side1.9
王妃の心労
ある昼下がり。
王妃は庭園でセラフィーヌと向かい合っていた。
「セラフィーヌ、今日は呼びつけてしまってごめんなさいね…本当なら公爵家へ向かうべきなのだけれど」
「とんでもございませんわ、王妃様。王妃様の外出となりますと警備が大変でございましょう。それに我が家に来ていただくのは恐れ多いですわ」
ああ、なんて優しい子なの。
「本当に優しいわね、セラフィーヌ」
「とんでもございません」
長引かせても悪いわね…謝らなくては。
「セラフィーヌ、ごめんなさいね…」
「王妃様?どうされましたか?」
「学園でのジョエルの事は聞いているわ。本当に息子がごめんなさいね…」
セラフィーヌには頭を下げなければ。
「王妃様!わたくしに頭を下げるなど、なりません」
「こうでもしないと、わたくしの気がおさまらないのよ」
「お顔を上げてくださいませ」
そう言ってハンカチを渡してくれるセラフィーヌ。
優しすぎるわ。
あら、このハンカチの刺繍はセラフィーヌかしら、素晴らしいわ。
1枚欲しいくらいだわ。
「あのね、セラフィーヌ。ジョエルに婚約破棄の書類にサインさせたでしょ?あの子…ちゃんと読まずにサインしたようで、まだあなたと婚約していると思っているようなの」
「王妃様、公爵家から婚約破棄を申し入れさせて頂いた時から、これは予想しておりましたので、大丈夫でございますわ」
「え?」
「ジョエル王子殿下と婚約している間、ほとんどお会いする事はございませんでしたが…婚約者としてジョエル王子殿下の性格は把握しておりました。あの日、ジョエル王子殿下がその場にいらっしゃらなかったので、後で婚約破棄の書類を渡すだけでは中身も読まずにサインすると思っておりました。陛下が後日と仰られたのを、早急にとお願いしたのはこちらでございます。ですのでわたくしにも原因がございます」
物分りが良すぎて涙が止まらないわ。
「でもセラフィーヌ、あなたの学園での評判にも関わるでしょう?新しい婚約者も探さないといけないのに」
「いいえ、学園に通う方々はわたくしとジョエル王子殿下の婚約が破棄された事はご存知ですわ。断罪劇とやらに巻き込まれてらっしゃるご令嬢方からは、毎回謝罪を受けております。わたくしよりもむしろ、巻き込まれてらっしゃるご令嬢の方が気の毒で…」
「…ねぇセラフィーヌ、もしかして過去の9回とも、相手のご令嬢はジョエルとお付き合いしてなかったの…?」
「全てではございませんが、ほぼ、ジョエル王子殿下の勘違いでごさいます」
なんてことかしら!
今度は恥ずかしくて涙が止まらないわ。
「セラフィーヌ、何故か陛下からはジョエルが婚約破棄に気付くまで教えるなと言われているのだけど、教えた方がいいわよね?おそらくあの子はまだ続けると思うの。そんなのあなたに悪くて…」
セラフィーヌが何か考えこんでるわ。
「…王妃様、ふたつ、我儘をよろしいでしょうか?」
「なにかしらっ!?何でも言って!」
「実はジョエル王子殿下の断罪劇は、断罪出来ない劇として学園の名物となっておりますの」
「…へ?」
「それに他国では、流行りの『悪役令嬢が断罪されて庶民のヒロインが王子と結ばれる』という恋物語を真似て、実際に王家の王子様方や貴族令息の婚約破棄が横行している様なのです。ですので生徒会としては、式典の度にジョエル王子殿下に断罪出来ない劇をして頂いている方が助かりますの。なのでこのままで良いのではないかと思っております」
「そんなものが流行っているの!?なんてことかしら…でもそれはセラフィーヌの我儘ではないわよ?」
「はい、我儘と言いますのは…おそらくジョエル王子殿下がこのままお気付きになられなければ、卒業式でも断罪出来ない劇をして下さると思うのです。ですのでその際に『とっくに婚約破棄してますわ』と、わたくしから言わせていただきたいのです。勿論、卒業式より前に気付かれれば、その時に」
「あら!それは面白そうね?良い仕返しになるわね!それこそお芝居みたいだわ!」
「よろしいのですか?」
「勿論よ!ジョエルが悪いのだもの。その日ついでにステファンの立太子もしてしまおうかしら。ほほほほほ」
「お、王妃様それはトップシークレットでは…」
「あら、つい口が滑ったわ。聞かなかった事にしてちょうだい。ほほほほほ…コホン。セラフィーヌ、あとひとつの我儘は何かしら?」
「はい、実は隣国の王太子様であらせられるフィリップ王太子殿下から婚約を求められておりまして。認めて頂けますでしょうか」
「あらっ!アスガール国の!?それは素晴らしいわ!よろしくてよ!陛下に伝えておくわね!」
「ありがとうございます。父に伝えますわ」
「ジョエルの事で散々迷惑をかけてしまって、セラフィーヌの婚約が心配だったのだけど、これで安心だわ。ではあと2年、ジョエルの断罪出来ない劇?だったかしら、お付き合いお願いね。卒業式は必ず見に行くわ!」
「謹んでお受け致します」
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こうして、ジョエルの知らぬ間に
王家とセラフィーヌ公認で
『ジョエル王子の断罪出来ない劇』は続けられる事になる。