第2話 十六夜志望
リナは武術大会後、シャワーを浴びて着替えて皇帝ネアルダークとの謁見に臨むため移動の車に乗る。
謁見の場は皇宮の中にある。
武術大会の会場からは車で移動しなければならない。
皇帝と会えるのは武術大会優勝者だけなので父たちはついて来ない。
リナは皇宮の姿が車の窓から見えると緊張した。
今までリナは皇宮に入ったことはない。
皇宮は第二日本帝国と改名する前から建っているものでいくつもの宮殿に別れている。
謁見の場があるのはイバルツ宮と言われる宮殿の中でも大きめな宮殿だ。
車から降りると一人の青年が迎えてくれた。
年齢は20代後半ぐらいの騎士服を着ている青年だ。
リナはその青年を見た瞬間心臓がドクンと音を立てた。
(なんて綺麗な人なの)
その青年は整った顔をしていて纏う雰囲気に隙がない。
貴族の青年のようで百戦錬磨の戦士のような感じも受ける不思議な青年だ。
「リナ・キサラギ・ファインさんですね。私はシヴァ・ガルマン。十六夜のリーダーをやっています。皇帝陛下のもとまでご案内します」
帝国訛りのない綺麗な日本語だった。
それにしても十六夜のリーダーが出迎えてくれるとは。
『十六夜』は皇帝直属の武人の部隊のこと。
メンバーは十六名在籍していてそれ故に十六夜と呼ばれる。
そして十六夜の中で特に武術に優れている六人の者を『六武衆』と言う。
武人を目指す者にとって十六夜は憧れと尊敬を集める存在だ。
実はリナの父親のコレットは今こそパン屋の経営をしているが若い頃は十六夜の六武衆の一人だった。
だからそのコレットに幼い頃から武術を習っていたリナはずば抜けた強さを手にすることができた。
父のコレットから十六夜の話を聞くたびにリナはワクワクして瞳を輝かせて話を聞いていた。
もちろん十六夜の仕事は綺麗な仕事ばかりではないと今では理解している。
それでもリナは十六夜に強い憧れを持っていた。
その十六夜のリーダーの青年が目の前にいるのだ。
興奮するなという方が無理というもの。
「よろしくお願いします。シヴァ様。私、十六夜の方に憧れていたんです。握手してくれませんか?」
シヴァは一瞬リナの言葉に驚いたようだったが苦笑交じりに右手を差し出す。
「リナさんは面白い方ですね。どうぞ」
リナはシヴァと握手をする。
するとシヴァの手は武人の手を証明するかのように剣だこがあり堅い掌だった。
(やっぱり十六夜の方は本物の武人ね)
リナと握手をした後にシヴァはリナをイバルツ宮の中に案内してくれた。
廊下にはふかふかの絨毯が敷かれていて所々に高価そうな美術品が飾られている。
一つの宮でしかないイバルツ宮だけでこんなに大きいなら皇宮全体はどんな広さなのかと思うぐらいに歩いても歩いても謁見の間に着かない。
何度目かの角を曲がった時扉の前に兵士のいる部屋に辿り着く。
「ここが謁見の間です。陛下は既に中におられます。失礼のないようにお願いします」
シヴァはそう言うと扉を開けた。
「陛下。武術大会の優勝者リナ・キサラギ・ファイン様をお連れしました」
シヴァの声が凛と広間に響く。
リナは頭を下げて部屋に入る。
皇帝の許可があるまで頭を上げられない。
自分の足元を見ながら玉座の前まで進む。
「待ちかねたぞ。面を上げよ」
リナは頭を上げる。
そこにはテレビなどでしか見たこと無い皇帝ネアルダークが玉座に座っていた。
その左右を男性たちが立ってリナを見ていた。
「そなたの活躍見事であった。その年齢でしかも女性で屈強な男たちを倒していく姿はあっぱれであったな」
「恐れ入ります」
ネアルダークは現在26歳の若い皇帝だ。
三年前に先代の皇帝が退位して皇帝の座に就いた。
前皇帝のネアルバインはまだ健在だが政治から離れて離宮で暮らしているという。
「リナという名前だったな。優勝賞金として10億円と商品としてダイヤモンド鉱脈の掘削権を与える」
「ありがとうございます。陛下。しかしもし私の願いを叶えてくださるなら優勝賞金も商品も要りません」
「なんだと?賞金も商品も要らぬと?その願いとはなんだ?」
リナは今しかチャンスはないと思いネアルダークに自分の願いを話す。
「私を十六夜のメンバーにしていただけませんか?」
「お前を十六夜のメンバーに?」
皇帝の横に立っていた男性たちに騒めきが起こる。
十六夜に女性が入ったことはない。
だが現在十六夜は一人欠員が出ていてメンバーを募集中であることをリナは知っていた。
普通に十六夜のメンバーの募集に応募しても書類審査ではねられることは分かっている。
だからリナは武術大会で実力を認めてもらい十六夜に入る機会を狙ったのだ。
「ふむ。確かに十六夜には欠員があるが。シヴァ、十六夜の欠員の件はどうなっている?」
「はい。陛下。現在書類審査を行い10名まで絞ったところです」
シヴァは皇帝に報告する。
「まだ決まってはいないのか。シヴァ。お前もリナの試合は見ていたな。十六夜のメンバーに迎えることに力量不足か?」
リナは緊張した。ここでシヴァが認めてくれなかったら十六夜には入れない。
シヴァはチラリとリナを見て皇帝に答える。
「実力は十分かと。多少荒削りの部分はありますが十六夜の訓練を受ければ問題ないと思います。身分も日本の如月財閥の会長の孫ですし父親は帝国人のコレット・ファインですから」
「おお。コレット・ファインのことは余も覚えておる。確か六武衆の一人であったな」
「はい。先代皇帝のもとで六武衆の一人として働いておりました」
「リナ。お前はコレットの娘であったか」
「はい。陛下。コレット・ファインは私の父に間違いありません」
ネアルダークは納得したような顔をする。
「リナの強さはコレットにしごかれたからなのだな。よかろう。リナ・キサラギ・ファインを十六夜のメンバーにする。そのように手配しろ、シヴァ」
「承知しました。陛下」
「ありがとうございます。陛下」
リナはネアルダークに頭を下げる。
念願の十六夜に入隊できるのだ。こんな嬉しいことはない。
父のコネを利用したような気もするがその分これから十六夜として働いて周りに認めてもらおう。
「では十六夜についての仕事の詳細や待遇の説明はシヴァ、お前がやっておけ」
「はい。陛下」
「リナ。十六夜は女も男もない厳しい職場だがお前はそれを自分で望んだんだ。活躍を期待しておるぞ」
「はい。御言葉通りに活躍できるように頑張ります」
「よかろう。では余は私室に戻る。後はお前たちに任せる」
「はは」
シヴァを始め皇帝の左右にいた男性たちが皇帝に一礼する。
皇帝はその中の二人を供に連れて謁見の間を出て行った。
「リナ。十六夜について説明するから私と来なさい」
「はい。シヴァ様」
シヴァは皇帝が出て行った扉とは違う扉から謁見の間を出る。
リナはその後をついて行った。