第5話 引っ越し準備
「なんだって? 本当に皇帝陛下に十六夜のメンバーになりたいと言ったのか?」
リナが自宅に帰って十六夜になるから引っ越しすると父に告げると父のコレットは驚いたように声を上げた。
「そうよ。お父さんだって今が十六夜に入るならチャンスだって言ってたじゃない」
「それはそうだが。それにしてもよく皇帝陛下が許可されたな」
「十六夜のリーダーのシヴァ・ガルマンという方が口添えしてくれたの。実力は申し分ないって」
「シヴァ・ガルマン?……ああ、ガルマン侯爵家の者か」
コレットは思い出すように呟く。
「シヴァを知っているの?」
「帝国人ならガルマン侯爵を知らない者はいない。皇統に繋がる名門貴族であり幅広く商売にも手を出している。日本にも関連企業がいくつもある」
「もしかしてガルマングループのこと?」
「そうだ。ガルマン侯爵はガルマングループの会長を兼任している」
「へえ。さすが十六夜のリーダーね。名門の出なんて」
リナはシヴァの貴族のような雰囲気を思い出した。
十六夜のメンバーは上流階級の出身者が多いと聞いたことがある。
もちろん貴族でなくても実力があれば十六夜にはなれる。
「でも明日引っ越すなんて急なお話ね」
母の華子も急な話に戸惑っている。
「私もそう思ったんだけど一日でも早く十六夜の仕事に慣れたいし」
「まあ。お前が十六夜を目指すことは分かっていたから反対はしないさ。よし引っ越しの手伝いをするぞ」
「ありがとう。お父さん」
「武人の職場とはいえ女の子は身だしなみも大切よ。そのことを忘れないようにね。リナ」
「分かってるわ。お母さん」
リナと両親は急いで引っ越しにための荷物を纏め始めた。
必要な生活用品は揃っているらしいから後は私物をどれくらい持って行くかだ。
母の華子がリナが不自由しないようにとあれもこれも持たせようとするのを押し留めながらリナは準備をする。
「お母さん。そんなに持ってはいけないわよ」
「でもねえ……」
「大丈夫よ。足りない物があったら後で買うから」
「そお?」
するとコレットがリナに箱を渡す。
「これはお前が十六夜になったら渡そうと思っていた物だ。持って行きなさい」
リナが箱を開けると一丁のハンドガンが入っている。
「これはワルサーP99ね。ありがとう、お父さん」
十六夜の真髄は武術とはいえ仕事では銃やナイフなどを使うことも多い。
日本国では銃の所持は許可制だが第二日本帝国は銃の所持に許可は必要ない。
それは帝国人が銃弾をかわすほどの反射神経を持っているから銃という武器を怖がっていないことが背景にある。
帝国人を銃で狙うならスナイパーで狙うか不意をついて銃撃するかしかない。
リナの実家のパン屋は日本に本店があるが帝国内にも支店がある。
武術大会に向けての練習のためリナは一年前から帝国内の支店のパン屋を手伝いながら帝国内に住んでいた。
だからこの家にリナの生活用品は置いてある。
コレットと華子は日本と第二日本帝国を行ったり来たりの生活だ。
リナはコレットから銃の撃ち方も教わっていた。
ワルサーP99はリナが昔から使っている馴染みのあるハンドガンである。
コレットはそのハンドガンの新しい物をくれたのだ。
「十六夜の仕事は多岐に渡る。お前は十六夜にいる限り皇帝陛下の身を守る楯だ。充分気をつけてな」
「はい。頑張ります。お父さん」
コレットはリナの頭を撫でてくれる。
「おい。リナ。話は聞いたぞ。お前十六夜になるんだってな」
そこに祖父の如月誠一郎がやって来る。
「おじいちゃん。ええ、そうよ。明日から十六夜に入って皇宮に住むの」
「そうかそうか。お前の夢であったものな。だが辛かったらいつでも帰ってきていいからな」
「大丈夫よ。どんなことがあってもへこたれないわ。私は根性だけはあるから」
「そうだな。私の訓練を耐え抜いたんだ。リナはどんなことがあってもどこに行っても乗り越えられる根性があるはずだ」
コレットは苦笑しながらリナに言う。
「お父さんのしごきは辛かったけどおかげで今の強さがあるわ。これからの活躍を見ていてね」
「ああ。思う存分やってこい」
リナは明日からの新生活に期待を膨らませた。