6-2
昼間の殺人的な日差しは多少和らいだが、夕暮れ時もまだまだ暑かった。
僕は一旦自宅に自転車を置いて、歩いて学校に向かった。学校に近づくにつれ、浴衣を着ている人々で徐々ににぎわってくる。
普段この住宅地はあまり人通りがないのだが、さすがに今日は違った。
こんなにも多くの人がいるのに、なぜ普段全く人通りが無いのか、不思議だった。
学校の前には長い坂があり、すでに露店が出ていた。
余談だが、この勾配が急な長い坂は遅刻しそうな子供達にとって、大きな関門となるのだ。
途中たこ焼き屋が目に入った。朝と昼を一緒に食べたためお腹がすいていたが、待ち合わせに遅れてしまいそうだったのでひとまず諦めた。
待ち合わせの校門前に着くと、すでにみんな到着していた。
「宗くん、おそいよ〜」由香が頬を膨らませた。
完全に時間通りだったが、僕は一応謝った。
さっきたこ焼き食べなくてよかった。ソースでもどこかにつけて行こうものなら、猛烈に講義されただろう。
「ごめんごめん…ってあれ、みんな浴衣なんだ?」
結衣と由香は浴衣を着ていた。なんか幹まで着ていた。
僕はジーンズにTシャツといった出で立ちだった。風情もなにもあったものではない。
「何言ってんだよ、海の帰りに決めたじゃんか…」幹があきれた様子で言った。
「宗は帰りの電車、疲れて寝てたからねー。私達の水着姿見て随分はしゃいでたから」
結衣にからかわれた。
絶対幹の方がはしゃいでた。
「いいよ、どうせ僕浴衣持ってないし…」
「!ご、ごめん…」結衣に謝られた。
「え?」
「お家の事情とかあるもんね、無神経なこと言ってごめんなさい」
「い、いや、別に金銭的な事情じゃないよ?単純に持ってないだけで…」
「今日は思いっきり楽しもうね!何か食べたいものあったら遠慮なく言うんだよ」
結衣が変な暴走を始めた。あとの二人はニヤニヤしていた。
否定してよ…
いつまでも校門にいても仕方が無いので、僕達は校庭に向かった。
もっとも大して広い学校ではないので、校門からグラウンドが見えているのだが。
辺りは段々薄暗くなってきており、提灯の灯りがきれいだった。
グラウンドの中央にやぐらが建っており、それを囲むように屋台が出ていた。
やぐらの上には人が数人立っており、ビンゴゲームが始まることを告げていた。盆踊り大会の目玉企画だ。
ビンゴゲームの名称こそ「こどもビンゴゲーム」だったが、なぜか一等には車なども用意されており、大人たちは子供に積極的に参加を命じていた。
ちなみに参加資格は中学生以下。僕達はセーフだった。
子供向けの企画のはずだが、僕達ぐらいでも十分楽しめる。
読み上げられる数字に一喜一憂する。会場内は盛り上がっていた。
結果から言うと、僕は小さい女の子向けの着せ替え人形、幹は自転車、由香はおやつセットで、結衣は何も当たらなかった。
むくれる結衣を由香がなだめ、幹は邪魔になってしまう自転車を置きに一旦家に戻った。
いくら日が長いといっても、さすがに辺りは暗くなってきていた。
僕達はベンチに座り、屋台で買ったたこ焼きと焼き鳥を食べつつ幹を待っていた。
由香はクラスの友人を見かけて、声をかけに行った。
やぐらの周りでは盆踊りが始まっていた。
僕は踊り方など全く知らないので、たこ焼きを食べ終わりぼんやりと踊りを眺めていた。
昔は盆踊りは楽しいだけのイベントだったが、歳を重ねるにつれ、どこか切なさを覚えるようになってきた。
それが盆踊りの本来の目的に起因するものなのか、今の日々に何か原因があるのか、はたまた単に昔を懐かしんでいるだけなのか、理由は判然としなかった。
多くの人が様々な思い出盆踊りに参加しているのだろう。卒業生も多く参加しているはずだ。
みな何を思っているのだろうか。
やぐらの周りで踊る人々の周りに、たくさんの人の思いが渦巻いているような気さえした。
「宗?どしたのボーっとして」
結衣に声をかけられ、我に返った。どうも僕は考え始めると周りが見えなくなってしまうようだ。
「ごめん、なんでもないよ。ボーっとしてた」
僕がそのままを言うと、結衣に両方のほっぺたを引っ張られた。
「隣にこんなにかわいい浴衣の女の子がいるのに、よくボーっとできますねあなたは!」
「い、いひゃ、ふぉめんってば」
完全に言えていないが、僕は謝罪の言葉を口にした。結衣も笑って手を離した。
「宗、あのさ…ちょっと話したいことあるんだけど、いい?」
突然真面目な口調で話しかけられた。
僕はちょっとドキッとした。夏休みが始まる前、結衣の家であった事が思い起こされた。
結衣の目はあの時と同じだった。
「な、なに、改まって」平静を装おうとしたが、おそらくできていなかっただろう。
「あのさ…わたし
「あれ、結衣じゃん?」
突然後ろから声をかけられた。
またも驚かされ、僕は振り向くと、見知らぬ男女数人が立っていた。