6-5
機材置き場に置いてあったエレアコを手に、僕はステージに立った。
ステージ上から見渡す景色は、見慣れている風景なのに初めて見る光景だった。
僕この学校六年間も通ったのになあ。
「宗、やることねぇって!あんなやつら言わせとけばいいんだよ!」
「そうだよ宗くん〜…」
幹と由香は止めてくれたが、しかし僕は苦笑いしてステージに向かった。
「大丈夫だから」
シン達とはなるべく目を合わせないようにした。
お前みたいなのに弾けるのかよ。
クライシスからそんな視線を感じていたから。
何でこんなことになるんだ。さっきまで僕、校庭の隅のほうで焼きそば食べてたんだぞ。
僕はただでさえ人前が得意な方ではない。演奏するなんてもってのほかだった。
こんなに大きな舞台に一人で立つのは初めての事だ。僕にはこんな瞬間は縁の無い事だと思っていた。
心臓は早鐘のように打っていて、気を抜くと足も震えてしまいそうだった。
だけど結衣のあんな顔を見たら、黙って引き下がるのはなんだかかっこ悪い気がした。
悔しさと申し訳なさと悲しさのようなものが入り混じり、今まで見たことの無い顔をしていた。
結衣は何も言わなかったけど、僕は無視できなかった。
僕が一曲通して弾ける曲なんて、どうせ数えるほどしか無い。選択の余地が無い事が、逆に僕を吹っ切れさせた。
僕は確かにギターをやっていたがあくまで趣味の範疇であり、まさかこんなに多くの人前で演奏する日が来るとは思っていなかった。
チューニングを確かめ、僕はマイクスタンドの前に立った。
心を決め、ステージから校庭を見下ろす。
ちらほら知った顔も見える。意外と周りが見えているのだろうか。
後々めんどくさそうだなぁと思いながら、一呼吸置いた後僕はゆっくりストロークを始めた。
曲は、あまり売れていないロックバンドが作った別れの歌だ。僕が弾き語り用に少しだけアレンジを加えた。
決して明るい歌ではないが、何故か明るさも感じる狂った感じの曲調。自暴自棄でありながら、どこか前向きさも感じる歌詞。矛盾が同居しているような曲だったが、それらが僕は気に入っていた。
声は震えていたし、演奏もめちゃくちゃだったと思う。しかし、徐々に曲の世界に入り込んでいき、次第に僕は何も考えなくなった。
ただ指を動かし、コードを追いかけ、ピックで弦を掻き毟り、僕は歌う。
いつしか僕は高揚感を感じていた。
これでもかとギターを掻き鳴らし、気がつくと僕は、最後の音を出し終えていた。
僕は何とか歌いきることができたようだ。
なんだかやけに静かだった。
僕は肩で息をしながら、会場を見渡した。
前列のシンの仲間達も、ただ僕を見ていた。
シン達も、複雑な表情をしていた。
何だよこれ…僕どうすればいいんだ。
と、会場の一角から拍手がおこった。拍手がした方を見ると、担任の山岡だった。
わ、何かあいつ泣いてないか…。
すると次第に拍手は広がっていき、最後には大きなものになった。
何だよこれ…僕どうすればいいんだ。
「決まってんだろ」
シンの声が聞こえた。
「右手でも掲げとけよ」
なるほど。
盆踊りの開始を合図する花火が打ち上げられた。
僕は内側から感情が湧き上がるのを感じた。
気がつくと僕はピックを握り、こぶしを高々と掲げていた。