21.凶報
ぜんかいのあらすじ
村を一人さみしく散策してたら、変な人にあったぞ。
これは早く家へ帰ってウドの天ぷらを作るしかないじゃないか!
「天ぷらは盲点でしたぁ、雄介さんナイスですぅ。」
「いえいえ、お礼はシイラさんに言ってください。よろしく言ってましたよ。」
目を覚ましたばかりの女神様は、天ぷらを目の前に目を輝かせる。
でも、盲点って。
「天ぷら、もしかしてこの辺だと食べないんですか?」
「そうですねぇ、今度会った時に言っておきますぅ。でぇ、天ぷらはここら辺では聞きませんねぇ、他の国に行けば作る地方もあるかもしれませんが。」
ふーん。
まあ、料理なんて地域が変われば、全く違うからな。無くても不思議ではない。
「でも、片栗粉が見当たらなかったので、小麦粉だけの即席です。あと、氷もないですし。」
なくても勿論美味しく頂けるが、やっぱりあったほうが美味しいと思う。
ちょっと残念だ。
あぁ、ちなみにだが、山菜獲りが趣味の人で天ぷらを作れない人はいない、と断言しておこう。もちろん、俺もその例に漏れない。
「いえ、十分ですよ。氷…は少し厳しいですがぁ、片栗粉は似たようなものはちゃんとありますぅ。まあ、たしかにこの家にはおいてないようでしたが。」
「へぇ、そうなんですか。でもまあ、とにかく頂きましょう、お腹すきました。」
二人手を合わせて、食事を始める。
この口内にあふれる香り。至福の瞬間だ。…サクッと感は少し足りないが。
「というか、女神様。いつの間に町の人と仲良くなったんですか?」
今朝のシイラさんを思い出しながら、食事の片手間に聞いてみる。
あー、お米が欲しいなー。
「この家は私にとって他人の家ですからねぇ、いつまでもいると不審に思われますぅ。村の人からしても、ただの旅人ですしぃ。なので、その根回しの一環ですよぉ。でも、村に初めて来たときから思ってましたが、ユウさんの家族は村のみんなとかなり親密だったらしいですねぇ、村を回ってみて改めてそう感じましたぁ。ユウさんの恩人ってだけで、もう十分すぎるくらいに信用を得てしまっていたらしくてぇ、特別に何かする必要は無かったですぅ。ふつうに、挨拶に回ったくらいですねぇ。」
なんと。
俺が寝込んでいる間に、女神様はそんなことをしてくれてたらしい。
「…何してるんですぅ?」
「拝んでます。ありがたや、ありがたや。ウドの天ぷらをどうぞ。」
天ぷらの皿を押し出しつつ、深々と頭を下げた。
「うむ、くるしゅうない。…でも、やっぱりお米欲しいですねぇ。見かけたら買いましょう。」
ですよねー。
パンをちぎりながら、二人お米に思いをはせる。
でも、お米はちゃんとあるらしいぞ、楽しみだぜ。
「でぇ、これは何ですか?」
ふと、女神様がテーブルの上でくしゃくしゃになっていたビラを広げて読み始める。どうやら、ずっと気になっっていたらしい。
えーと、カクさん…だったかな?
とにかくその彼からもらったビラは、あの後、ウドに巻きつけるのにちょうどいいと、新聞紙の様に使っていたのだ。
くしゃくしゃなのは、そう言ったわけである。
「アイミー教、女神マイン…、へー、どこにでもこんなのあるんですねぇ。」
「変わった人に勧誘されました。女神様は知ってますか、女神マイン。」
「いいえぇ、聞いたこともありませんねぇ。」
まあ、気にしなくていいでしょう。と、女神様が付け加える。
そりゃそうだ。宗教勧誘なんて、どこでもあるもんな。
「そうですね、忘れましょう。あ、そういえば帰りに皆に声かけられましたよ。同年代の子から、ご年配の人まで。ありがたいですが、おかげで表情筋が音を上げてます。」
「仕方ないですぅ、諦めてください。」
「まあそうなんですが、心は痛いです。俺にとっては知らない人、みたいなもんですし。」
どうやら、作り笑いによる疲労はどこの星にいても変わらないらしい。それを身をもって経験したよ、疲れた。
でも、あれだな。こうやって何でも話せる女神様がいてホントに良かった。
もし一人だったらと考えると、恐ろしくてたまらない。
…うん。
また拝んどこう。ありがたや、ありがたや。
そうして、俺が両手をまさにこすりつけていた時―。
―ドンドンドンッ!
