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失恋の裏側

作者: 水紅

 私には、二人の幼馴染みがいる。

 ぱっちりした二重の目に、長いまつ毛、艶やかな黒髪、綺麗な白い肌。まさに絶世の美少女という出立ちの美華。

 そして、切長の瞳に、これまた長いまつ毛で、サラサラの茶よりの黒髪、極め付けの碧眼。三カ国の血が入り混じったクォーターの優。

 二人とも幼い頃から恐ろしいほど人目を惹きつけた。その容姿は、もはや暴力的と言わざるを得ないほど、周囲の人々を圧倒させた。


 しかし、そんな普通ではない二人の幼馴染みがいる私は、あまりにも平凡だった。

 顔も普通。頭も普通。運動神経がずば抜けているわけでもない。これといって優れた能力を持たず、何処にでもいる凡人でしかなかった。


 そんな私を容姿だけでなく中身も色々と特別な二人は、見下すこともなく対等に接してくれた。周りが分不応相だと言っても、幼馴染みだとハッキリ言って蹴散らしてくれる。二人に幼馴染みとして大切にしてもらえてると分かって、どれほど嬉しかったか。


 そして、私は恋をした。

 幼馴染みでも、これが平民が貴族を好きになるくらいの無謀な話であることは分かっていた。

 でも、好きになってしまったら、それは止められるものではない。


 最初から分かっていた。この恋は叶わないと。

 私みたいな凡人が彼に釣り合うわけがない。

 彼がそんな風に人を見たりしないことは分かっていても、それでもこれは決して報われないと確信していた。


 だって、極上の宝石が手に入られる所にあるのに、そこら辺の道端に転がっている石ころなんかに目を向ける奇特な人がいるだろうか。

 そういうことだ。


 でも、恋とは理性では制御出来ない。

 ありきたりな言葉ではあるが、それは実に的を得た言葉でもあると私は身をもって知ることになる。






「みほ、あんまり無理しちゃダメだよ?」


 心配そうに眉根を寄せる美華は、それでもその美しさが損なわれることはない。羨ましい。その美しさがあれば、私も少しは彼に見てもらえただろうか。


「大丈夫だよ…」


 いつも通りに微笑んでそう返す。でも、彼女の顔の憂いは晴れない。何か言いたげなその瞳に見て見ぬふりをする。少し心が痛むが、今の私には余裕がなかった。


 名門の私立中学校を受験して、無事合格。期待を胸に幼馴染みたちと共に入学した四月から早三ヶ月。日差しが日に日に強くなり、季節は初夏。

 中学校一年目の夏休みが目前の今、晴れ渡る青空とは真逆に私の心は曇っている。いや、曇っているなんてもんじゃない。嵐が吹き荒れていると言っても過言ではない。


「ねえねえ、あの噂本当かな?」


「あー、黒川くんのこと。」


「そうそう、相原さんとの噂。意外たよねー、あの黒川くんが…」


 廊下の隅でヒソヒソと噂話に乗じる女子たちを、美華がキッと睨む。絶世の美少女の睨みは不思議な圧がある。女子たちは慌てて立ち去った。


「美華、いいよ。本当に大丈夫だから。」


「馬鹿言わないで。幼馴染みだよ?何年いっしょにいたと思ってるの。みほが今何考えてるかなんて、見れば分かるんだから。」


 腰に手をあてて、先程の女子たちに向けていた睨みを次は私に向ける。でも、それは彼女たちに向けていた時とは違って、剣呑なものではなく、私を心配してのものだ。

 こんなに心配してくれている彼女に対して、私も彼女みたいな美しさがあればと考えていたのが恥ずかしくなってくる。


「…美華、ちょっとつきあってくれる?」


 ボソボソと俯きながら言う。


「うん、もちろん!」


 チラリと顔を上げて見た彼女は満円の笑みを浮かべていた。






「もう、アイツなんか忘れてパーっと、パーーっとやっちゃおう!ほら、食べて食べて!」


「美華、こんなに食べたら太っちゃうよ。」


「いいって!みほはいつも甘いものあんまり食べないんだから、こういう時こそ食べなきゃいつ食べるっていうの。」


 フォークをビシッと私の方に向けて、美華が言う。美少女って本当にどんな顔しても可愛いんだなぁと思う。 

 でも、彼女の前に置かれている皿の上に乗っているケーキの数に呆れてしまう。流石に食べ過ぎじゃないかな、その量は。


「…はは、うん、そうだね。うん…うん、こういう時こそ食べなきゃね!失恋したらやけ食いって鉄板だもんね!」


 もうヤケクソだ。こうなったらとことん食べてやる。

 失恋の痛みには甘いものって、確かなんかの恋愛小説に書いてあったはずだしね。






 目の前でケーキを頬張る彼女は、どこかヤケクソ気味だ。体型維持のために大好きな甘いものを制限している普段の姿からは、考えられない光景だ。


 彼女がこんな風になっている原因を知っている。

 そして、その原因を私は恨んでいる。


 みほはずっと小さい頃から優に恋している。

 彼女が優に恋に落ちる瞬間を、私は見ていた。


「美穂は俺の大切な幼馴染みだ。次なにかしたら許さないからな。」


 私と優は、昔からこの目立つ容姿で人から羨望や嫉妬をかってきた。それが私たちだけに向けられるならまだいい。

 しかし、それが私たちではなく、美穂に向けられることもしばしばあった。勿論、彼女に被害が及ぶ前に手を回している。それでも、全てを抑えれられるわけではない。特に、小さい頃はそうだった。


