9-2
「おいおい、あれ何人目だよ…」幹が半ば飽きれた声を出した。
僕も、ほぼ同様の感想を抱いた。
「これでもう四人目だぜ…」幹がぼやいた。
違うよ幹、五人目だよ。
結衣が告白された回数である。
僕にはあまり縁が無いけど、告白と言えば卒業式の一大イベントであろう。これで最後という思いが、多くの者の背中を後押しするのかもしれない。
「幹は告白しないの?」落ち着かない様子の幹に、僕はしれっと聞いてみた。
「な、な、何で俺が結衣に?」幹が慌てふためいた様子で聞き返してきた。
「え、結衣になんて言ってないけど僕」ちょっと意地悪く言ってみると、さらに動揺してしまった。
しかしこの様子だと、今までばれていないと思っていたらしい。
と、そこへ結衣が戻ってきた。
「お疲れ様です」僕は一礼した。
「うむ。しかし今日で六人目だよ。もう疲れちゃった。気も使うしさー」結衣はため息をつく。六人目だったようだ。恐れ入る。
「登校してきただけでこれじゃね。もっとスコア伸びるんじゃない?」僕が言うと、結衣は少しげんなりした顔をした。
「結衣すごいね~。好きな人とかいないの?」由香がストレートな質問をした。
「え?…ふふ、ひみつ。由香はどうなの?」
「え~、ひみつ~」
二人でキャッキャと話しているのを尻目に、隣で耳を凝らしていた幹は複雑な表情で苦笑いしていた。
「あんた達、こんなに素敵な女子二人とつるんでるのに私達に恋しちゃったりしないわけ?」結衣がイタズラっぽく言った。
僕は苦笑し、幹は頭をかいた。
僕達は登校してすぐに廊下で談笑していたのだが、結衣に次から次へと声がかかり、まともにみんなで話が出来ないでいた。
「そろそろ体育館に行くぞ~」山岡の声が聞こえた。
「やばっ、私もそろそろ教室戻らなきゃ」結衣が慌てた様子で言った。
「もう入場か、じゃあまた後でな」
僕達は教室に集まって、何度となく練習した入場の準備をした。
卒業式はつつがなく終了した。
あれだけ練習して、何かあったら困る。何年か前はある生徒が君が代の是非を問いかけるといった騒動が起こったらしいが、僕達の代では何もなかった。
しかしやはり卒業式というのは独特の雰囲気がある。何人かの生徒は泣いていたし、由香も涙ぐんでいた。僕も、体育館に蛍の光が響いたときは何かこみ上げてくるものがあった。からかわれるから絶対泣かないけど。
卒業式が終わってしまうと、残されたイベントは、在校生から送り出されるのみとなる。
吹奏楽部の演奏にのせて、校舎の出入り口から校門まで行進するのだ。
最後の行進まで、数時間の自由時間があった。僕達に残された、最後の猶予というわけだ。
卒業式を終えてクラスに帰ると、みんな仲のよい物同士で集まり、めいめいに話をしていた。
小学校の時とは違い、多くの者が離れ離れになってしまう。クラス内の雰囲気も独特なものになっていた。
何年も一緒に当然のように顔を合わせて過ごしてきた者達と、明日は会えなくなる感覚。僕達にはまだ実感なんて湧かないけど、えてしてそんなものなのかもしれない。そんな思いもあってか、あまり話さなかった者同士も名残を惜しんでいたようだった。
「みんな、卒業おめでとう!」
教室のドアが勢いよく開き、山岡が入ってきた。
目が赤い。どうやら泣いたようだった。
「先生、目が赤いよ~」誰からともなく、野次が飛んだ。
「卒業式は泣くものだよ。みんなも感情を素直に表現できるうちにしておいた方がいいぞー。」山岡が訳のわからないことを言って、みんなを笑わせた。あるいは本気だったのかもしれないけど。
「この日のためにみんなを送り出す歌を練習してきたんだ。みんな聴いてよ」言うが早いか、山岡は教壇のしたからアコースティックギターを取り出した。卒業式の前までは、確かに何もなかったはず。
いつ仕込んだのかは相変わらず気になったが、僕達はもう慣れっこになっていた。
入学式の日に初めて聴いた時はみんな唖然としたものだったが、節目節目で開催されるライブに今はもう山岡の歌を受け入れているようで、「待ってました!」などの掛け声も飛んだ。
山岡はギターを鳴らし始めた。
もしかしたら、僕が聴ける山岡の演奏もこれが最後なのかもしれないな…
そう思うと少しセンチな気持ちになり、僕は山岡の歌にしばし聴き入った。