7-5
いよいよ明日は体育祭である。
長いと思われた準備期間も、意外とあっという間だった。
グラウンドは体育祭色にそまっていた。
前日は簡単な予行練習を実施し、一連の流れを確認するだけで終わった。
グラウンドから戻るとき、佐倉くんと一緒になった。
「まいったなぁ…」
「だいたい200mって長いよね…100mでいいと思うんだけどなぁ…」
「僕なんか足も遅いし…」
独り言か僕に話しかけているのかは定かではないが、佐倉くんは参っているようだった。
「悪かったって。俺だってケガなんかしたくてしたわけじゃないんだしさ…」
幹が少し申し訳なさそうに方をすくめた。
「や、そういう意味じゃなくてさ。ごめんね幹くん…」
佐倉くんは、さらにまいってしまったようだ。
あの日、幹は救急車で運ばれた。
果たして大丈夫かと心配したが、腕の骨折ですんだそうだ。
骨折自体は何度か経験した事があるそうで、本人は大して重症と受け止めていないようだった。
骨にヒビすらはいったことの無い僕には信じられなかった。
とはいえ片腕が使い物にならない事には間違いなく、さすがに体育祭は見学することになってしまった。
幸か不幸か、補欠だった佐倉くんがめでたくリレー選手に繰り上げ当選したわけだ。
やっぱり不幸かな。
佐倉くんは特別足が遅いわけではないが、速いわけでもなかった。普通なのだ。
しかしリレーというフィールドにおいては、やはり少々力不足かもしれなかった。
もっとも幹よりは全然速いんだけど。
あの時笑っていた高梨を見てどうも僕は嫌なことをかんぐってしまっていた。
つまり、あの事故は高梨が何か仕込んでいたんじゃないかってことだ。
とはいえ、意図的に事故を起こしたとしても誰がケガするかなどはわからないだろうし。
幹が土台のメンバーだった事を考慮したととしても、土台は一人だけではなかった。
考えていても答えの出る類の事ではなかったし、直接本人に尋ねるわけにもいかない。
次の日は快晴だった。体育祭日和だ。
開催を告げる花火が高々と上がった。
僕達は登校すると、各自イスを校庭に出し、体育祭の開催を待った。
特別な行事の日はお祭りのようで、知らずに気分は高まってしまう。
「おはよう」
憂鬱な顔の佐倉くんだ。
僕はもう覚悟を決めてしまっていたが、彼はどうやらまだのようだ。
「佐倉くん、もう諦めた方がいいよ」
僕は慰めだかなんだかよくわからない言葉をかけた。
「いや、でも僕のせいでぬかれちゃったりしたらと思うと…」
「気にすることないって。みんな立候補しなかったんだからさ。抜かれたってどうこう言われる筋合いないよ」
「そうは言ってもさ〜」
「佐倉、抜かれんなよ!」
高梨達から心無い声が飛んだ。
選手宣誓が終わり、吹奏楽部の演奏とともに体育祭は始まった。
最初の出番であるリレーの予選は、午前中のプログラムだった。
開会式が終わると、僕達はアップに向かった。
陸上部の佐藤君がいるので、適切なアップ方法を教えてくれた。
彼のアドバイスは的確で、体が温まっていくのを感じる。意外といい走りができるかもしれないな…僕は何となくそう思った。
「宗くん、がんばってね!」
「宗平がんばれよ!」
ふだん余り話さないクラスメイトも応援してくれて、なんだか嬉しかった。
それは佐倉くんも同じなようで、気合いが入ったようだった。
いよいよリレーが始まる。
走順は、佐藤君が1走、僕が2走、アンカーが佐倉くんだ。
佐倉くんの前までに、僕達がどれだけ引き離せるかが勝負の分かれ目だと思う。
女子のリレーメンバーも決して足は遅くなかった。
ぱん!
炸裂音がし、リレーが始まった。
一走の佐藤君は期待通りの走りをしてくれた。二位以下に大きく差をつけ、横山さんにバトンを渡す。
僕達のブロックは下級生も何組か混ざっていたため、まぁまぁくじ運はいいと言えた。
二走の横山さんも一位をキープしたまま僕に吉田さんにバトンを渡す。
吉田さんは徐々に差を詰められてしまったが、なんとか順位をキープしたまま僕にバトンを繋いでくれた。
僕は緊張していたが、いつかの盆踊り程ではない。
他クラスも段々速い者になってきたようだ。僕は必死に走り、佐倉くんにバトンを繋いだ。
アンカーは接戦になった。
「佐倉くんがんばれー!」
応援席から誰かの声が飛ぶ。
佐倉くんはかなり差を詰められ、入り混じった状態でゴールした。僕の位置からでは正確な順位はわからなかった。
「佐倉くん、順位は!?」
すでに走り終えたメンバーが彼の元に駆け寄っていった。
「に、二位…みたい」
佐倉くんが肩で息をしながら答えた。
どうやら予選を通過したようだった。
走り終えた僕達の周りに同級生達が集まってきた。
普段話題の中心にいる事はあまりないので、ちょっと新鮮だ。
みんな立候補こそしなかったにせよ、リレーで燃えないわけがなかった。