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いよいよ寒くなってきた。

もう吐く息も白い。

もうじき十二月だ。金木犀の季節はあっという間に過ぎ去った。毎年思うことだけど、一年っていうのは本当に早い。

中学生の段階でこれだけ早く感じるという事は、大人になってからの一年なんてのは本当にあっという間なんじゃないだろうかと思う。

もう進路が決まったヤツもいる。うちのクラスも何人かは推薦で決まったようだったし、由香もその一人だった。

仲間内では、他はみんな公立の一般入試を受験する予定になっていたため、落ち着かないでいた。

結衣も推薦入試を受験したのだが、残念な結果になってしまった。

「私を落として誰を入れるって言うのよ!」なんて一時期大いに荒れていたけど、本心から言っているわけではないことはみんなわかっていた。

宗平は推薦は受験しなかった。

曰く、自分は推薦されるような人間じゃないから…だそうだ。そういうもんでもない気がするんだが。

良くも悪くも自分の事を正しく分析できていないヤツっていうのは多くいるものだと思うけど、宗平もその一人だと思う。

どうもあいつは自分の事をこれといった特徴のないつまらない人間だと思っているようだが、俺はそうは思わない。


あいつは二年次まで野球部に所属していたのだが、退部してしまった。顧問ともめちゃって…などと本人は言っていたが、基本的に気弱なあいつが顧問ともめるなんて、そうあることではないような気がした。かといって、何かを途中で投げ出すようなタイプでもない。

野球部の健志に話を聞いてみると、想像していた状況とは少し違っていた。


野球部にはトシという、変わった部員がいた。

彼は極度の動物愛護者で、生命を崇拝していた。

給食でも肉類は一切食べなかった。

野球のグローブに使われている皮が動物の皮であることに嫌悪感を持った。人間の娯楽などのために生命を犠牲にするなんて云々。一体なんで野球部にいるのか疑問だ。

考えの正当性は置いておいて、上手く社会に溶け込めないタイプだなと思う。そんなヤツだったので、周りの部員も扱いづらそうにしていた。

お人よしの宗平は、よくキャッチボールの相手をさせられていたようだ。


ある日、トシは顧問と口論になった。

グラウンドの草むしりを命じられたのだが、それに反発したのだ。

草だって生きている。人間の都合で勝手に殺してしまってはだめだ、と。

顧問とトシがやり合うのは特別珍しい光景ではなかったのだが、この日トシは止まらなかった。

いい加減にイラついた顧問は頭ごなしにトシを否定し、退部を命じた。

トシは退部した。


そしたら、宗も退部した。

理解に苦しむ。

部員達は理由を尋ねた。宗平が辞めるべき理由に検討がつく者はいなかった。

宗平は困ったような顔で謝るばかりだった。


「僕なんか辞めてもあんまり部にインパクトないしさ…一人ストライキ、みたいな」

俺も理由を聞いたとき、宗平は答えた。

要するに、顧問のトシに対する暴言が酷かったらしいのだ。宗平の口から少し聞いてみたが、確かに中学教師が生徒に吐く言葉としてはふさわしくないと思った。

それは単に野球の事だけではなく、トシの家庭の事情にまで踏み入るようなもので、明らかに蔑みのニュアンスが含まれていた。

「それにトシって色々ゴチャゴチャ理屈っぽいこと言ってるけど、野球好きなんだよ。知識とかすごいんだ。辞めたくはなかったと思うんだよね」

それは初耳というか、以外というか、なんだか信じられなかった。

何も宗平まで辞めることはないと思うが、あの顧問の下でやっていく事がどうしても我慢できなくなってしまったようだ。友達に対して酷い暴言を吐いた顧問を許せなかったらしい。

それに…と宗平は続けた。

「トシが辞めちゃったら、僕のキャッチボールの相手いなくなっちゃう」

最後のはさすがに冗談だと思う。


クラスのやつらの宗に対する評価は低いみたいだけど、俺はそうは思わない。

基本的には気弱であんまり前にでる性格ではないため目立たないが、ここぞという時に力を発揮するタイプだと思う。

盆踊りでの演奏しかり、体育祭でのリレーしかり、先月の終わりにあった文化祭でのライブしかりだ。

結衣に強引に駆りだされた文化祭でのバンド演奏では、見事にギターボーカルをこなして見せた。結衣曰く、「宗は演奏はあまり上手くないけど声がいい」んだそうだ。

俺はあんまり音楽に縁がなかったから照明係として参加していたのだけど、上から見るライブの様子は楽しそうに見えた。


中学校生活も、もう残りわずか。めぼしいイベントは全て終わってしまった。

これからは一層受験勉強に打ち込むことになりそうだ。

どうやらみんなバラバラの学校に行く事になりそうである。

みんなと過ごせるのも後わずか。残念だけど、こればっかりは仕方が無い。

教室の窓からぼんやり外を眺めながら俺は思う。

願わくばこの先もずっと、こいつらと面白おかしく過ごしていける事を。

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