第1話 武術大会優勝者
リナは控え室で集中していた。
「あと一人………」
リナは呟く。
控え室の中にはリナしかおらず外の観客の歓声もこの控え室には届かない。
「時間です」
扉が開き係の者がリナを呼びに来る。
リナは控え室から出て闘技場へと続く廊下を歩く。
そしてリナは闘技場に足を踏み入れた。
その瞬間大音量の歓声にリナは包まれた。
「優勝はリナ・キサラギ・ファイン!」
審判が高らかにマイクでリナの名前を呼んだ。
「ハア、ハア」
リナは試合が終わって審判に手を掴まれてその手を高々と上げられてもまだ息を切らしていた。
リナの前にはリナと戦い負けた男性が倒れていて救護班の手当てを受けている。
さすがに最後の相手は強かった。
リナも全力を出さなければ倒せない相手だった。
リナが参加したこの武術大会は『第二日本帝国』の皇帝ネアルダーク主催のものである。
武術大国である第二日本帝国の中でもっとも由緒ある武術大会だ。
観客の拍手がリナに惜しみなく注がれる。
この後は皇帝ネアルダークとの謁見があり優勝の商品が渡される。
(これで私も一流の武人として認められることになるわ)
幼い頃から父親に武術を教わり一流の武人になることを夢見てきたリナの最初の目標がこの武術大会で優勝することだった。
この武術大会で優勝した者は皆後世に名を残すような武人たちであった。
その武術大会に僅か17歳でチャレンジしてしかも女性でありながら優勝したリナは異例中の異例である。
リナは控え室に戻った。
控え室にはリナの父のコレットと母の華子と華子の父でリナの祖父の如月誠一郎がいた。
「おめでとう!リナ。よく頑張ったな。お前はやはり武人になるべくして生まれてきた娘だ」
父のコレットがリナの頭を撫でてくれる。
「お父さん。ありがとう。ここまで強くなれたのはお父さんの特訓のおかげだわ」
リナは父親のコレットに抱きつく。
「リナ。本当に優勝するなんて。正直女の子に武術なんてと思ったけどここまでやれれば貴女が武人としての道を進むことにもう反対はしないわ」
そう言ったのは母親の華子だ。
「ありがとう。お母さん」
「リナよ。さすがは我が孫じゃ。最後の帝国人の男を倒すなど並みの者にはできまい。お前は如月家の英雄じゃ」
祖父の誠一郎は興奮しながら話す。
「おじいちゃん。興奮し過ぎるとまた血圧が上がるわよ。主治医の先生に注意されたばかりでしょ?」
「なんのこれしきのことで倒れていては如月財閥の会長は務まらんわ。ハッハッハ」
誠一郎は高らかに笑う。
リナの祖父の如月誠一郎は日本の財閥の一つである如月グループの会長をやっている。
誠一郎に孫はリナしかおらず昔からリナのことを目に入れても痛くないほどの猫可愛がりをしているのだ。
「私が勝てたのは皆が応援してくれたからよ。ありがとう。お父さん。お母さん。おじいちゃん」
リナはニッコリと笑顔を見せた。
リナ・キサラギ・ファインは『第二日本帝国』出身の帝国人の父親コレット・ファインと『日本国』出身の如月華子との間に生まれた一人娘である。
『第二日本帝国』とは今から約50年前に突如この世界に出現した大陸にあった国だ。
大地震と共に日本の千葉県沖に出現した大陸は異界からやってきた大陸だった。
日本は大陸の出現と同時に自衛隊の航空機でその大陸の存在を確認した。
大陸には日本人によく似た姿の人間たちが住んでいた。
彼らは黒髪に黒い瞳で肌も日本人に近い色をしていたが身長は高く帝国人の平均身長は180㎝と言われている。
世界各国が突然現れた大陸に戦々恐々する中、当時の日本の首相である東郷源三郎は各国よりもいち早く新しい大陸の人間たちとコンタクトを取ることに成功する。
それは彼らの言語が日本語と類似しておりすぐに意思疎通ができたことが大きかった。
そして彼らの証言からその大陸はネアル大陸と呼ばれそこにあった国はユーナ帝国という名前であり皇帝が治めていることが分かった。
東郷首相は自らユーナ帝国の皇帝ネアルデナスに謁見を申し入れネアルデナスはそれを受け入れる。
そして後に『六時間対談』と呼ばれる東郷首相と皇帝ネアルデナスとの二人きりで行われた六時間に及ぶ対談でその後の日本の将来が決まった。
皇帝ネアルデナスはユーナ帝国を日本国の一部として存在することを承諾しユーナ帝国を『第二日本帝国』と改名した。
東郷首相は第二日本帝国に自治権を与えて引き続き皇帝ネアルデナスが統治することを認めた。
そして日本にとって嬉しい誤算だったのは日本の領土が拡大しただけではなく第二日本帝国は鉱物資源の宝庫だったのだ。
当時日本は経済大国と呼ばれていたが資源が乏しく多くを輸入に頼っていたがこの第二日本帝国の出現により大きく状況は変化する。
第二日本帝国はその当時C国が独占していたレアアースなどの貴重な資源や油田も数多く持っており皇帝ネアルデナスはそれらを日本に無料で提供してくれた。
そのため資源不足を気にする必要のなくなった日本は世界一の経済大国にのし上がる。
そして第二日本帝国の民は運動能力が異常なまでに高かった。
三階程度の高さならジャンプして登れるし反射神経も優れている。
その反射神経は銃弾さえ避けられるほどだ。
帝国には『帝国流武術』なる武術があり帝国は武術大国だったのだ。
そのため帝国内では武人は皆の尊敬を集める存在だ。
日本の一部となったため日本の武術も帝国内で奨励されるようになる。
一時期欧米諸国は第二日本帝国を異界人として排除しようとする動きがあったが送り込んだ各国の兵士は全て帝国人に返り討ちにあった。
そして皇帝ネアルデナスは公の場で正式に日本国の一部となることを表明し『第二日本帝国』は各国から認められた。
それから50年余り経ちもう一つ不思議な出来事が起こる。
それは帝国人と日本人の間には子供が産まれるが他のアジア系の人間や欧米人と帝国人の間には子供が産まれないという事実である。
なぜそんなことが起こっているのかは今研究しているが答えはまだ出ていない。
そのせいか帝国人は帝国人同士で結婚し帝国内に住む者が多く日本に移住したのは一部の者だけだった。
月日は経ち今の第二日本帝国の皇帝はネアルデナスの孫のネアルダークである。