5-3
ボーリング場は、国道沿いにある。
国道の中心を線路が走っていて、それに沿うような形で両側を二車線の国道が走っている。
僕達は電車に乗って、ボーリング場に向かった。
普段制服か体操着しか見ていないので、みんなの私服姿は新鮮だった。
僕はボーリング場に行くこと自体が初めてだったので、ちょっとテンションが上がっていた。
平日のボーリング場は混んでいるというわけではなかったが、様々な人々がいた。
一人で投げに来ている年配の方や、仲間と来ている僕達ぐらいの年齢の集団。
それぞれが楽しそうに投げていて、歓声が上がっている。
僕達は二チームに別れて対戦することになった。
三ゲームやって、レーン合計の大きいチームが勝利だ。
勝利チームは負けチームにゲーム代を支払うこととなる。
中学生の小遣いにとっては、手痛い出費だ。
ジャンケンの結果、僕は由香と組むことになった。
幹は、結衣と組めて嬉しそうにしていた。
本人は誰にも気付かれていないつもりらしいが、僕はとっくに気付いていた。
幹自身が言った訳ではないから、気付かないフリをしているけど。
さっきも言ったけど、僕はボーリングをやったことが無い。
とはいえ、特別難しそうには見えなかったため、プレイしたことが無いことは黙っていた。
たぶんみんな似たようなものだろうとたかをくくっていたのだが…
が、結果は100近くの差をつけられ、僕のチームは惨敗した。
結衣と由香は同じくらいのスコアだったのだが、僕が異常に足を引っ張ってしまったのだ。
みんなに指摘されて気がついたのだが、どうやら僕はボーリングが下手なようだ。
由香は僕が投球するたびに絶望的な顔をした。
結衣と幹はハイタッチして喜んでいた。
泣く泣く僕たちはゲーム代を支払った。
由香には大変申し訳ないことをしてしまった。
だって、まっすぐ投げられないんだよあの球。
こんなに高度な技術が求められる遊びだとは思わなかった。考えてみればプロがいるくらいだものなあ。
ボーリング後はファミレスに入り、図書室の延長線上のような会話を続けた。
幹が夕方から空手の練習があるということで、地元の駅まで帰ってきてから僕達は解散した。
帰り道が結衣と途中まで一緒なので、僕は送って行く事にした。
夏の夕暮れだった。
昼間は暑いが、この時間になると少し涼しくなる。
夕焼けがきれいで、少し頬に当たる風は気持ちよかった。
「なんか僕、ボーリング下手みたいだね。全然ピン倒れなかったし」
僕は少し落ち込んでいた。
「最初はそんなもんだよ。しかし緊迫感のない勝負だったよねー。宗は投げ方もちょっとおかしいしね。今度指導してしんぜよう」馬鹿にしたように結衣に言われてしまった。
正直、返す言葉もなかった。しかし、自分が下手という認識を持てたことは良かったのではないか。何も知らず、100ぐらいは取れるだろうとたかをくくっていた自らを恥じた。
中心街から離れている僕達の地域は、比較的まだ緑が多く残っている。
昔に比べ随分民家が建ってきたが、都心に比べるとまだまだ密度は薄かった。
道路の片側は住宅が建っていたが、もう片側は何も整備されていないため、夏草が伸び放題になっていた。もっとも、ここも整備されてしまうのは時間の問題だろう。
僕の小さい頃はこの道は砂利道だった。今はアスファルトで完全に舗装された道路を僕達は歩いていた。
「宗、なんか思い出話してよ」
突然結衣が言い出した。
「え、思い出話?」
結衣が頷く。
「そう。地元でしょ?なんか昔の話とかないの?」
「うーん…特別おもしろい話はないと思うけど」
「いいの。私そういう話聞くの好きだから」
それなら…と、僕はたわいのない話を始めた。
ここの樹からは樹液がたっぷり出ていて、カブトムシやらクワガタムシがわんさか取れたけど、権益をめぐって子供達の間で戦いがあったとか。
今はもう無いけどここには昔森があって、通学途中に木から蛇が落ちてきて驚いたとか。
この坂で派手に転んで一生傷を作ったとか。
話す前はあんまり気が進まなかったが、話しているうちに夢中になってしまった。
いつの間にか結衣の家に着いたようだ。なんだかあっという間だった。
「うち、ココ」
結衣が指差した。わりと最近できたマンションだった。結衣は三階に親子三人で住んでいるらしい。
「あ…ごめん、なんか夢中になって一人でしゃべってたかも」今更ながら、謝った。
「いいって。私が話してって言ったんだから」
楽しかったと結衣は言ってくれた。それならよかったんだけど。
「じゃあ、また明日ね」僕は言って帰ろうとしたが、結衣に引止められた。
「せっかく送ってくれたんだし、ちょっと上がっていけば。飲み物ぐらい出すよ」
僕は、さすがにためらった。女の子の家に行ったことなど無かったし、結衣の両親に会うのも気まずい。
「大丈夫、親なら遅くまで帰ってこないから」
結局僕は結衣の家にお邪魔することになってしまった。
あんまり断り続けるのも申し訳なかったし、飲み物を一杯飲んだら帰るつもりでいた。
結衣の部屋に通された。結衣の部屋は、何だかいい匂いがした。
考えてみれば、親がいないって事は二人きりって事じゃないか。今更ながらに、変に意識してしまった。僕も所詮、中学生男子なのだ。
それに結衣、かわいいし。
なんとなくソワソワしていると、結衣が麦茶を持って来てくれた。
「あ、ありがと」
「?どうしたの?」
僕の緊張などどこ吹く風。
結衣はいつもどおり世間話を始めた。
僕の緊張もいつの間にかとけ、いつもどおり自然に結衣と会話できた。
「あ、そういえば」と結衣。
「宗ってギターやってるんでしょ?私この前ギター買ったんだ。ちょっと自慢させてほしいんだけど」
「まじで?どれどれ?」
結衣が持ってきたそれは、某ブランドの有名ギターを模したコピーモデルだった。
ピックガードに鳥の絵が描かれている。
「おぉ、かっこいい!」
「でしょー。がんばってお小遣いためたんだよん」
「ちょっと、弾かせてよ」
「ふふ、どうしよっかな〜…」
「いいじゃん、ちょっとだけ」
ギターの事になると、意外とテンション上がる自分がいた。
結衣も、普段あまりアグレッシブに動かない僕が少しムキになっているのが面白いのか、中々手を離さなかった。
お互い引っ張り合っているうちに、もつれあって倒れ、僕が覆いかぶさるような形になってしまった。
うーん、ドラマでこういうの見たことあるような気がするけど、起こりうるんだなぁこういうの。
変なところで冷静だった。
そんな事考えてる場合じゃなかった。女の子とこんなに密着するのが初めてだった僕は、ドキドキしていた。
「ご、ごめんね結衣」僕は焦って離れた。
「宗…」
結衣はゆっくり起き上がって、僕と向かい合った。