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二年次から三年次へのクラス替えは行なわれないので、クラスの中ではほぼグループというものができあがっている。
このクラスのパワーバランスは、三つのグループによって成り立っている。
一つはクラスを引っ張っていくような、スポーツ系の部活に入っているようなタイプが属するグループで、幹は普段ここに属している。彼は部活こそやっていないが、空手の道場に通っている。何故か僕とは馬が合うのでよく一緒にいるわけだが。
もう一つは普通の人が属するグループ。特別暗くもなく、かといって目立つわけでもない人が属するグループである。
もう一つは、ちょっと不良っぽい感じのタイプが属するグループだ。
僕は基本的には普通組みに属していると思うけど、あまりグループに縛られずにどのグループの人とも話すことができた。
「あの山岡って担任、なんかうさんくさくね?」
不良グループ(便宜的にこう呼ばせてもらう)からこんな声が聞こえてきた。
前面的に同意する。
入学式の日のギターパフォーマンス以来、特に目立ったことはしていなかった。
「あのパフォーマンスもただの人気取りだべ、絶対」
あれが人気取りだったかどうかは微妙なところだが、よくわからないキャラクターであることは確かだった。
教科は社会を担当していたが、面白く、意外に分かりやすい授業だと思う。帰りのホームルームもあまり余計なことは話さず、連絡事項等がなければすぐ終わるため、部活に早く出たい体育会系グループからは評判がよかった。
他のクラスでは反省会等行なわれていて長引いてしまうようだったが、我がクラスはそれがない。一度クラスの優等生的女子が、「帰りのホームルームでその日の良かったことを発表しましょう」などと提案したが、却下された。内申点狙いだと、周囲の評判はあまりよくなかったし、山岡が「毎日大勢の前で発表すべき良い点なんてそんなに無いんじゃないのかなぁ」などと言ったのが決定打だった。普通教師が言うことではないような気がしないでもないが、あっけらかんとした男だった。
提案した女子は憤慨していたが、早く帰りたい帰宅部連中からの評判もよかった。
つまりそれほど不人気なわけではなかったが、不良組みからしたら面白くないのだろう。
その日の帰りのホームルームは、少し長くかかった。
夏休み明けに行なわれる体育祭について、説明があったのだ。
様々な出し物など、最初はみんな嫌々練習するが、最後には意外と熱くなるものだ。
僕は昼休みに図書室にボールペンを忘れてしまったので、図書室に向かった。
途中で、一年生の頃仲がよかった健志とすれ違った。
「あ、タケちゃん」
「お、宗。久しぶり」
タケちゃんとは小学生の頃から仲が良かったが、二年生からクラスが分かれてしまった。
僕たちの学年は四クラスしかないのだが、新校舎と旧校舎でちょうど二クラスずつ分かれてしまっているので、意外と顔を合わせなかったりするのだ。そういえば結衣と同じクラスだったか。
タケちゃんは常にリーダー的存在で、生徒会の副会長を務めている。
勉強もできるが、それ以上に頭の回転が早く、ディベート等ではまず負けなかった。
部活は野球部で、レギュラーだった。
そんな彼が何故副会長の地位に甘んじているのか、僕はよくわからなかった。
「今から帰るのか?」タケちゃんが聞いてきた。
僕は図書室に忘れ物をしたので取りにいくところだと言うと、まだ生徒会連中が使ってるはずだから少し時間を潰さないかと言われた。
そういえば今日は生徒会が使うって言ってたっけ。
「別にいいけど…あれ、タケちゃん生徒会は?」
「あぁ、後は残務みたいな事やってるだけだから」
僕たちは中庭のベンチに腰を下ろした。
中庭の桜の木はもう散ってしまい、新たな季節の訪れを告げていた。
季節はもう、初夏だった。
「こうやって話すのもなんか久しぶりだな」
「うん、そうだね」
実際その通りだ。もう半年ぶりぐらいになるだろうか。
校舎が違うという事もあるが、ヒマな僕と違って、タケちゃんは忙しいのだ。
「図書委員どうだ?」
「どうだも何も、ヒマだよ。ほとんど人来ないから、貸し出しの番してる間に読みたかった本はほとんど読めちゃったし。読みたい本買いたいからさ、図書委員会の予算増やしてよ。そういえば最近タケちゃんのクラスの結衣って女子わかる?あのコよく昼休みに来るんだよね。まだ友達できないのかな?」
「結衣って、あの制服違うコだろ?普通にみんなと仲良くやってるように見えるけどな。かわいいから男子にも結構人気あるみたいだぜ。昼休みになるとよくいなくなるとか誰かぼやいてたけどそうか、図書室行ってたのか。宗もやるじゃん」
あれ、クラスでもうまくやれてるのか。だったらいいんだけど、何でわざわざ旧校舎の図書室まで来るんだろ。
…ん?
「てか、やるじゃんってなに?たぶんそういうんじゃないと思うよ。彼女楽器やってるでしょ?それで何となく親近感もってるだけじゃないのかなー」
「楽器やってるなんて話、聞いたことないぜ。へぇ、お詳しいことで」
「はぁ…もういいよ。タケちゃんは最近どう?」
「俺は楽しくやってるよ。生徒会の仕事もやりがいあるしさ」
少し言葉に詰まったように見えたが、気のせいだろうか。
まぁタケちゃんだし、僕が心配することもないのかな。
30分ほど話しただろうか。部活の始まりを告げるチャイムが鳴った。
「あ、そろそろ行かないと」タケちゃんは立ち上がった。
「宗、野球部戻ってこないか?運動神経悪くないのに、もったいないぞ。もう顧問も変わったしさ」
実は僕も、昔野球部に所属していたのだが、ある事情があって辞めた。
「や、僕はいいよ。もう三年だしさ。じゃあまたね」
僕はタケちゃんと別れて図書室に向かった。
図書室にはまだ人の気配がしたので、まだ生徒会が使っているのだとわかった。
何かに使用されている以外で放課後の図書室に人気があるなんて、よっぽどの事だからだ。
あぁ、タケちゃんに、我が校における図書室の存在意義について聞いてみればよかった。
僕は邪魔しないように、後ろの出入り口からそっと入った。本棚が沢山あり、生徒会の人たちは話に夢中になっているようで、僕が入ったことには気がついていないようだった。
ボールペンは、本棚に置き忘れられていた。本を返却したときに、そのまま置き忘れてしまったのだろう。
用事が済んだのでさっさと帰ろうと図書室を出かけたのだが、「健志」という単語が聞こえたので、何となく耳を澄ませてしまった。生徒会メンバーと、生徒会の顧問教師が話しているようだった。
「アイツでしゃばりすぎだよな」
「そうそう、自分勝手な意見ばっかり言うしさ」
「そんなにいい子ぶりたいのかね」
「俺も正直、点数稼ぎでやってるみたいな所あると思うんだよな」
最後に聞こえたのは、顧問教師である川合の声だった。