8-6
公園を出る頃には、辺りはもう暗くなっていた。
僕は何も考えられなかった。幹に投げかけられた言葉が胸に刺さり、頭の中をぐるぐる回っていた。
きっと、最初に会ったときは精一杯強がって見せてくれていたんだろう。ノコノコ戻った事が悔やまれた。
僕は少しも上から目線でしゃべったつもりはなかったが、幹がそう受け取ってしまった以上、どうしようもなかった。それにもしかしたら、僕の無意識下に醜い感情が芽を出していたのかもしれなかった。自分の軽率さを恨んだが、もはやどうしようもない事だ。僕はなんて人の気持ちを考える事ができない人間なのだろう。
僕は気がつくと走り出していた。
公園の前の坂を一気に上り、県道に出る。帰宅ラッシュはもう終わったせいか、あまり車どおりは多くなかった。飛び飛びに立っている街灯の光を追い越して、僕は走った。
県道をそれ、わき道に入る。この辺りは住宅街を新しく建設中で、入居者待ちの家がまだ多いようだった。ほとんど人がいないであろう街を、ひたすら走る。この辺りはあまり見慣れないせいか、全く知らない街に来てしまったような気がした。僕は走り続け、次第に何も考えなくなっていた。
どのくらい走っただろうか、僕は中学校の前で荒い息をはいていた。
夜の学校は昼間とは違い、普段見慣れているはずの学校なのになんだか全然違って見えた。
僕は校門の前でしゃがみこんだ。自分の真上にある街灯を見上げる。自らの吐いた息が、白く立ち上っているのが見えた。
僕は幹の事を思った。
あの強い幹があんな言葉を発するところなんて、見た事なかった。幹が動じるところなんてほとんど見た事なかった。その事が僕を余計に茫然自失とさせていた。
幹は教師になるのが夢だと言っていた。
僕はおそらく進学することになるだろう。自分の将来なんてものが全く見えていない僕が目的意識もなく高校に進学し、幹のような者が沈んでいく。どうしていいのかわからず、僕は何かを呪った。
どのくらいそうしていただろうか。
校門が開く音で我に返った。ずいぶん時間が経ったようにも思えたし、数十分しか経っていないようにも思えた。
話しかけられては面倒だと思い、僕は立ち上がった。
しかし、中から出てきた人影は僕に話しかけてきた。
「あれ、宗君じゃない?何やってるのこんなところで」
聞き覚えのある声。山岡だった。
「ただ事じゃない感じだねぇ」
僕は山岡に連れられて、車に乗り込んだ。
「今仕事終わったんだよ。中々この時期って大変なんだ。提出物も増えるしさぁ。放課後からずっとやってるから、もうお腹すいちゃったよ」
車内の時計を見ると、もう九時に近かった。
「ちょっとご飯食べていっていい?ちゃんと家まで送るからさ」
山岡は僕の返事も待たず、しばらく車を走らせると小さな定食屋に車を止めた。
そこに以前から定食屋があった事は僕も知っていたが、一度も入った事はなかった。ファミレスなどとは違い独特の雰囲気があったし、中学生には入りづらかった。
僕は何か食べたいとは思えなかったが、山岡がおごってくれるというので仕方なく親子丼を注文した。
山岡は定食を注文すると、どうでもいいような話を始めた。
自分がギターを始めたきっかけとか、自分の初恋の話とか、その手の話だ。
僕は最初は聞いていたが、次第にめんどくさくなって適当に相槌を打っていた。
「…で、僕その時すごいお金に困っててさ…」
話の中に、金という単語が出てきて、僕は思わず反応した。
「ん、どしたの?」
山岡が僕に振った。
「いえ…別に…」
山岡は首をかしげて、定食をかきこみだした。
親子丼を口に運びつつ、僕は迷っていた。もちろん幹のことだ。
僕は幹のことを誰にも話すつもりはなかった。しかし、余計なお世話かもしれないが、このままでは八方ふさがりだった。教師なら、あるいは何か道を指し示してくれるかもしれない。もしかしたら、また幹に罵倒されるかもしれない。
しかし、山岡というこの変な教師になら話してもいいような気もしたのだ。
「先生…どうして何も聞かないんですか?」山岡自身、ただ事じゃない感じだねぇなどと言っていたではないか。
夕食を食べ終わり一息ついたとき、僕は山岡に聞いてみた。
「…え?」
山岡はキョトンとして、少し間をおいて言った。
「宗くんが自分で納得して話してくれるのが一番いいと思ったからだよ。僕に話すも話さないも、君自身が選択してくれればいいんだ。もちろん僕はいくらでも聞くし、いくらでも待つことはできる」
「でさ、中学時代の事なんだけどね…」
山岡の話が再び学生時代に戻りかけたところで、僕は決心した。




