side1.33
卒業式でノエルと笑顔で別れたジョエルは、そのまま裏口から会場を出て、城へ向かう馬車に乗った。
馬車の扉が閉まる直前、一人の男が断りもなく馬車に乗ってきた。
ジョエルは一瞬警戒したが、すぐにといた。
男はテイラーだった。
「テイラーか・・・」
「王子、卒業おめでとうございます」
「・・・ありがとう」
何か話があるのかと思いしばらくテイラーが話すのを待ったが、テイラーは穏やかな顔で窓から外を眺めている。
「なあ、テイラー」
「はい、王子」
ジョエルはふいに、長年繰り返してきたこのやり取りが可笑しく思えて、ふっと笑った。
テイラーはそんな私の顔を訝しげに眺めている。
「いや、色々ありがとう」
テイラーは一瞬目を見張ったが、ふっと顔を緩めると、
「・・・いいえ。少し心配で着いてきましたが、そのお顔なら大丈夫そうですね」
と、微笑んだ。
「お前から見た私は、相当な馬鹿だっただろうな」
「あー、ええ、まぁ・・・そうですね」
馬車の天井を見上げながら答える侍従に、笑いが込み上げた。
「くくっ、ははっははは」
「王子?やっぱり大丈夫じゃなかったですか?ついに壊れました?」
「いや、思い返してみればお前は昔から私に対してズバズバと言う失礼な奴だったな、と思ったら可笑しくてな」
「はあ、それは失礼しました?」
「くっくっ、思ってもいないくせに謝るな」
「王子は確かに賢くはないと思いますけど 「おい」 でも性格は好ましいですよ」
「え?」
「王子は勉学と恋愛に関しては残念ですけど、性格は良い意味で王族っぽくないというか・・・学園でも悪い噂は一切ありませんでしたし、城に務める者達に対する態度も好感の持てる方との評判でした」
「そう、なのか?というか、なんでそんな事知っているんだ?」
「王子、私はフェンベルクの嫡男ですよ?」
「・・・え?フェンベルクって・・・王家の影の!?そうだったのか」
「陛下は内緒にしてたのか・・・」
テイラーが溜息を吐きながら呟き、そして突然その身を正した。
「ジョエル王子殿下、私は明日から王命でステファン王子殿下付きになります」
「・・・は?」
「王子には散々振り回されましたが、今となればそれなりに楽しかったです。ありがとうございました」
ジョエルは目の前で深々と頭を下げるテイラーになんと言っていいのか分からず、その頭にぽん、と手を置いた。
「え・・・?王子?」
顔を上げようとしたテイラーの頭を力ずくで抑えた。
「ステファンはっ・・・優秀なやつだ・・・から、私と違ってっ苦労はしないだろうっ・・・グスッ」
「王子、泣いてます?」
「泣いてない」
「いや、私の頭にポタポタと・・・」
「泣いてない・・・ズビッ」
「ちょ!頭に鼻水垂らすのはは止めてくださいよ!?」
「な゛い゛て゛な゛い゛」
「はぁ〜、今日この後ルナに会うつもりだったんですよ?なにしてくれてんですかまったく・・・城に着くまでは泣き止んでくださいね」
テイラーは呆れ声で言うと、押さえつけられたままの頭を腿についた右手で支えた。
「す゛ま゛ん゛・・・ひっく」
それから城に着くまで、馬車の中にはジョエルの泣き声だけが小さく響いていた。




