7-3
結局リレーは、陸上部の佐藤、幹と僕の三人になった。
佐倉くんは推薦だったため立候補者である僕らが優先され、佐倉くんは補欠になった。
佐倉くんは感謝の意を述べたが、正直佐倉くんのためではなかった。
意外だったのは高梨の反応だった。
「宗平、なんでお前なんだよ!」と、なぜか僕に噛み付いてきた。
せっかく立候補したのに、そんなことを言われても困る。
「や、たまには体動かさないとと思って」僕は内心動揺しながらも平静を装って返しておいた。
しかし僕に噛み付いてくるとは…僕の存在なんて何とも思ってないと思っていたのに。
高梨はそれ以上は絡んでこなかった。
いつもの昼休みの図書室。
「はあぁぁ…宗、お前立候補するならもうちょい早くしろよ…」
幹が落ち込んでいた。
「ご、ごめん…」僕は一応謝った。
しかし、その気持ちは僕も一緒なのだよ幹くん。
「ごめんね…わたし…」由香が申し訳なさそうに謝罪してきた。
僕は一年次は別のクラスだったため、由香の事は知らなかったが、もしかしたら高梨と何かあったのかもしれない。あまり気持ちよいいものではなさそうな何かが。
「君らがリレー走るとはねぇ…。二人とも運動神経どうなの?幹はスポーツできそうな感じだけど」
結衣が質問した。幹は苦笑いをした。
僕は割かしなんでもそつなくこなすタイプだったが、幹は確実に走るのは苦手だった。
パッと見、逆だろう。僕と幹のイメージは。
とはいえこうなってしまった以上、もはや辞退するわけにはいかなかった。
体育祭まであと二週間。
特にリレーに思い入れがあるわけではないが、せっかくならやれる事はやっておこうと言う事になり、僕達は放課後、陸上部である佐藤に走り方を指導してもらっている。
しかし、やはり陸上部の走り方は一朝一夕で身につくものではない。
普段とは違う部分の筋肉を使うため、本格的な走りをしようとすると僕達は筋肉が攣ってしまい、100メートルも走れなかった(ちなみにリレーは男子200m、女子100mだ)。
仕方がないので、試しに一度実際に走ってみて、バトンパスの呼吸を合わせるに留まった。
休憩中に、一緒に走る女子二人と少ししゃべれるようになった。
背の高いのが吉野さん。小さくていかにもすばしっこそうなのが横山さんだ。
この二人は盆踊り大会にも来ていたようで、僕の歌を聴いてたらしい。
あぁ…やっぱりこういうのあるよ。まったく、恥ずかしいったらない。
「最近女子の間で人気あるみたいだよ、宗君」みたいな事を言われ、戸惑ってしまった。
僕達は次第に打ち解けることができた。
「幹くんって、足遅いねー。スポーツ万能タイプなのかと思ってたよ」
容赦ない女性陣の言葉に幹は最初は憤慨していたが、次第に諦めたようだ。
スポーツマンである事は間違いないが、実際に足が遅いことは認めざるをえないのだ。
「しかし高梨君達もひどいよね。今更由香のことあんなふうに言わなくたっていいのに」
吉野さんが気になることを言った。
僕はあのときの高梨の言葉は気になってはいたが、由香本人に聞くのははばかられた。
二人は事情を知っているようだったがここで聞きだす事にはためらいを覚えた。
なんだか由香に申し訳ない気がしたのだ。
僕は悪いと思いながらも、幹の足の遅さを再びむしかえした。
幹はムッとしたようだったが僕の意図を理解してくれたらしく、ちょっとおどけて見せてくれた。
ありがとう、幹。
その日の放課後、僕は委員会の仕事があったのでリレーの練習には参加できなかった。
やはりその日も図書室に来訪者はおらず、僕は受験勉強に精をだしていた。
読書ではなく受験勉強をしているあたり、人は成長するものだなと感じる。
受験を控えている身で受験勉強をしないだけの強靭な精神力が無かっただけかもしれない。
リレーのメンバーは幹を少しでもスピードアップさせたいらしく、付きっ切りで指導していた。結衣や由香も、幹の応援に校庭に出ているようだった。結衣は幹をからかいたいだけかもしれないけど。
しかし幹のスピードは、一向に上がらなかった。
僕は少し休憩して、ぼんやり窓の外を見ていたので、図書室の入り口のドアが開いたことに気がつかなかった。
と、とたんに後ろから衣服ををつかまれ、背後にあった黒板に押し付けられた。
僕は突然のことに驚いて、何が起こったのか理解するのに少し時間がかかった。
「宗平、お前最近調子のってんだろ」
来訪者は…高梨だった。
僕の胸倉を掴んだまま、彼は言った。
リレーの練習中に、横山さんたちから言われたことを思い出した。
おそらく、盆踊りのことやリレーのことだろうか。だとしたら、どちらかといえば僕は被害者なのだと言いたかったが、息がつまって何も言えなかった。
僕の返事を待たず、高梨は続けた。
「いっちょ前に女とつるみやがって…由香にした事、お前にしてやってもいいんだぜ」
由香にした事。
高梨は聞いてもいないのに楽しそうに語りだした。
「由香のやつ、一年生のとき俺の仲間に告白してきてさ。面白かったからからかい倒してやったんだよ。あることない事。そしたらクラス中に広まっちゃってさぁ…」
図書室のドアが開いた。練習を終え、幹たちが戻ってきたのだ。
「高梨…お前なにしてんだよ!」
幹相手ではさすがに分が悪いと思ったのか手を離し、図書室を出て行った。
「宗くん、だいじょうぶ…」由香が心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫だよ、別に何もされてないし」胸ぐら捕まれただけだし。
「ごめんね…ほんとに…」由香の声が震えだした。
「由香…どうしたの」結衣が驚いて言った。
大丈夫だからさ、僕は由香に言った。
由香は泣き止むと、ポツリポツリと話し出した。
「私ね、一年の頃高梨君たちと同じクラスだったんだけど…」
「由香、その、いいよ別に話さなくて」
僕は言ったが、由香は首を振った。みんなに迷惑ばっかりかけてるから、と。
大筋は、さっき高梨がしゃべった事と一致しているようだった。
あることない事言いふらされた由香は、クラスメート達からいわゆるいじめと言われる行為を受けていたようだ。
「二年生になったとき、また高梨君たちと同じクラスになって、もう本当に学校くるのが嫌になってたんだけどね…私、二年の始めって宗くんと隣同士の席だったでしょ。宗くんが普通に話しかけてくれて、そのうちみんなともしゃべれるようになって…私すごい嬉しかったんだよ?」