8-1
今月の初めに降った大雪もさすがに解けてきて、地面にも見かけなくなってきた。
それにしても寒い。校庭の木々は丸坊主になり、北風にその枝を揺らしていた。
三学期が始まった。とはいえ、三年生である僕達はもはや学ぶ事は残っていない。
学ぶ事は多々あろうが、カリキュラム的な意味ではもう義務教育で学ぶべき範囲は終了したそうなのだ。
まだ進路が確定していない者達は、受験に向けて最後の努力を惜しみなく行なっていた。
僕もその一人である。
というか、仲間内で進路が決まっているのは由香だけだった。
由香は先日行なわれた私立の入試で無事合格し、安穏とした日々を送っているようだった。
相当学力は上がったと思う。
実際模試の結果も良くなっていたし、特別偏差値の高い学校を狙うわけではなかったが、合格判定も80%以上だった。
とはいえ油断するわけにはいかない。裏を返せば20%の確率で不合格になってしまうという事だ。
多くの者は最後の追い込みをかけるべく、勉学に精を出していた。
僕は隣の市にある、公立の高校を受験する事にした。
将来の展望が描けず、今のところなりたいものが無い僕は中堅高校の普通科に通うことしか考えられなかったのだ。
冬休みに入る前、みんなに将来の夢を聞いたことがあった。
同年代の仲間達が、果たしてどのような展望を描いているのか興味があったからだ。
幹は教師、由香は保育士、結衣はお嫁さんになるのが夢だそうだ。
結衣はともかく、普段つるんでいる仲間達もやりたい事を見つけつつある事に、僕は焦りを覚えた。
僕はまだ何も決まっていない…自分がからっぽな人間であるような気さえしてしまった。
入試を一週間後に控えた今、最近はさすがにみんなピリピリしていて図書室での雑談も無くなっていた。
僕は図書委員だから図書室にいるのだが、たまに結衣が顔を出しにくる程度で、幹も由香も現れなかった。
幹は勉強で忙しいのだろうし、由香は気を使っているのかもしれない。
僕は勉強で手一杯で、学校に来てもあまり周りに気を使う余裕がなくなっていた。
だから、少し前から幹の様子が変わっていた事に気付いた者はいなかった。
明日はいよいよ入試当日だ。
何もせずに進学できた中学校と違って、自らの実力で入学する権利を勝ち取らなければならない。
多くの学生がこの日に向けて、努力をしているはずだった。
担任の山岡は、帰りのホームルームで必勝祈願の歌を歌うとかなんとか言っていた。みんなもう慣れてしまったのか、担任の歌を受け入れているようだった。
ホームルームが終わり、僕は幹と下校した。
二人で下校するのもずいぶん久しぶりのような気がした。
この一年で、僕の住む街はずいぶん変わってしまった。
いや、この一年でというわけではない。街は現在進行形で変わり続けている。
空き地に家が建ったり、また取り壊されたりして、元の風景を思い出すことが難しくなっていた。
こうやって時は前に進んでいくのだろうか。
一秒の積み重ねとはいえ、膨大な気がした。
例え一秒前にしたって、僕達は戻る事はできないんだ。
「じゃあ、俺こっちだから」
またボーっと考え事にふけってしまっていて、幹を忘れていた。
「あ、うん。あれ、幹の家そっちだったっけ?」
「ちょっと寄るとこあってさ」
「そうなんだ。じゃあ、またね」
僕は背中を向けて歩き出した。
「宗」
幹が声をかけてきた。
「明日の入試がんばれよ」
「あ、うん。ていうか明日幹もだよね。お互いがんばろうね」
僕達はそんな具合にして、別れた。
一緒に下校できるのも、あと何回くらいかなー。
僕はそんなことを考えた。