 そして、彼女は自分を守る騎士(ナイト)に恋に落ちたのだ。


「みほ、ここ。ついてるよ。」


 唇の横に指をさす。彼女は一瞬ポカンとした顔になり、私が指をさした所に手をあてる。そこには生クリームがついていて、彼女は慌てて指で拭った。


「うう、見なかったことに…」


「ふふ、それはムリ。もう見ちゃったもんねー、みほの可愛いところ。」


 恥ずかしいそうに顔を染める彼女は可愛い。白い肌が赤く染まる様子が庇護欲をそそる。

 周りのテーブル客たちが見ているのは、何も私だけではない。


 綺麗に手入れされた髪は毎朝可愛く結い上げ、肌の手入れも毎日欠かさず行っており、夏でも透き通るような白い肌を保っている。大好きな甘いものも制限して、毎朝早くから走り込み、体型維持にも余念がない。

 彼女がどれだけ努力して髪も肌も体型も手入れして、維持してきたか。その努力は私なんかじゃ計り知れない。

 そして勿論、彼女が努力しているのは、容姿の面だけではない。勉強も、運動も、それ以外のことも、彼女は一切手を抜かなかった。

 その努力する姿が凡人だなんて、誰が言えようか。


 彼女は小さい頃から私たちと一緒にいたから、自己評価が異様に低い。向けられる視線は全て私と優へのものだと思っているけど、それも違う。

 努力して彼女が今まで磨いてきたものは、今まさに花開こうとしている最中。小学生の頃はまだまだ子供っぽさが勝っていたが、中学生になってからは大人っぽさが出てきた。それと同時に僅かにだが、色気も。


 なぎさが蝶へと脱皮する瞬間が美しいように、子供が大人になり始めるこの時期。後数年も経てば、間違いなく彼女も美しく成長しているだろう。

 だって、今この瞬間からもうその片鱗を見せている。不思議と目が吸い寄せられているのは、私だけではない。


 彼女の今までの努力は、決して無駄ではない。

 彼女も数年後にはそれを実感するだろう。


 …ただ、この僅かに滲み出ている色気がアイツに失恋したから、というのが私としては気に入らないけど。





 今日、私は失恋した。

 いや、正解には、私は恋に落ちたその瞬間から既に失恋していたんだろう。

 どれだけ努力しようと、どれだけ足掻こうと、凡人は凡人でしかない。秀才にはなれても、天才と並びたつことは出来ない。

 今までの努力が全て無駄だったとは思わない。


 でも、この恋は叶わなかった。それが全てだ。


 ずっと好きだった人は中学校に入学してから、新しい世界を知った。そこで、恋をした。

 相手は小動物みたいな可愛いさをもつ彼と同じクラスの人で、名前は相原瑠璃。一度見に行ったけど、確かにふわふわして綿飴みたいで、美華みたいな絶世の美少女って感じではないけど、モテそうな感じの子だった。


 そっか、ああいう子がタイプなんだ。なんていうか、思ったより普通。

 優の隣に立つなら、それこそ美華みたいに絶世の美少女で、頭も良くて、社交性もある完璧な子じゃないと釣り合わない。

 …いやいや、彼に釣り合うとか釣り合わないとか、それは私が決める話じゃない。いや、でも…


 と、そんな感想を抱いてしまった。

 そう、確かに可愛いけど、凄い可愛い子を想像していた私にとっては拍子抜けするような思いだった。

 もっと、こう、私のこの七年近い片思いを諦めさせてくれるような、そんな子を期待していたのだ。

 私の勝手な願望でしかないけど。


 その相原さんを見に行ったのが、四月の終わり頃。優と相原さんの噂が流れ始めてからすぐに行ったので、この噂はもう既に二ヶ月以上も消えずにそのままだ。しかも、ゴールデンウィークでは優と相原さんがデートしていたという噂まである。どちらも真相を確かめるのが怖くて、優に直接聞くことは出来なかった。


