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短かった春休みも終わり、いよいよ最終学年が始まった。
春休みに不規則になった生活を正さなくてはならない。ちょっとした苦労だ。
僕は気合をいれ起床し、支度をし、家を出た。
我が校は、校庭を囲むように桜の木が植えられており、四月にはちょっとした景色が拝める。
春の匂いに包まれた校門をくぐり、僕は新しい教室に向かう。教室は三階だった。
二学年から三学年へはクラス替えがないので、クラスメイトの顔は見知ったものばかりだったが、教室が違うせいかどことなく新鮮な気がした。
まだ前の住人達の空気が色濃く残っているのかもしれなかった。
「宗平」
名前を呼ばれて振り向くと、友人の幹がこっちへ向かってきた。
「もう始業式はじまるってさ。体育館いこうぜ」
「うん。校長の話、早く終わるといいね」
僕たちが体育館に着いた時には、すでに多くの生徒達が集まってガヤガヤしていた。
僕は自クラスの列に加わった。
「宗くん、久しぶりー」
女子の列に並んでいた由香が話しかけてきた。
「久しぶりって、春休みの間合わなかっただけじゃん」
悲しむべき事に、春休みは二週間程度しかないのだった。
「えー、冷たいなー」
と言って、由香は笑った。まぁ、確かに久々といえば久々か。
二年生の最初に由香と隣通しの席になった時はもっと静かなイメージだったけど、今は随分明るくなったような気がする。僕が自然に話ができる、数少ない女子の友達だ。
「新しく来る先生、どんな人だろうね」
由香が話しかけてくる。
二年時のクラスの担任は違う学校に赴任してしまい、今年から新しい教師が僕たちのクラスの担任になるそうなのだ。
「よくわかんないけど、恐くなければなんでもいいや」
教師というものが生理的に苦手な僕は、これにつきると思った。
「確かにー」
由香も笑って同意した。
毎年同じ事を話しているような気がする校長の話が終わり、いよいよ教師紹介のコーナーが訪れた。
今回新しく赴任してきた教師は二人。
一人女性でまだ若く、英語を担当しているとのことだった。大学を出たてのようで、挙動が初々しかった。
もう一人は小太りで縁のないメガネをかけた30代後半の男性だった。少し声が高く、恐そうな雰囲気ではなかった。
どちらが担任をやるかはこれで明白になったが、小太りのメガネはぱっと見苦手なタイプではなさそうだったので、僕は少し安心した。
式が終わって教室に戻ると、みんな新しい担任の話をしていた。
男子は、女性教師に担当してもらいたかったと騒ぎ、女子はそれを冷たい目で見ていた。
しょうがないじゃん、と僕は思う。
「宗はもう進路とか決めた?」
幹が問いかけてきた。
はっきり言って、毛ほども決まっていなかった。
こんなにも多くの人間一人ひとりがやりたいことを持ち、夢を持ち、未来を持っていることが、僕は普段から不思議だった。
僕は今のところ特にやりたいこともなかったし、自分の学力に見合う程度の学校を選ぶのだろうなとは漠然と考えていた。
「まだ全然決めてないよ…幹は?」
「俺はまぁ…いくつか絞れてはいるけどな。まぁ夏前までには決めるよ」
幹と話している間に新担任がやってきた。
自然とみんな席に着いた。
「え〜、今日から新しく担任を務めさせて頂く、山岡といいます。一年間よろしくね。みんな今年は受験で大変だろうけど、一緒にがんばっていこう。それでは一曲聴いてよ」
一曲…?
言うが早いか、新担任山岡は教壇の下からアコースティックギターを取り出した。
!
いつ仕込んだんだ。
多くの生徒が呆然とする中で、山岡は一昔前に流行ったドラマの主題歌を弾き語り始めた。
けっこう演奏上手い…自己流でギターをかじっている僕は、そんな感想を抱いた。
山岡のギターが鳴り響く中、僕の新担任に対する不安はふくれ上がっていった。