「おーいっ!」
突如ドアをたたく音と共に、おっさんの声が居間に響いた。
「いるか、二人とも!ちょっと出てきてくれねーか!」
その声にすかさず、俺は箸を置き、女神様はマオへと姿を変える。
おっさんのその声色は、凶報があると伝えるに十分すぎるものだった。
「すまねぇな、二人とも。とりあえずついてきてくれ。」
玄関へと二人で出ていくと、うかない顔をしたおっさんはそれだけを告げて、無言で歩き出した。
その後を追い、村の入り口辺りまでたどり着いたとほぼ同時に、何を言われずとも呼ばれた理由を理解してしまった。
理解?―いや、そうじゃない。
予想通り、だった。当たってなんて、微塵も欲しくなかった予想だが。
「日が経ってしまって、面影はほとんど残ってないですが、服装と背格好から恐らくジョーさんとヨウコさんだと…。」
それでもクルトが、そう教えてくれる。
そこには全身に布を掛けられた、人くらいの大きさの何かが二つ、地面に横たわっていた。
…。
思わず立ち尽くす俺。―それは数秒だったのか、それとも数分だったのか。
とにかく、酸欠を訴える肺に、忘れていた呼吸を思い出させられた俺は、ゆらゆらと地面に横たわるそれらに近づいて、手をそっと伸ばした。
「ユウ、止めた方が…。」
クルトが止めに入るが、おっさんが首を振って止める。
俺はそれを横目で捉えつつも、しかしながら、被せてあった布をそっと取り去ったのだった。
「…。」
もうあれから四日経っている。
二人の顔はほぼ崩れ、骨も所々見えている。雨が続いたおかげか虫はそれ程湧いていなかったが、ところどころ獣に食いちぎられた箇所が散見された。
傷んだ肉体から二人が父さんと母さんとは見て取れないが、着ている服が今朝女神様に見せてもらったそれと同じだ。
…間違いない。
間違いなく、父さんと母さんだ。
「おっさん、クルトさん、それにみんなも。こんな状態になってしまった二人を連れ帰ってきてくれて、ありがとう。大変だったよね。」
運ぶのも大変な状態の上、当然異臭も漂っている。
俺の感謝の意に、声を返せる人は…さすがにいなかった。
「俺、やっぱり記憶が戻らないみたいで、ごめんなさい…。気の毒だとは思っても、悲しいとは思っても、他人事の様にしか、感じられないっぽい…。なのに、なんでだろう、涙が止まらないのは…。なんでだろうね。」
まるでテレビで殺人事件のニュースを見ているような、そんな俺の内心とは裏腹に、なぜか涙が溢れて止まらない。壊れた蛇口から水が溢れ続けるように、いくら堪えようとしても、涙はとめどなく流れでてくる。
それでも頭はひどく冷静で、吐き出したその冷たい声には、少しの乱れも混ざっていない。
そんな異様な俺を前に、周りの皆はただその場で立ち尽くすしか無いようだった。
「ユウさん。」
いや、その中でひとりだけ。
マオだけが俺に近づいて、捲られた布を優しく元に戻してから、俺の手をそっと取ってくれた。
「女神様。」
優しい彼女にだけ聞こえる声で、呟く。
「鬼殺隊はどこに行けば入れますか。」
「こんな時に何言っ―。」
俺はそう問いかけてからマオに顔を向けると、マオは言いかけた言葉を途中で飲み込んだ。
俺は真剣な顔つきそのもので、涙だけが未だとめどなく溢れ続けている。いつの間にか、手も力いっぱい握りしめていたようだ。
そんな俺を目の当たりにしたマオは、ゆっくりと目を閉じ、一つ大きく息を吸ってから答えてくれた。
「残念ながら、奴隷商人は基本国家ぐるみです。仮に、そんな隊があったとしても、民間団体一つでどうにかできる規模じゃありません。」
「そう、ですか…。」
聞きたかったことを、あんな質問だけで全部答えてくれる女神様。
ユウと一緒に悲しんでやれない俺だからこそ、何かユウのためにしてあげたくて聞いてみたけれど…。
どうやら世界の理不尽さに対する怒りを、ユウの憎しみと同調させるくらいしか許されないらしい。
いや!それはあまりに、あんまり過ぎるだろ―!。
「女神様と一緒なら、あの奴隷商人グループ一つくらいなら何とかなりませんか?」
何もできない自分への怒りをどうにか抑えつつ、更に問いかける。
そうだ。
別に奴隷制度を廃止したいわけじゃない、ただ、あいつらに報いを受けさせたい。それだけだ。
