7-7
閉会式が終わった。
夕方になると、少し肌寒くなってくる。季節が夏から秋に切り替わりつつあるのだろう。
夕暮時の雰囲気は、もう秋のそれだった。
体育祭は終わった。
僕達の色は、準優勝だった。
リレー。
僕達のクラスは6組中4位だった。
正直決勝メンバーの中ではビリになってもおかしくないぐらいの実力だったと思う。大健闘だった。
僕が佐倉くんにバトンを渡した後、後続の組がバトンを落としたのだ。ラッキーだった。
バトンパスでかなりロスした僕達にとっては、嬉しい誤算だった。
高梨は体格がよく、運動能力も高い。
走る速さで言えば、間違いなく佐倉くんより速いだろう。
もしかしたら、もっと上位にいけたかもしれない。
思ったより健闘していたレースを見て、注目を集めたかったのだろうか。
しかし、僕は高梨にバトンを渡したくなかった。
理由は多々あるが、最もシンプルな理由が、どうやら僕は高梨が嫌いという事のようだ。
秋の夕焼け空の下、僕達は体育祭の後片付けをしていた。
体育用具を片付けに僕は体育館裏へ入った。
と、突然腕を掴まれて地面に投げ出された。
「うわっ…あ、高梨…くん」
高梨だった。なんとなく予想はしていた。
「宗平、なんだよさっきの」
きっとリレーの事だ。
「なんで俺にバトン渡さねぇんだよ!佐倉に走らせたから4位になっちまったじゃねぇか!」
めちゃくちゃだ。佐倉くんに走らせたのはそもそも高梨だった。
そんな事を言ってもおそらく通じないと思ったので、僕は黙っていた。
「黙ってねぇで何か言えよ!」
高梨がこぶしを振り上げた。
「っつっ…」
喧嘩なんかほとんどした事がない僕は、思わず目をつぶった。
右頬に痛みが走る。
「はっ…こんなやつの何がいいんだ…おらっ!」
思わずうずくまった僕のわき腹に、蹴りが入った。
いってぇ…殴られるのってこんなに痛かったっけか…。
最初は痛みに驚いて何もできなかったが、段々僕は腹が立ってきた。
そもそもこいつに殴られてやらなきゃいけない理由なんて、何一つない。
僕達は予定通りリレーを走っただけだし、こいつにバトンを渡していたら、あるいは失格になったかもしれない。
「ぐっ…」
蹴りがもう一発入った。
ふざけん…
「高梨!」
立ち上がろうとしたその時、聞きなれた声がした。
幹。
「お前何やってんだよ。いい加減…」
「何だよ、関係ねぇだろ。じゃれてただけだよ。ギブスも外れてないやつは引っ込んでろ」
高梨は余裕だった。何かあったとしても片腕の幹になら遅れを取らないだろうと思っているのだ。
事実、幹はまだ骨折が完治しておらず、片腕を吊っていた。
「関係ないか…。な、俺も一緒に混ぜてくれよ。この腕のおかげで体育祭参加できなくて、ずいぶんヒマなんだよ。決勝のリレーは面白かったけどなぁ高梨。みんな言ってたぜ、あいつ選手でもないのに何しゃしゃり出たんだろうなってさ」
高梨がキレたのが目に見えてわかった。目に見えてというか、肌で感じた。
片腕の幹に高梨が殴りかかる。万全の状態の幹ならいざ知らず、片腕では…。高梨を止めなくては…
と思った瞬間幹の体が沈みこみ、高梨の動きが止まった。
僕のいたところからはちょうど見えなかったが、幹が回し蹴りを放ったようだ。
「あてねぇよ。片腕使えなくたって、じゃれる事ぐらいはできるだろ。腕の借りも返したからな」
「宗くん、大丈夫?」
心配そうに声をかけるのは佐倉くんだ。
あの場所には佐倉くんが呼び出されていたのだが、タイミング悪く僕が通りかかってしまったようだ。
幹は佐倉くんが呼んできてくれた。
けが人の幹に頼るのもなんだか情けない気がしたけど、とりあえず感謝だ。
幹の事故は高梨が仕組んだものだったようだ。
幹が高梨の仲間に問いただしたら、吐いたらしい。
幹を狙ったというわけではなく、誰でもよかったらしい。
面白いから、だそうだ。
あいつ、サイコパスなんじゃないか。
「たまんねぇよな、そんな理由でこんな腕にされちゃさ」
まったくだ。
高梨に命令されたからといってわざとバランスを崩す仲間も仲間だ。ケガをするのは自分かもしれないというのに。
高梨の影響力が伺えた。
僕は痛む頬を押さえながら、体育祭の後片付けに戻った。
一通りの片づけを終え教室に戻ると、みんなが声をかけてくれた。
リレーで賞はもらえなかったが、みんな僕達の健闘を称えてくれた。
佐倉くんは、少し照れくさそうにしていた。
由香は僕の顔のアザを見て何か言いたそうな顔をしたが、笑顔で迎えてくれた。
別に優勝したわけではないのに、どこかみんなで打ち上げに行こうなどと盛り上がっていた。
「じゃあ僕が焼肉でもおごっちゃおうかな!…なーんてね」
山岡が豪気なことを言った。みんな語尾の「なーんてね」なんて、聞いちゃいなかった。
あそこにしようここにしようと話を始め、山岡は大いにたじろいでいた。
結局みんな一度帰って集合することになった。
僕は途中まで、佐倉くんと幹と下校した。
佐倉くんは疲れた顔をしていたが、どこか清清しそうだった。
まだ祭りの余韻が残っているせいか、心が浮き足立っているようだ。打ち上げも楽しくなりそうだ。
空は高く、秋の雲が浮いていた。
頬に当たる風は少し冷たくて、僕は少し身震いした。