9-1
卒業式なんてどうせ大したものじゃない。
なんて思ってるわけじゃないけど、冷え切った体育館の中で嫌と言うほど練習を繰り返してきたため、なんだかなーという気はしていた。
何度も練習し、卒業生も在校生もお互いにわかりきった筋書きをなぞっているだけのはずなのに、毎年必ず号泣する生徒は数名いた。誰のための卒業式か。つまるところ卒業証書を受け取るだけの式典のようにも思うが、成長した姿を親に見せるといった意味合いもあるのかもしれない。
成績も中の中、特に目立った功績も残していない僕は卒業式で何か特別な出番があるわけではなく、練習中はいつもあくびをかみ殺していたが、それも今日で最後。
いよいよ明日は卒業式である。
なんだかあっという間だなぁと思う。三年間という期間は過ごしている間は長く感じるのに、終わってみるとあっという間。
まだ夜になると冷えるが、もう春の匂いがどこからともなく匂ってくる。
先日春一番が吹いたと、天気予報では告げていた。
前日の予行練習をつつがなく終え、久しぶりに放課後の図書室でしゃべっていた。
おそらく、最後の議題になるであろう。
最後の議題は「なぜ勉強しなければならないのか」。
誰の提案と言うわけではないが、会話の流れで自然にそうなった。
「思うんだけど、数学なんかさ、因数分解やら二次方程式やら、絶対生きていく上で必要ないじゃない。バカみたいに公式暗記したり、日本史だったら年号暗記したりさ。絶対意味ないって」
結衣が僕達が数年間積み重ねてきた事を全否定した。
「でも研究者になりたい人とかは必要だろ。今あるものをもっと発展させていくわけだしさ」と幹。
「じゃあそういう一部の人のためにこんなに詰め込まされてるわけ?ちょっとそれは嫌だよ~」
「いやでも待ってよ、それって勉強が嫌なものっていう前提の話じゃない?」
僕は言ったが、みんなに不思議なものを見るような目で見られた。
そりゃそうか、勉強は嫌なものだ。
「よくわからないけどさ、サラリーマンって会社で何してるんだろうな。夜遅くまで残って残業とかよく聞くけど、まさか因数分解といてるわけじゃないだろ」
会社員が残業して解いた因数分解にどういった利益が発生するのかわからないけど、そんなことは多分ないと思う。
「あれじゃないの、考える力を養うとかさ。たとえば数学って論理的思考を鍛えられるっていうじゃん」この前テレビで聞いたことをそのまま言ってみた。
「でもなんか今の学校って、考える力ってより暗記するだけな気がするんだけどな~」由香に突っ込まれた。
うーん、言われてみればそうかも。国の教育方針もなんだか安定していない。変わったかと思えば真逆に方向転換したり。
「じゃあ逆にさ、学校では何を教えればいいんだろ?」僕は疑問を口にした。
「うーん…ギターの弾き方」と言ったのは結衣だ。
「無しじゃないと思うけど、いわゆる音楽の授業だろそれ」幹が突っ込んだ。
「ぐ…じゃあ幹はなにかいいアイデアあるの?」結衣に切り返される。
「え?えぇと………借金取りの追い払いかた………とか?」幹が笑えない冗談を言った。
みんな考えているようだったが、はっきりとした答えは出てこなかった。もしかしたら誰にも正しい答えなんてわかっていないのかもしれない。
しかし卒業式前日にする話でもないよな…ということを誰しもが思ったようで、自然と話はたわいもない話へ戻っていった。
この空間でこんな話をする事がなくなるのかと思うと、何だか不思議な気持ちだ。もしかしたら今僕達は、一生の思い出の中にいるのかもしれなかった。僕は図書室の匂いを胸いっぱい吸い込んでみたが、突然深呼吸した僕にみんなは戸惑ったようだ。
学校を出るときには、校舎はもう夕暮に包まれていた。僕は何となく振り返った。次にこの門を出るときには、もうこの学校の生徒ではないはずだ。何の意味も無いかもしれないけど、僕は夕暮の校舎を焼き付けておこうと思った。