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母と娘の心配事

 妻木に戻り数週間が経過した。

 母の意識も戻り、怪我もよくなってきたが、アサギはまだ母の傍に留まったままだ。

 皇子のことが頭に浮かばないこともないが、いつもいざこざを平定するために出てしまって訪ねて来ないのだから、お飾りの妻が屋敷に居ても居なくても、どちらでもいいだろう。というわけにもいかないだろうけど……そう思っても仕方がないくらいには、放置されているのだ。

 母の元に居るほうが、やることがある。母の助けになるのだ。

 そしてなにより、大切な母と一緒に居られることが、やはり幸せだった。


「アサギ……」

「なぁに?」


 母に呼ばれ、機織りの手を止める。奇跡の快復を遂げている母は、心配そうな表情を浮かべていた。


「なに? どうしたの」

「いつまで、ここに留まるつもりだい? アサギ……貴女は皇子の妻。后になった身よ。早く都へ戻りなさい」

「まだ戻らないわ。お母さんってば、やっと少しずつ歩けるようになってきたところなのよ? 介助無しで歩けるようになるまでは、留まるつもりでいるわ」

「バカだね。自分の役目と責任を自覚しなさいと言っているの。お母さんのことは、いつもみたいに里の人達が手伝ってくれる。貴女が皇子の妻となったから、より気にかけてもらえているの。だからね……」


 母は言葉を切り、アサギを見据えた。


「貴女が、ここに留まるほうが迷惑なの。早く都へ戻りなさい」


 アサギには、母の言い分が本心なのか建前なのか分からない。けれど、アサギの身と立場を心配してくれていることは理解できる。

 嫁に行った娘が、いつまでも実家に留まっていては、在らぬ噂を立てられるかもしれない。火のないところに煙は立たないというけれど、少しばかりの波風が立つだろう。


「お母さんが元気だったら、そうするわ。でも、今は或る意味で非常事態でしょ? 娘が親の心配をしてはいけないの?」

「もう……屁理屈ばかり。そんなことでは、皇子様に愛想を尽かされるわ」


 母の小言に、それでもいいかもしれない……という気持ちになってしまった。

 母と離れて暮らしてみて、解ったのだ。すぐに駆けつけられない恐怖を。

 母が怪我をしたと知らせを受けたときの恐怖は、絶望しかなかった。今回は無事に快復したけれど、もし……次があったら? と考え出したら止まらない。


(いけない。お母さんに不安が伝わったら、余計に心配させちゃう)


 アサギは動揺を悟られぬよう、落ち着きを意識して立ち上がる。


「ちょっと、息抜きに散歩してくるわ」

「アサギ!」


 呼び止めようとする母の声を背中に聞きながら、そそくさと竪穴式の家を出て行った。

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