9-3
「しかし山岡もよくやるよな」
予想以上に長引く山岡のライブを抜け出した僕と幹は、中庭のベンチに腰掛けていた。
かすかにギターの音色が聞こえてくる。
「早いもんだよなぁ…もう卒業だぜ」
おそらく、今まで幾度となく言われているであろうセリフを幹が言った。しかし、これほどしっくりくる言葉もないような気がする。
卒業したら、幹とも今までのように会えなくなるだろう。四月からは、二人とも新しい生活が始まるのだ。
「なんか不思議な感じだよなぁ。今まで毎日顔合わせてたのにさぁ」僕が思っていたことを幹が口にした。思いは誰しも一緒なのかもしれない。
僕はこれからも幹とずっと友達でいたいと思っている。しかし、それも果たしてどうなるかわからないのだ。
日々の忙しさに追われ、次第に中学時代は過去のものとなり、ただ懐かしむだけの日々に変わってしまう…なんていうこともあるかもしれないのだ。
それはとても恐ろしい想像だったが、必ずしもありえないとは言い切れなかった。
「宗」幹が口を開いた。
「俺さぁ、お前と一緒だと、何でもできるような気になるんだよ。なんでか知らないけど」何だか聞いていて恥ずかしくなりそうなセリフが出てきそうな気がしたが、僕はだまって聞いていた。おそらくそれは、僕の言いたかったことでもあるのだ。
「…まぁ、いいや余計な事は。これからもまぁ、よろしく頼むわ」幹が頭をかいて照れくさそうに言った。
「何今さら。なんかそれ、この前僕言わなかったっけ」僕は嬉しかったが何だか照れくさかったので、感情を表に出さないよう、茶化すように言った。
「う、うるせ!あぁ、ちょっと俺他のクラスのやつのトコ行ってくるわ。また後でな」幹は照れくささをごまかすためか、行ってしまった。
校舎の中に消えた幹を見送ると、入れ替わりで体育館裏から結衣が出てきた。
「あれ…宗。何やってんのこんなとこで」僕に気がついたらしく、結衣もベンチの隣に腰掛けた。
「山岡のライブが長くてさ…幹とちょっと抜け出してきたんだよ。幹は他のクラスの友達のところ行ってる。結衣は?」
「私?私は八人目が終わったところ」聞くだけ野暮だったかもしれない。
「おモテになることで」僕は感心した。
「へへ。宗はどうなの?見たところ第二ボタンもしっかり残ってるようだけど」結衣が笑った。
「し、仕方ないだろ。僕は誰かさんみたいにモテないし、僕だって好きでつけてるわけじゃないよ」プライドを傷付けられた気がして、少し憤慨していった。
「冗談よー。前も言ったかもしれないけど、宗意外とモテるんだよ?」
そんな事を言われても困る。実際僕の第二ボタンは残っているのだ。影で好いてくれるのも嬉しいが、できれば前に出てきてほしかった。
「じゃあさ…」結衣が視線をそらした。
「第二ボタン、私がもらってあげよっか?」
「え?」僕はドキッとした。
驚きが相当顔に出ていたらしい。結衣もなんだか変な顔をしていた。
「ちょ、何その反応。第二ボタン。記念に貰ってあげようかって言ってるの!ついたまんまじゃかっこ悪いでしょ!?」
「あ…記念にか」びっくりした。
別にかっこ悪いとは思わなかったけど、確かに記念になるかもしれない。僕はボタンを外して、結衣に渡した。
「…ありがとう」結衣は礼を言って、笑顔を見せた。
僕はその笑顔にまたもやドキッとして、目をそらした。
「おーい、宗平!」
名前を呼ばれた方を見ると、体育館の中からタケちゃんが出てきた。
「ついに卒業だなぁ。なんだか長かったような短かったような…あれ、もしかして邪魔したか?」
「いや、別に大丈夫だよ。後でタケちゃんのところにも行こうと思ってたし」僕はそう言ってタケちゃんを見た。
体育館なんかで何をしていたかなんて、野暮な事は聞かなかった。タケちゃんの学生服は、ボタンが全て無かったのだ。さすがだ。それにしても、体育館周辺は告白スポットなのかもしれない。