シニガミくん
目を覚ましたのは自動車の後部座席でだった。
酔っ払ってタクシーで眠ってしまったのかな。
変だな、タクシーにしてはオープンカーだ。
「気がつきましたか?」
運転手さんが声をかける。
紺のブレザーを着た、若い男の子だ。
「ええ、寝ちゃったようですね」
「皆さん、気がついた時はそうおっしゃいます。今のうちに、どこか行っておきたいところとか、見ておきたいところはありますか?」
「今のうちに、って?」
「だから、旅行に出かける前にです」
「旅行に…出かける?」
「まだ、事態が飲み込めていないようですね。家とか職場とか見ておかなくていいですか?」
「はあ?」
「ご家族は?」
「嫁と息子と娘がいますが…」
「そうでしたね。お仕事は?」
「ヤクシャです」
「そうでした、そうでした。お名前はニブさんでしたよね」
「え?」
「ニブさんですよね」
「ミブ、ですが…」
「え?公務員のニブ・シンタさんじゃないんですか?」
「俳優のミブ・シンヤです」
「でも、さっき、お勤めはヤクショだと…」
「いえ、ヤクシャ、と言ったんですが」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
車を止め、タブレットのようなものを立ち上げて何やらデータを調べている。
「やべ、やっちまったよ」
「どうしたんですか?」
「間違った人を連れて来ちゃった」
「私、死神なんですけどね。違う人をあの世へ連れて行くとこでした」
「ちょっと、どういうことです?」
「火葬まで後5分です。すぐに娑婆にもどります」
ぼくの遺体の火葬まで、あと5分。
「飛ばしますね。オープンカーだから、振り落とされないようにしっかり掴まっててください!」
死神はそう言ってアクセルをふかした。
「死神を始めて日が浅いんですか?」
シートにつかまりながら尋ねてみる。
「ええ、まだ3ヶ月なんです。もともと、車のセールスをやってたんですけどね。事故っちゃって…」
「そ、それは大変でしたね」
「その時、迎えに来た死神が、うちで働いてみないかと誘ってくれて」
「死神からスカウトされたんですか」
「ええ、人手が足りないからって」
「危ない!」
スピードを落とさず交差点を右折し、正面から来た大型トラックがクラクションを鳴らす。
「気をつけてくださいよ」
「はい、死ぬかと思いました」
「死神でも、そんなふうに感じるんですね」
「でも、急がないと。みぶさんの体が火葬されちゃうともうこの世に戻れなくなっちゃうから」
瓜破の斎場が見えてきた。
「時間がないから、火葬場に飛び込みます」
そういって、斎場の入口に車ごと飛込み、急ブレーキをかける。
勢いあまって、ぼくは放り出され、今にも釜の中に入ろうとする棺の中へ…
棺桶の蓋を跳ね除けて起き上がった途端、周囲で悲鳴が上がった。
釜前で読経していたお坊さんは腰を抜かして念仏を唱え始め、焼香していた嫁は何を思ったか
「悪霊退散!」
と、声を上げて数珠を投げつけて来る。
「息を吹き返されました。ごく稀に仏様が蘇生されることがあるんです」
そう説明する職員に対し、長男が尋ねる声が耳に入った。
「この場合、香典は返さなきゃいけないんでしょうか?」