第8話 皇弟セイバルト
ネアルダークが執務室で仕事をしていると弟のセイバルトがやって来た。
セイバルトは現在12歳。体が生まれつき弱くて自室にいる時が多い。
ネアルダークにはセイバルトの他に妹が一人いる。
「兄さん。ちょっといいですか?」
セイバルトが控えめに発言する。
ネアルダークは仕事の手を止めてセイバルトを見る。
「セイバルト。ベッドから出て大丈夫なのか?」
「うん。今日は体調がいいんだ」
「そうかそれなら良かった。何か用事か?」
ネアルダークは執務机からソファに移りセイバルトに座るように勧める。
「仕事中邪魔してごめんね」
「かまわないさ。お前は余の大事な弟だ。弟のために時間を割くのは何でもないことだ」
「ありがとう。兄さん。実は噂を聞いて」
「噂? どんな?」
「十六夜に若い女性が入ったって本当?」
「ああ。リナのことだな。こないだ行われた武術大会で優勝して賞金や賞品よりも十六夜に入りたいと申してな。実力もあるから認めたのだ」
セイバルトはネアルダークの言葉に驚いたようだ。
「武術大会で女子が優勝したの? それって初めてのことだよね?」
「そうだな。リナは日本人と帝国人のハーフで年齢は17歳ということだったはずだ。そうだよな? アルファ」
ネアルダークは執務室の隅で皇帝の警備をしている十六夜のアルファに尋ねる。
「はい。陛下。おっしゃる通りです」
アルファが答える。
「17歳? すごいね」
セイバルトは目を丸くする。
「それがどうかしたのか?」
「ううん。その子が兄さんの寵愛を受けた娘なんじゃないかと聞いてさ。十六夜に入隊したのはカモフラージュのためじゃないかって聞いたから」
「誰がそんなことを?」
「いや、噂で聞いただけなんだ。兄さんの愛人じゃないよね?」
ネアルダークは溜息をつく。
「違うに決まってるだろう。それにカモフラージュするにしても十六夜に入れることはないと思うぞ。十六夜の仕事の激務はお前も知っているだろう?」
「うん。十六夜の組織については勉強した」
「それに十六夜も今まで男所帯だったんだ。そんなところに自分の愛する女性を置くわけないだろう」
「でも逆に愛人を守るために十六夜に入れたって聞いたけど」
「くだらぬ噂だな。セイバルト、噂に振り回されるな。余はまだ結婚はしない」
「それもどうかと思うけど……」
ネアルダークは26歳だ。
皇帝という地位を考えればそろそろ結婚をと周囲は騒ぎ始めている。
それというのもネアルダークに弟はセイバルト一人。
セイバルトは体が弱く、もしネアルダークに何かあってセイバルトが皇帝になっても皇帝の仕事ができるか分からない。
セイバルトの他には19歳になるネアルダークの妹に当たる皇女がいるが皇女は結婚したら皇位継承権は無くなる。
今は政治から離れてはいるが先代皇帝は生きている。
だから最悪先代皇帝が再び皇帝位につくこともできるがそれを面白く思わない人物がいる。
ネアルダークの叔父のクリシュナだ。
クリシュナは何かとネアルダークの政治に口を挟んで来る。
ネアルダークは無視しているがクリシュナはあわよくば自分が皇帝にと思っていることは言葉の端々に表れている。
ネアルダークの祖父は一人っ子だったこともあり、皇帝家は存続の危機の中にある。
セイバルトは自分がもっと体が丈夫であれば兄さんに重荷を背負わせずに済むのにと何度も思って来た。
だから十六夜に入った女性が皇帝の寵愛を受けている女性と聞いて愛人ではなく正妻にしたらと言いにやって来たのだが噂は事実ではなかったらしい。
「でも噂が違うなら仕方ないや。ようやく兄さんも結婚する気になったのかと思ったんだけど」
「セイバルト。周囲がとやかく言っても気にするな。お前は余の大事な弟だ。そして現在の皇位継承権第一位の者としてもっと威厳を持って振る舞え」
「うん。分かったよ。兄さん。じゃあ、僕は部屋に戻るから」
「ああ。気をつけてな」
セイバルトは部屋を出て行った。
「アルファ。今の噂の出処は分かるか?」
「噂自体初めて聞きましたがおそらくはあの方ではないかと。正確に調査せよとのことでしたら調査しますが」
「調査しなくていい。どうせクリシュナ叔父上であろう。あの人は余の評判を落としたいのだ」
ネアルダークは執務机に戻って仕事を再開した。