 でも、見てしまったのだ。普段、私と美華以外の女子とは必要最低限の関わりしかしない彼が、相原さんと楽しそうに話している横顔を。

 そのくらいで大袈裟だと思われるかもしれないが、あの笑顔は彼の家族以外なら私と美華しか知らない。

 その笑顔を見て、私は失恋するのかと悟った。


 それから、私はどうにか優に私を見てもらえないかと色々試したけれどダメだった。


 でも、それは、私がもうこの恋を諦めかけていたからかもしれない。

 七年近いこの片思いを終わらせる準備を、無意識にしていたのだろう。

 少しずつ、少しずつ、彼を諦める為に。


 私は、まだまだ未熟な子供でしかない。

 それでも、大人の振りくらいは出来る。

 もう、潮時だ。



 涙なんて流さない。

 これは、悲しい恋ではなかったのだから。








「アンタ、ふざけてるの。」


 その瞳は、心底俺を蔑んでいるように見えた。同時に、その奥に隠しきれない憎しみが滲んでいる。


「こんなやり方…みほをどんだけ傷付ければ気がすむの。本当、最低。」


 俺と美穂と美華は幼馴染みだが、俺と美華はかなり仲が悪い。そもそも相性が悪い。美穂の前ではまるで仲が良いように振る舞ってはいるが、美穂がいなければ俺たちは幼馴染みという関係を築いていなかっただろうな。


「最低か…。それは、俺にだけ言えたことじゃないだろ。なあ、美華。」


「名前で呼ばないでって言ってるでしょ。」


 無表情で睨みつけるその姿を美穂が見たら驚くだろうな。こいつは美穂の前では、別人になる。それ以外のやつの前では、えげつないヤツだ。裏と表があるというよりは、二重人格に近い。


 こいつは美穂の為ならなんだってやる。


「あの噂流したのお前だろ。」


「ええ、最初はね。でも、そのただの噂を真実にしたのはアンタでしょ。」


「…なんでこんなことした?」


 目の前にいるのは、幼馴染みじゃない。

 敵だ。


「なんで?…だって、アンタじゃみほを幸せに出来ないから。」


「は、ちげーだろ。」


 思わず鼻で笑う。綺麗事の御託を並べろって俺は言ってるんじゃない。


「お前が嫌なだけだろ。美穂が俺のになるのが。大好きな美穂が大嫌いな俺に奪われるのが。」


 殺伐とした雰囲気があたりに漂う。放課後の教室には似合わない。


「だったら何?でも、アンタじゃみほを幸せに出来ないことも本当でしょ?」


「じゃあ、なんだよ。お前には美穂を幸せに出来るって言うのか。」


 しばしの沈黙。その瞳にあるのは憎しみだけではない。


「…出来ないわよ。でも、アンタなんかよりもみほに相応しい人がいる。」


「へー、お前のお眼鏡にかなうヤツがようやく見つかったか。随分、長かったじゃねーか。七年もかかるなんて。」


 俺の言葉に表情を歪めた美華は、何も言わずに教室を去っていった。





 アイツにみほを奪われるくらいなら、私が自分でみほに相応しい人を選んだ方が百倍マシだ。その為に、この七年必死に探してきた。

 そして、ついに私の求めていた人を見つけた。まだまだ色々と調べなければいけないが、今のところ問題はない。

 アイツがみほを諦めるとはどうにも思えないけれど、少なくとも今は手を回せないだろう。アイツの監視役として瑠璃をつけているから、動きがあればすぐに報告がある。


 みほの片思いは既に幕を閉じた。

 親友とスイーツのやけ食い。最後の一押しには十分だろう。


 このゲームは私の勝ちだ。

 さあ、第二ラウンド(新しい恋)の始まりといこうか。



 …例えそれが、私の二度目の失恋になるとしても。






 このゲームはまだ終わっていない。


 この七年間、俺はただ美華の妨害に手をこまねいていたわけではない。

 美穂は失恋したと思って、俺への片思いに決着をつけた。


 …というのは今だけだ。俺はこの七年間、美穂が簡単に俺を諦められないようにしてきた。七年もあったんだ。美華が、美穂に相応しい相手とかいうのを探している間に出来ることは色々あった。


 しかし、今回の完全にしてやられたな。まさか、こんな方法をとるとは。

 美穂のことを何よりも大切にしている美華が、まさか美穂が傷つくような方法をとるとは思わなかった。

 美華にしては妙に焦ってるが、まあ、それも仕方ない。ずっと探し求めた理想をやっと見つけたから舞い上がってるんだろうな。


 でも、それがぬか喜びにならないといいな。



 相原瑠璃は美華に心酔している狂信者。美華の為ならなんでもする狂気の集団の一人だ。そいつを利用して、俺のありもしない噂を捏造して、俺に常に張り付かせることで妨害と監視をさせている。美華は自分の美貌の使い方をよく分かっている。

 でも、それなら俺も同じ方法をとってもいいよな。相原瑠璃が心酔する相手を美華から俺に変えたところで誰が彼女を悪く言える。


 俺と相原瑠璃が仲良さげにしているのを見て、美穂が傷付いたかもしれないが、それでも彼女は俺を諦められないし、俺も諦めるつもりなど毛頭ない。




 この(ゲーム)はまだ終わっていない。

 誰が終わらせてやるか。

 第二ラウンドにもいかせない。

 始まる前に叩き潰してやる。




 …まずは、あの探し求めていた理想のヤツってのを潰しとくか。

 ラスボスはその後だ。

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