて突撃する。
さながらバンザイ突撃だ。いや、でも俺は死ぬつもりはないん、だけどっ、なっ!
―突き刺す直前に体を捻らせ、更に刺突力を高める。
突撃の助走から突き刺すまでの体の使い方まで、すべてが人間の域を超えた動きだ。捨てたはずの野生が俺を突き動かし、全力を超えた突きが今『う、さぎ』へと―、届いた!
―ザスッ!
「ぐぅおおおおおおおおおおお!」
「―え?」
ところが『う、さぎ』は大きな叫び声と共に、こちらを向き腕をもう一度振り上げ始めた。
いや、ちょっと待て!俺の槍は!?確かに刺さったはずだろ!?
混乱の最中、視線をだけを矛先に向けてみると、―確かに槍は刺さっていた。刺さってはいたのだが、残念なことに刺さったのは先端だけだった。
致命傷どころか、軽傷だ。
これじゃ『う、さぎ』の動きを止めるなんて出来るはずがない。
そして―。
『う、さぎ』が振り上げた腕は、今、無慈悲に俺に向かって振り下ろされようとしていた。
「雄介さんっ!!」
マオが叫ぶ。
助けに来ようとしてるのかもしれないが、マオは先ほど『う、さぎ』の攻撃を大きく避けたところだ。
おそらく間に合わないだろう。
となると、あとは俺の魂の記憶に頼るしかない。
目の前に迫る死―。
その間際、自然と遅くなる時間の中、脳がフル稼働で生存を模索する。
ネコの記憶を思い出した時と同じ、あの感覚だ―。
「(こいっ、こいっ!俺の前世、こいっ!そして俺を助けろ!!!!)」
全力で願う。
全力で脳がフル稼働する。
―しかし!
一向にその瞬間はやってこない!
なんで、なんでっ―!?
あー、くそ!もうダメだっ!!
諦めて目を瞑ったその時―。
「おおおおおおおっ!」
―バンッ!!!
大きな叫び声と共に、鉄板が叩かれる大きな音が鳴り響く!
「ぐあっ!」
その呻き声に目を開き、声のした方へと振り向くと、何とそこにはおっさんが木に叩きつけられていた。
おっさん!?なんでここにっ!!
―続―
お疲れ様でした。
とうとう序章のラストバトル突入しました。
あまり戦闘シーンは書くの得意じゃないので、かなり苦労して書いてます。
次回もまだ戦闘が続きますが、温かい目でご覧いただけると嬉しいです。
では最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。
次回もお待ちしています。
是非とも評価、いいね、コメントをお寄せください。ブックマークもお願いします。
このページを下にスクロールして頂くと出来ると思います。
めんどくさいかもしれませんが、助けると思って、ひとつお願いします
すると次回は少し早く上がるかもしれません。