8-5
「よぉ、お前ら久しぶり」
久々に会った幹は、あっけらかんとして見えた。
僕達は少し拍子抜けしてしまったぐらいだ。
幹はやはり、高梨の言っていた公園にいた。
ホームレス達のようにテント暮らしをしているわけではなく、幹は車の中で生活しているようだった。
放課後教室に集合して公園に向かうまで、僕は不安で仕方なかった。
もし幹が高梨の言ったとおりの状況になっていた場合、僕はなんて声をかければいいのかわからなかったのだ。
しかしこうして対面した幹は、なんだかいつもと変わらないように見えた。
「あんた…一週間も学校休んでどうしたのよ」
結衣が直球な質問をした。さすがの結衣も、少し聞きにくそうにしていた。
「あぁ…見てのとおり、たぶんお前らの想像のとおりだよ…。ところでどうしてここがわかったんだ?」
「高梨くんが昨日ここで幹くんを見たって言ってたから…」
由香が言いにくそうに答えた。
「あぁ、そうなのか。嫌なヤツに見られちまったなぁ」
幹は苦笑した。
「幹くん…だいじょうぶなの?」
由香が漠然とした質問を投げかけた。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。落ち着いたらすぐ学校行くからさ」
由香がホッとしたような顔をした。
僕も何か言わなければと思ったが、何も言葉が出てこなかった。
これじゃ来た意味無いじゃないか…と思ったけど、元気そうな幹の姿に少し安心していた。
「久々にみんなの顔見れてよかったよ。ちょっと俺用事があるからさ、また学校で会おうぜ」
「わかった。じゃあ幹、またね」
あまり長居するのもなんだか気まずかったので、僕達は公園を出ることにした。
帰りの道中みんな言葉少なかったが、少し安心したような表情をしていた。
高梨の言ったとおりの状況だったが意外にも元気そうな幹の姿に、少し安心したのかもしれなかった。落ち着いたらすぐ学校に行くとも言っていた。
学校…僕はふと思いだした。
山岡から預かっていたプリントの束を渡しそびれていたのだ。
学校に来るのはいつになるか分からないとはいえ、早めに渡しておいた方がいいだろう。卒業を控えた時期でもあり、学校は通常の日程とは異なっていた。
「ごめん、ちょっと幹のところ戻るよ。プリント渡し忘れちゃって。みんな先に帰ってて」
僕は前を歩いていた二人に声をかけた。
「何やってんのよ…今度じゃダメなの?幹用事あるって言ってたでしょ」
「これ結構重いんだよ…いなかったら家の人に渡すか車に置いてくるよ。じゃあまた明日」
僕は再び公園へ向かって歩き出した。
公園に戻ると幹の姿は無かった。
やはりどこかに行ったのだろうか。僕はせめて車に置いて帰ろうと、車に向かった。
車に近寄っていくと、突如怒鳴り声が聞こえた。
僕は驚いて立ち止まった。どうやら車の中から聞こえてくるようだった。
どうしたものかと車の前で立ち尽くしていると、幹が突然車から飛び出してきた。
「宗…」
幹と目が合った。
「なんだよ、まだ何か用かよ」
車から随分離れた公園の石階段で、僕達は隣り合って座った。
辺りは少し薄暗くなり始めていた。
「幹、これ、プリント。ずいぶん溜まってるよ」
僕は幹に分厚い藁半紙の束を渡した。幹は黙って受け取る。
「もうすぐ卒業だから、ずいぶん多いでしょ。卒業式の練習とか結構めんどくさいんだよ。体育館寒いしさ」
「こことどっちが寒いんだよ」幹が冷めた顔で小さく笑った。
僕は言葉に詰まった。先ほどとは明らかに雰囲気が違う幹を前に、僕は何を言ったらいいのかわからず、さっき以上に戸惑っていた。
「と、とにかく落ち着いたら学校来なよ。みんな待ってるからさ」
「…落ち着くってなんだよ。俺はどうすりゃ落ち着くんだ」
幹が静かに言った。
「そ、それは…」僕は言葉に詰まる。
「卒業式だって、こんな状態じゃ俺は出れるかわからない」
幹の声が段々熱を帯びてくる。
「学校なんか、行って何になるんだ。クラスのやつらにも知られちまって、どんな目で見られるか。大体卒業して俺はどうするんだ。進学する金なんてどこにもない。そもそも入試だって受けてねぇんだよ。俺がいつからこんな生活してるか知ってるか?入試の前日からだよ。進学どころか衣食住すら困ってる状況だ。なぁ、俺はどうすればいいんだ?なぁ!」
幹はしゃべり続け、最後には怒鳴り声に変わった。
僕は、ただ聞いていることしかできなかった。再び沈黙が流れる。
「な、何か力になれる事があったら言ってよ。僕なんかじゃ何にもできないかもしれないけど、腹すいてたら何か家から持ってきてあげられるかもしれないし」
「…持ってきてあげられる?」
幹の表情が変わった。
「ずいぶん上から言ってくれるじゃねぇかよ。そりゃそうか。これ以上ないところまで俺は落ちてるもんな。負け組ってやつか。ふざけんな、施しなんか受けるか!」
僕は青ざめるばかりだった。
「さっきもだ。お前らみんなして来やがって。どうせ学校で言いふらすんだろう?いい話のタネだもんな。優越感に浸れるもんな。ふざけやがって、押し付けの友情なんかいらねぇんだよ!」
「幹、そんなつもりじゃ…」
「うるせぇ帰れよ!もう用事なんかねぇだろ!もう来んじゃねぇ!」
幹は肩で荒い息をしていた。プリントの束が木枯らしで舞い上がる。
「幹…ごめん」
それしか言う事はできなかった。
僕はゆっくりと立ち上がり、石階段を登った。
「宗平…」
後ろから小さな声が聞こえた。
「お前にだけは言われたくなかったよ」
僕は振り返れなかった。