「残念ですが、それも無理です。チンピラ数人なら相手できますが、兵士数人だとお手上げです。ましてや、奴隷商人グループのバックは国ですから。」
軍隊レベルです、とのことだ。
それなら仕方ない。
怒りに任せて無鉄砲になれるほど俺は若くない。
そんな自分の冷静さに腹が立つが―。
仕方ない。
「じゃあ、出来ることは一つですね。」
そう言いながら俺はすっと立ち上がり、おっさんの方へ向き直る。
気持ちを切り替えよう、出来ることからやるんだ。
まずは―。
俺の後ろでマオが同じように立ち上がる気配を感じつつ、おっさんへ確認を取る。
「ルイはまだ見つかってないんだよね?」
「ああ。…すまない。まだ、捜索中だ。」
「じゃあ、俺が今から森に行ってくるよ。記憶は戻ってないけど、襲われた時の記憶はおぼろげながら思い出してきたから。ルイと別れた場所に戻ってみる。」
「いや危険だ、一人では行かせられねぇ。あそこには今―。」
「うさぎ、だよね?」
昨日見た張り紙を思い出す。
注意喚起がなされていたのは、例のあの付近だったはずだ。もしかしたら、捜索が難航したのは天気のせいだけじゃなかったのかもしれない。
「あ、ああ。そうだ。だから、俺たちも一緒に―。」
おっさんが少し眉をひそめてから、途中で遮られた言葉を続けるが―。
「私が一緒に付いていきます。皆さんはお疲れでしょうし、休んでいてください。」
マオがまた、おっさんの言葉を遮った。
「いや、マオさんがいくら強いからって、それでも二人だけじゃ…。」
「討伐するわけじゃないので、遭遇したら逃げるだけです。それでも、守れるのは一人が限度だと思います。なので、皆さんは村で待っていてください。それに―。」
マオはここで一つ間をおき、笑顔を皆に投げかけてから―。
「この村には良くして頂いたのでお礼がしたいのです。」
と、とどめの言葉を言い放った。
しばらく周りがシンと静まり返る。
「―わかった、ユウはマオさんに任せる。」
「でも、ライルさん!」
クルトがおっさんの決定に、食い下がる。
「マオさんの強さは、一昨日お前も見ただろう。信じて待とう。」
「…。分かりました。」
おととい?俺が寝込んでたときか?
女神様は一体何してたんだろう。
「では、今から向かいます。…あ、流石にユウさんが手ぶらだとアレですので、何か武器を貸していただけませんか?」
「ああ、分かった。借りると言わず、持っていってくれ。何がいい?」
「ユウさん、何がいいですか?」
武器?
それは予定外だった。異世界に来たんだから、武器の一つや二つ手にする時がくるだろうと思っていたが、こんな急に言われるとは。何も考えてないぞ?
うーん…。
「あまり悩まなくていいですよ、護身用なので。インスピレーションで言ってみては?」
「おう、曲がりなりにも商人だ。大体の物は揃ってるぞ。」
女神様とおっさんが、急かしてくる。
いや、急かされてはいないんだろうけど、早く決めないと悪いな。
うーん、じゃあ―。
「槍、で。」
80年生きて得た知識の中から、一番強い近接武器と言われていたはずの武器を選び出す。
たしか、そうだったよな?
「わかった、ちょっと待ってろ。」
言うや否や、おっさんは自分の家へと駆けて行く。
俺たちも準備のため一旦家に帰ろう。
そう女神様と目でやり取りしていると、クルトがおずおずと話しかけてきた。
「あの!今夜、二人の葬儀をするから!だから、必ず帰って来いよ!」
その言葉に俺たちは深く頷き、周りの皆にも頭を一つ下げてから、おっさんの後を追った。
「おっさん!」
俺の呼びかけに、足を少し緩めたおっさんと共に村へと速足で戻る。
家の前に着いた頃、「準備出来たら、おっさんの家に行くから。」とそう約束して、一旦家の前で別れたのだった。
―続―
お疲れ様でした。
本話から、第一部の最終局面に入ります。
たいしたことは怒りませんが、ゆっくりお待ちください。
では、是非とも感想をお待ちしております。
それでは最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。
次回もお待ちしています。
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